LEGACY-0013「精霊がもたらす恒常性」
この島の先住民は自分達の肉体を四柱の精霊が結びつき合った姿と解釈する。彼らは霊妙な性質がそのまま具現した精霊を、世界をかたちづくった精霊を畏れ敬い、また自身をかたちづくる要素の一部として親しみの情さえ抱いているようだが人間の身からするとこうした思想は飽くまで自然崇拝の一環であって客観的事実に基づく仮説として認める訳にはいかない。
勿論精霊の持つ神秘性に対し無感動な訳ではない。先住民達ほどではないにしても精霊はこの島では一般的な存在だ。興味深い事実として、精霊はいるべきではない場所にのみ現れる、というものがある。光の精霊は光の差し込まない<大樹>の中でならよく見かけるが外ではほとんど見られない。月のない夜でも現れることはない。光の精霊は夜になると太陽の後を追って空へ戻る、それが無数の星なのだという言い伝えもあるが、これは星は月の涙なのだと主張する別の物語と食い違ってくる。いずれにせよ夜に出現するのは闇の精霊である。彼らもまた曇り空の下全く光のない世界には現れない。やはりよく晴れて月と星が青白く照らしていなければならない。彼らは照明として便利に役立つ光の精霊と異なり人を襲う。厳密な意味で量子的な存在と言えそうな彼らが及ぼす影響は甚大だ。私も三度襲われて倒れた者を見たことがある。いずれも聞き分けなく外に飛び出した子供だったが、冷たくなったままじっと動かず二度と目覚めない。つまり植物状態だ。まるで時間が止まったかのようにずっとそのままだが、決して死ぬことはないのだと言う。闇の精霊がもたらすものは死ではなく、音の消えた永遠の静寂。先住民達が永遠という言葉を嫌う一因と言えよう。愛する我が子は戻らないと知っていても手放すことなど到達できない。さりとてずっと見ていられるものでもない。結局、最後は<大樹>に還していた。そう言えば犠牲になったのは二度とも鳥の精だった。虫の精がこの手のへまをしたという話は聞かない。
……(中略)……
彼らの語る説話が繰り返し強調するにつれ、この世界は四元論で成り立っている。私は老齢で頭が固いせいかこの思想には馴染めそうにない。ここまで光の精霊と闇の精霊をあたかも二元論に照らし合わせて述べてしまったが、この両者の同格として水の精霊と風の精霊、名を忘れられた謎の精霊がいるとされる。しかし海に浮かぶ島で絶えず<大樹>が真水を抽出するため水に困ることがなく、風の精霊がいるとすれば無風の際は風邪の精霊の作用で風が吹く訳で見分けようがなく、謎の精霊に至っては身体の中にしか存在しないため、いずれの場合も実体を伴うことはないとされる。
この島全体を一個体の生物と見なす時、精霊の活動は一種の免疫反応と言えるだろう。生物も精霊も<大樹>によって生かされるが、精霊は<大樹>が制御できない天候の荒れを緩和する役割を担っている。彼らの存在を科学的に説明することは私にはdけいないが、ともかくこのシステムによって島の恒常性が保たれていることだけは確かである。
『精霊がもたらす恒常性』より、ヴィリアム・エリクソンが記す




