LEGACY-0014「分類学に基づく種族の同定と生態のメモ」
●オトシブミの人
昆虫のオトシブミには卵を産みつけた葉を丁寧に丸め筒状にして地面に落とす習性がある。孵化した幼虫はその葉を食んで生長する。
オトシブミの人にもこの習性があるものの、葉に細工を施す技術はもっと日常的に活用される。彼らは一枚の葉から鞄やリュックサック、水筒などを作り出す。勿論二日も経てば萎れてしまうが、始めから使い捨てるつもりで作られるこれらの製品は不意に<大樹>に取り上げられたところでさほど惜しくもないため却って都合が良い。オトシブミの人が作る品には定評がある。
卵の生存の可否に関わる重要な因子になり得るため、オトシブミの人の男女或いは女女にとって自分の口吻がオトシブミと同じ大顎を具えているかは重大な関心事である。虫の精の中でも昆虫と同じ頭部を持つ者は極めて稀だが、オトシブミの人や、後述するカミキリムシの人など大顎が重要な役割を果たす種族は口吻だけが昆虫と同じ者や頭部が丸ごと昆虫である者が過半数を占める。
こうした事実から、人間と人間でないものの形質を二重に受け継ぐ者達の身体的特徴は生活環境の違いによってそれぞれ選択されてきた結果の姿であると仮定できる(但し蝶の人は主食の花蜜を桶や皿から飲める環境にあるためストロー状の口を持つ者はほとんど突然変異として誕生するのみに留まる)。
●ミツバチの人
島内にアリがいないのは土がないために巣を作れないからだろう。だが巣を持たないグンタイアリの類いが紛れ込んでいなくて本当に良かった。早晩有機物の全てが喰い尽くされて自滅の道を歩んだであろうから。だがアリはいなくともハチならばいる。私が確認できたのはミツバチ、マルハナバチ、ツマアカセイボウの三種だけだ。それぞれに人間型もいる。前二種は比較的温厚だがセイボウには元々別種のハチに卵を産みつける習性がある。しかし他の種族と同様他者に危害を加える本能に基づく行為はさっぱり忘れられてしまっているようである……
……(中略)……
……組織的に巣を作る技術はミツバチの人も継承しており、しかも彼らは一匹の女王バチのためではなく島の住人達のために惜しげもなく技を振るう。彼らは言わば生まれついての左官職人なのだ。
彼らが分泌する蜜蝋は断熱性に優れているため、専ら新築された家の壁や天井に丹念に塗り込められる。また、龍血樹の最上階で蚕の人達がその短い一生を過ごす六角形の小部屋を壁一面に築くのもミツバチの人である。彼らはこれを栄誉ある仕事と捉えており、毎年およそ八〇〇から一〇〇〇産みつけられる卵のために(その内無事に孵化するのは二〇〇を下らないにも関わらず)秋の間にすっかり造り直してしまう。
ともすると全体主義の帝国の一員にも見えるミツバチの人々が他の自由気ままな人々と接触して尚自らの境遇に不満を抱かず自分の巣に戻っていけるのはどうも折り合いがつかないように思える。彼らの行動の下にいかなる精神構造が働いているのか興味深いところだ。
●カミキリムシの人
金属を知らない彼らが木工に勤しめるのは一重に彼らのおかげと言って良い。木々の幹の根元を強靭な大顎で慎重に食べ進めることで大木を伐り倒す。彼らがいなければ原住民達の独特の建築様式が姿を見せることもなかっただろう。しかし、カミキリムシの人に許されているのは伐採のみである。彼らが木材の加工を行うと品質の良いものから食い尽くす悪癖が露見するためだ。また、道具に頼らず持ち前の大顎だけで作業しようとする傾向もあるようだが、粗悪なものになりがちなのも敬遠される理由のひとつのようだ。
彼らは樹木を主食としつつも龍血樹の果実も摂取できるよう適応している。
「分類学に基づく種族の同定と生態のメモ」より、ミラ・ファーハイクが記す




