LEGACY-0017「死者への愛に殉じた老女の記録」
「ひとつの果実から四つの種。この意味が分かりますか?」
「分かりません。」
「どうお考えになりますか?」
「我々の身体が原形質によって構成されているとすれば、果実が肉体を、種が四つの核を意味しているのでしょうか。失礼、原形質ではなく精霊、でしたね。」
「どうお呼び頂いても構いません。結局は同じことですから。」
「とするなら光の精霊、水の精霊、風の精霊、」
地の精霊、と言いそうになったところで私は口を慎んだ。現在のティル・ナ・ノーグの住人が認識している精霊はその三種類だけだからだ。
「その三つは私の考えと同じです。もうひとつは。」
別の答えを探さねばならなかった。最後のひとつは誰も知らないが、無知な部外者という立場を利用して無難に間違っていること確実な答えを示すことにした。
「闇の精霊、でしょうか。」
バラールブローメは目を閉じた。口の中でその答えを転がしじっくり吟味しているかのようだった。
「確かに良い答えです。しかし恐らく正しくはない。」
「それはつまり……?」
「闇の精霊は他の三つに比べて強過ぎます。決して強調せず全てを呑み込み内包できてしまう。例えるなら闇の精霊は種子ではなくそれらを包む果肉です。」
「私が元いた場所ではしばしば光と闇の対立によって物事が説明されていました。」
「あらゆるものは対立などしません。前にもお話したことがありましたが、」
「あらゆるものは融合へと向かっていく。流れが堰き止められることは決してなく。」
「そう。争いの本質は融合を望む強い欲求。対立しながら互いを求めているのです。」
「では、いずれ光、水、風と融合する四つ目の元素とは。」
「正直なところ、私にもわかりません。他の誰も知らないでしょう。<大樹>の果実を口にする時、皆それぞれが四つ目の種の正体を考える。私の考えでは、その正体は霊です。生命の精霊と言っても良いかも知れません。」
「大胆なことを仰いますね。あなた方の神話によれば<大樹>が身体をかたちづくり霊は島の外からやって来ると語られていたはずですが。」
「その通りです。しかし私はこの短い一生の内に外からの漂着物を数えきれないほど目にしてきましたが、私達と同じように霊の宿ったものは見たことがありません。どれも冷たく硬いものばかり。やはり<大樹>が霊の源なのです……」
私はにやりと笑った。
「失礼ながら慈母・バラール。今こうしてあなたと話している私は島の外から流れ着いたものの内のひとつですよ。」
深い皺が刻まれた彼女の顔にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「あら、そうでしたね。間違いを認めなければなりません。あなたがより多くと結ばれますように。」
あるギリシアの哲学者のように、彼女はこの問いかけをあらゆる人に試みた。彼女の理知的な頭脳は年老いても冴え冴えとしていたものの、それゆえに危うくもあった。正統でない考えを公言することは最長老という立場からすれば好ましいことではない。考えを行動に移すことはそれ以上に。
島の妖精達から慕われていた彼女は、後に自らの過ちによって全てを失うことになる。他者との繋がりが次々解けていくことは生きながら朽ちていくことに等しい。彼女は憎まれ、罵られ、そして死ぬ前に忘れ去られた恐らく唯一の最長老だろう。だが私は、せめて私だけはバラールブローメという存在を忘れずにいようと思う。彼女の犯した過ちを含めて。以下にことの経緯を書き記すことにする。
『死者への愛に殉じた老女の記録』より、エメット・ブラウンが記す




