四〇日目
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薄暗い螺旋階段の終着点に密集した光の精霊達によって、最上階に接続する広間は地上と変わりない明るさで照らし出されていた。その特異な現象は生命の神秘的な営みを寿ぐかのようでもあった。但しその光に太陽のような暖かさは全くなく、月の色をしていた。
祝福の光の下で三つの扉が同時に開いた。最初に目覚めた三人の眼はまだ夢を見ているかのようにとろんとしていた。
世話係達にとっては期待と不安が入り混じる複雑な心境に苛まれる瞬間。彼らの中にはもちろんピォルモの姿もある。二年目で経験の浅い彼にとってはこの静かな緊張感に耐えるのがやっとのようだった。
眩い光の歓迎を浴びて聖域から戻った蚕蛾の精達の身体には既に充分に乾いており、微細な毛に覆われた純白の翅はまさに地上に降り立った雲の化身にふさわしいものだった。
飲み食いする口とは別に糸を吐く口も備えていた彼らは成虫となった今その両方を失い、大きな黒い眼の持つ見る人を吸い込んでしまいそうな危うい魅力を一層引き立てている。実際その眼球は無意識の深淵を誰より深く覗き込んだのかも知れなかった……口を失わねばならないほど、禁じられた真実に迫ったのかも知れなかった。
気門を含めた呼吸器系が下腹部にコンパクトに納まっていた幼虫期と異なり、尻の先に尾のように伸び発達し肥大化した腹部の末端にはそれまでなかった交接器官が新たに備わっている。数日後にはそれを用いて最後の役割を果たすことになるだろう。
覚束ない足取りで広間に出て、担当の世話係の手を借りてゆっくり螺旋階段を降りて地上へ出向いていく。
三〇人余りが外へ出た後、残された世話係達が暗い面持ちで中へ入る。だが最年少のピォルモだけは入室する決心がつかなかった。事実を認めるのが恐ろしかった。
「そんな……一人も羽化できなかっただなんて……」
世話係達は四から六人程度の蚕の精を受け持つが、彼らは皆同じ親から産まれた兄弟である。そのため、自分の世話した子供達が一人も成虫になれなかった場合、それはその血統の断絶を意味する。
パキリリェッタを含め彼の世話した五人の子供達は途中で誰一人欠けることなく蛹期を迎えた。それ自体かなり幸運なことではあったが、それが却ってピォルモに彼らの死を覚悟させる機会を失わせたのだった。去年初めて世話係の仕事をこなした時にも悲しい別れを経験したにも関わらず、それさえ忘れさせたのだ。
開かれた戸口から室内に立ち込めていた酸えた死の香りが容赦なくピォルモの鼻をくすぐる。そしてすぐさま連想させた。美しい繭の中で眠り続ける無惨な亡骸が鮮明に脳裏に浮かんだ。戸口の向こうに、彼が責任を持って処理すべき遺体が五つもある――
「ねえピォルモ、大丈夫?」
自分でも気づかない内にしゃがみ込んでいた彼の肩に誰かが遠慮がちに触れた。
「あの子きっと、あなたが世話してた子じゃない?砂浜に連れて行ってあげて?」
歳の近い先輩の口から望むべくもなかった言葉が発せられて、ピォルモは顔を上げた。
恐る恐る戸口をくぐると、そこには果たして、立派に羽化を終えた蚕蛾の精が佇んでいた。糸で器用に小胞の床に据えられた繭に寄り添って呼吸の際の腹部の伸縮と共に四枚の翅をゆっくりはためかせている。その大きな瞳は今にも零れそうなほどの涙を湛えていた。
「あなたは、パキリリェッタさんですね。」
ピォルモの声には安堵の色がありありと感じ取れた。大人になった彼女の傍に寄って小胞に腰かける。
パキリリェッタが寄り添っていた繭は自分のものではなかった。その繭に穿たれた穴は中で眠る蚕蛾の精が腹部の末端から排出した酵素の働きで溶かしてできたものではなく、外側からこじ開けたものだった。
死の匂いを発する穴をピォルモも覗き込んだ。パキリリェッタの兄弟は自らの肉体をどろどろの黄色い溶液に還元した後、それきり変身の兆候を見せないままそこにあった。顔も失われているので誰だったのかも分からない。機能を停止した呼吸器系と神経系だけが確認できる。そんな亡骸が四つも並んでいた。
「あなたがより多くと結ばれますように……」
現実を静かに受け容れ祈りを捧げる彼の姿を蚕蛾の精は透徹した眼差しで見つめていた。
地上では火を宿した処女を冥界へ送る支度が着々と整えられつつあった。新たな根の魔女として娘を差し出す作法は地上では忘れ去られて久しかったため、ブロデゥユンの囁きを得てフリョッハ自らが指示を出したものの、自身を妖しく飾り立てる化粧だけはその術を心得ていなかったため女性達の助言に従うことになった。最終的には従うも何も、のりのりの彼女達にされるがままになっていたものの、それはそれで楽しい思い出になった。
こうした呪術的な支度の全てが<大樹>から離れた家の一室で営まれていたその途中。花粉を溶いた黄色の水で床に描いた円形の紋様の中心で潔斎を行っていたまさにその時、窓の向こうにこの世の未練が見えた。
羽化を遂げた蚕蛾の精達が列を成して西の砂浜へ向かう姿を見たフリョッハはいても立ってもいられなくなった。一目で良い、最後に彼女に会いたかった。
淡々と呪文を整えていた口を閉ざし硬直したフリョッハを人々は訝しんだ。そうして間髪を入れず窓から外へ飛び出した。
「ちょっと、フリョッハさん?!戻って!」
こんなに全力で飛んだのはいつぶりか分からなかった。木々の間を矢のようにすり抜ける。風が人知れず身体を押し出してくる。
白い列に辿り着いた時には猛禽のように上空を旋回して勢いを削いでから着地しなければならないほどだった。
逸る気持ちを抑えきれず蚕蛾の精の列の真ん前に躍り出たフリョッハは、しかしタンポポの綿毛が吹かれて飛ぶように通り過ぎてゆく彼らの中に愛する一人を見つけられなかった。
九〇〇の卵の中から無事に羽化を果たせるのは三〇人程度。確率から言えば生き残っている方が奇跡なのだ。そんな理屈を言い聞かせて一瞬にせよ舞い上がってしまった自分を落ち着けようと試みるフリョッハは、背後に懐かしい気配を感じ取った。ハチドリの精は恐る恐る振り向いた。
育ち仲間達から少し遅れて降りてきたパキリリェッタが彼女を見つめたまま硬直するフリョッハを優しく抱き寄せる。
「ごめんね、リエッタ。わたし、わたし……!」
大粒の涙が灰緑色の眼からこぼれ落ち、溢れる感情が小さな口から漏れ出した。白い腕の中にありながら涙のせいでまともに 顔を見られなかった。自分を責めることしか、彼女にはできなかった。薄情なヴェルチンジェトリックスを気安く助けたりなどしなければ、こうも早く別れずに済んだだろう。彼女の死を看取ることだってできたはずだ。
そんな不甲斐なさを弾き飛ばすかのような青白い閃光がフリョッハの頭の中で瞬いた。
腕の羽毛で涙を拭い顔を上げる。そうしてようやくパキリリェッタの顔を見ることができた。驚くべき成長を遂げて身長もぐんと伸びた彼女の貌に、一〇日前の面影はなかった。予め計画された自己破壊によってどろどろの液体に還元された状態から再び構築されたものが同じかたちであるはずがなかった。だが全く見知らぬ他人のようではあっても、眼の奥に宿る月の光に似た静かな輝きだけは変わっていない。
「そう、そうだったんだね……」
白い閃光によって彼女の頭の中に啓示が浮かんだ。それは自分では決して辿り着けない発想。恐らくはパキリリェッタの額から生える櫛状の触角が発した電気信号の作用だろう。虫の精達は互いの触角を擦り合わせることで意思の伝達を行うが、曖昧で不完全ではあるにせよ同じことが起きたのだ。涙のために崩れた化粧でぐしょぐしょの顔に希望の色が浮かぶ。
「リエッタはぜんぶわかってたんだ。わたしが根の魔女になることを……ううん、わたしが魔女になれるように、リエッタが導いたのね。
そっか、勘違いしてた。わたしはずっと、あなたが先に死んでわたしはひとり取り残される側だって、それしか頭になかった。でもちがう……あなたはこの先何度代替わりしても記憶を引き継げる。あなたは永遠にパキリリェッタのままでいられる。でもわたしはそうじゃない。わたしが生きていられるのはせいぜい一五年くらい。それから先あなたはひとりぼっち。二人でいるためには永遠の生命が必要で、それを得るには魔女になるしかなかった……」
口を失ったパキリリェッタの表情を読み取るのは難しいものの、フリョッハの言葉に満足したようだった。
自分より頭二つ分も大きくなった彼女を今度はフリョッハが抱擁した。
ありがとう、リエッタ。愛してる。今日でお別れになっちゃうけど、またすぐ会えるよね。そうでしょう?だってわたしたちの愛は永遠なんだから――待っててね、必ず戻るって約束する……
わたしの中に太陽があり
あなたの中に月がある
二人はいずれ巡り合う
必ず再会できる
絶えず移ろう世界の上で
天体の運航の軌道だけが永遠だから」
「昼の間中闇が逃げ込む
彼の地より来たれ
樹々の代わりに無数の根がそびえる
彼の国より来たれ
愚かな男ならたまらず逃げ出す
劣った娘でもそうはしない
偉大な母なら尚のこと!
ゆえに我らは恐れない
母の指図に従う子供達は
太陽の真下に姿を現せ
雲の真下なら差し支えあるまい
<大樹>の傘の真下なら!
光の真下に肌を晒せ
千本もの光の矢を射かける下に
熱い雨雲を盾として
熱い枯れ葉を鎧として!」
円く切り出したまっすぐな枝の先端を板切れに押し当て、両掌でこすり合わせるフリョッハの傍で根の魔女を呼び出す歌が謡われる。その文言は従来の歌詞を踏襲しつついくらか挑発的なものに置き換えられている。その時々の情動によって歌の内容が変わることは当たり前のことではあるものの、言葉の節々に多くの同胞を連れ去った地下の者達に対する強い反感が明確に感じ取れることに彼女はいくらか不安を覚えたものの、魔女を呼び出す儀式の間中瞑想の姿勢を崩すことはなかった。
黒黴を導き手として、無数の蔓を繭として、根の魔女は地上にまかり出た。黴が霧散し、籠のように編み上げられた蔓が解け露わになった全貌が人々にあの日のできごとを思い出させた。
鮮やかな色彩の前掛けのみを身に着けたブロデゥユンが一歩二歩とフリョッハに歩み寄るのに合わせて娘を取り囲んでいた人々が後ろに引き下がる。ブレンとクロッテュだけが残り、彼女を受け渡すまいと抵抗の意志を見せる。
「あなたがムカデ共に私達を襲うよう手引きしたという話は本当なのですか!」
最長老のタリキットゥフェブリが群衆の中から叫ぶ。
「そんな力があたしにあるなら」
根の魔女が口を開く。
「死を司る者達を御す力があたしにあるなら、彼らを地上へ送り込みお前達を地下へ投げ入れてやろう。気の迷いさえ見せず、愚かなお前達一人残らず。」
地の底から這い上がるかのような低い歌声に人々は震え上がった。
「どれだけ空に憧れ焦がれようとも、死を遠ざけ忘れようとも、お前達は忘れてはならない。すぐ足下に死が待ち構えていることを。ぱっくり口を開いてお前を待っていることを。生涯決していつまでも。」
歌い終えた根の魔女が右手を差し出す。召命を受け容れた乙女は肩に乗せられた姉の左手と兄の右手を振り解き、妙に身軽な足取りで魔女の手を握った。凍りついたかのようにぴくりともしない群衆の中で彼女だけが動いているかのようだった。
「この娘は貰っていく。どの道もう地上にいる訳にもいかないからね……。
繭の方も、例年通り支度できてるんだろうね。」
「ええ、滞りなく。」
根の魔女の視界を遮っていた人混みが脇に移り、真水で洗浄された蚕蛾の精の白い繭の山が確認できた。
「結構。」
魔女の言葉と合図に自身とフリョッハと、うず高く積まれた繭玉の山が黒黴に包まれていく。
「フリョッハ!」
別れの瞬間を前にしてクロッテュがたまらず妹に駆け寄る。
「お兄ちゃん……」
渇いた少女の瞳に僅かに光が戻る。
「君が過ちを犯したのは、君が半分人間だからだ。不自然で作為に満ちた欲求に駆られる僕らが人間だから……。間違った時にやり直せるのはごく稀で、大抵取り返しがつかないけど、それでも新しく始めることだけはできるから。だからどうか、失望しないで、いつまでも元気でいて欲しい。」
兄の精一杯の言葉に対してフリョッハの灰緑色の瞳は一層輝きを増したが、その趣は先ほどまでとは全く変わってしまっていた。
「あやまち?まちがい?」
いずれ魔女になる娘は嘲るように言った。
「不自然なことをしたのは確かだよ。自分でもどうしてそんなことをするのか分からなくて悩んだ時もあったけど、それにはぜんぶ意味があった。わたしは知らず知らずのうちに決断して選び取ってたの。いちばん大事な目的のために正しい判断をしてたんだって今ならはっきりわかる。それをまちがいなんて言わないで。あなたにはわかりっこないんだから。生涯決していつまでも。」
冷たく言い放った口も最後には黴に覆われ、更に蔓が手を繋いだままの二人を包み込んだ――子供にとっては普段着であり、根の魔女にとっては正装に当たる前掛け状の衣をまとったフリョッハは、こうして初めて地下世界を目の当たりにした。少し前に父を始めとする大勢を呑み、ずっと昔に母を呑み、更に昔に計り知れないほどの生命を呑み込んだ忌まわしい消化器官は、そんな一方的な憎しみをぶつけるにはあまりにも広大で、ちっぽけな怒りなど吹き消えてただただ圧倒させられるばかりだった。
「四方にアーチが見えるだろう、八方に白い柱が。あれが<大樹>を養った龍の肋骨。この島は龍の背骨と肋骨のアーチで支えられてるのさ。あんな骨だけになっても龍は生き長らえていて、未だに<大樹>の根が巻きついて蝕んでいる。」
その景色は途方に暮れてもまだ足りないほどの永い永い年月が横たわってとぐろを巻いているかのようだった。龍の肋骨を筋繊維のように覆う<大樹>の根の天幕の下では星ひとつ見えるはずはないのだが、不思議と昏くもなく視界ははっきりしていた。尤も、フリョッハには目の前に広がる景色に呆気に取られ、疑問を抱く余裕さえない様子だった。
蔓の籠が降下を終えて初めて、それまで降り続けていたことに気づいた。地下の世界は地上の面積を遥かに凌ぐ広大さであるらしい。地上を起点として曲がりくねりつつ伸びてゆく無数の根はいずれも地上の樹よりも高く、<大樹>の最上階に辿り着くまでの所要時間を考えれば<大樹>さえ凌いでいるのかも知れない。
蔓の籠が解けてどこへともなく引っ込むとブロデゥユンが少し歩いてすぐに立ち止まった。フリョッハは尋ねようとしたものの、魔女が見上げる先に目を向けて質問は少し待つことにした。何を言われた訳でもないが、質問の回数には制限があるような気がした。
二人から少し遅れて繭の山を包んだ籠が到着する。
「このまま繭を解いて糸に戻そうとしても破けて崩れるだけで裁縫に使えるものは得られない。茹でて一人でに解れるのを待つ必要がある。」
「ゆでる?」
「水を貯めた大鍋に繭を入れて火で熱するのさ。火を扱えるのはあたし一人だから。大変だがやってやるしかない。」
「じゃあ今わたしが着てる衣も……」
「解いた糸を撚り合わせて絹糸にするまでがあたしの仕事だ。毎年、この頃になると生物の死骸や糞尿と一緒に繭玉が送られてくる。それを絹糸にしてやって、大体秋頃に送り返すことになってる。これのために地上に顔を出すことはないが、まあ今年は特別だからね。」
繭の山を包んだ蔓の籠を誘導しつつ複雑に入り組んだ通路を進んでいたブロデゥユンが後ろの新入りに向き直る。フリョッハは緊張で身構えるが、どうやら目的の場所に到着しただけのことのようだった。魔女が先に入るよう無言で促す。
ひしめき合う根が造り出した手頃な空間は使い道の思い浮かばない見慣れない道具で溢れていたものの、不思議と落ち着く部屋になっていた。
「これは?」
フリョッハが手近にあった机の上の小瓶を指す。火を扱う文化がない以上、透明な硝子も初めて目にする。
「その瓶には明日の空が詰めてある。」
「……何も入ってるようには見えないけど。」
「なら明日は晴れるってことさ。明日が曇りなら雲が湧くし雨だって降る。あたしらが地上に出るには天気は重要な条件だからね。」
「じゃあこれは?」
「星座の巡りをシミュレーションする天球儀……まさかあんた、ここにあるものを片っ端から尋ねて回るつもりじゃないだろうね。
呆れた様子の根の魔女が水盤に浮かべた燭台に息を吹きかけると明かりが灯った。
「……それは?」
「これが、火の精霊の正体だ。小さく弱々しいが光の精霊とは性質が違う。目を離した隙にこの島を、世界を呑み込むほど大きくなるし、おまけに無限に分割できる。あたしらはこの力のおかげで生かされているが、害をなすことには変わりない。」
「そのことと、ここにあるものが地上のことを知るものばかりなのと、なにか関係ある?」
「ある。」
勘の良い弟子を褒めもせずに、魔女は淡々と語り続ける。
「水が天からもたらされるように新しい知識が天の上の者達から与えられるようになって以来、地上の者達はそれを一滴も零すまいと空ばかり眺めて暮らすようになった。惜しげもなく降り注がれる雨を残らず器に汲み取ることが元より不可能であることに気づきもしないで。零れ落ちた水が地面に浸み込むことを顧みることもしないで。」
「あなたはなにか特別なことを知ってるわけじゃなくて、もともと地上の人たちが当たり前に知ってたことを今でも覚えてるだけってこと?」
「死を許容しない限り自分達が生きることもまた許容されないということを忘れてさえいなければ、あんな惨劇は起こらなかった。全てではないにせよ地の下の者達は多くのことを知っている。話すための口を持たない以上、あたしが代弁者を務めるしかないけれど。
火の精霊に焼き尽くされた龍が骨だけになって力が弱まった時、火の精霊が冷えて島に冬が訪れた。龍の代わりに火の精霊を守ることを誓って地下に降りた女が初代の根の魔女になった。以後、古代の知識は脈々と受け継がれ、そして……」
「次が、わたし……」
フリョッハは燭台に灯る火に目を移した。小さな太陽とでも言うべき暖かい光。だが一日で死んでしまう太陽と異なり遥か昔から大いなる龍と、代々の根の魔女を燃えさしにして一度も消えることなく今ここにある、光。
「わたしには約束がある。忘れず果たさねばならない使命がある。それを覚えている限り、わたしは燃え尽きたりしない。残らず灰になりはしない。だからわたしは、あなたよりいくぶんうまくこなせるはずよ。地の底での生業を。わたしならできる、水と火との仲介を、生と死との均衡を!」
次回、最終話




