LEGACY-0002「サンクテュアリの物質文化」
LEGACY-0002
孤島で最終可能な素材は大抵塩抜きを行う必要がある。<大樹>の葉で茶を淹れるにも<大樹>の果実からジャム(彼らの言葉ではポル)を作るにも、まずはそれらに過剰に含まれる塩分を取り除かねばならない。この島の大地は皿のように広がった<大樹>の根そのものであり、根が吸い上げた海水の不純物が葉や果実から排泄されているからだ。しかし塩を排泄するのはそれだけではない。穀物を産出する葦や蜜を貯める花も自らが出した塩の結晶で白く輝いている。これらは<大樹>とは別の植物として<大樹>に寄生しているのではなく<大樹>の根から分岐していると考えられる。何しろこの島が異物を排除する能力は並大抵のものではなくエネルギーを横取りする他の植物が繁茂するのを許しておくはずがないからだ。葉や果実だけではごく一部の虫や小鳥、しか養えないが葦や、特に花があれば蝶や蜂、人型の者をも囲い込んでおける(逆にこうした可憐な生き物しか見当たらないのはこの緑の牧場で空腹を満たせない動物達は餓死するより外なかったからと言えそうだ)。
有翅人・有翼人達が<大樹>から伐り出した木材を活用する技術は非常に高く、また塩水を吸った木材の性質を熟知している。当然ながら採集できる木材は一種類しかないが、用途に応じて木材の塩分濃度を調節することで要求される特性を引き出す。しなやかさが求められる釣り竿や木剣等の道具類は水分を残しつつ塩分だけを抽出して軽量に仕上げ、建築に際しては水分も抜いて長期間の利用に耐えるよう工夫する……
(中略)
……彼らの建築は地球上のどんな建物とも類似性を見出せない。<大樹>の内側の洞に床を張った高層マンションがまずひとつあるが、より独自性を発揮するのは<大樹>の麓に生い茂る小さめの竜血樹の幹の上に元の樹の姿を模して造成される一軒家の方である。<大樹>が与えてくれるものが手に入るもの全ての彼らにとって環境に手を加えることはそれ自体忌避される事であり、傘状の枝を伐り倒すことは犯さざるべき禁忌ぎりぎりの行為と見なされる。また、地面の上に直接建築せずわざわざ幹の上に建てるのは元の環境を復元するため、という説が既に唱えられているが、私の見解は違う。この島中で頑丈に立っているものは樹々の他にはなく、従って家を建てる際にも彼らの目には竜血樹の姿を模すのが最も自然と映るのではないだろうか。四隅に柱を立てた方がぐらぐら揺れずに済む、という発想はないようである……
(中略)
……彼らの文化を壊すことがないよう「伝えてはならないアイディアリスト」に追加しておく。
「サンクテュアリの物質文化」より、オリフィエル・ティンベルヘンが記す