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天体運航韻律再現譜 One of a Song of Imbolc  作者: 石田五十集(いしだ いさば)
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LEGACY-0009「現実から乖離した思想・夢想が引き起こす失楽園」

 現在「四〇日目」を執筆中であります。

 その目新しい慣習について何か言うとすれば、よちよち歩きを始めた人間性の自然の摂理に対する美しい反逆。

 無限のバリエーションを持つ地球上の神話群が等しく死を肯定しているように、ティル・ナ・ノーグの妖精達もまた死からの再生を篤く信仰している。しかし死後の世界というものは全く想像の範疇にないようだ。一般的に死後の世界が贅沢で甘美なものになるほど葬式が華やかになり墓の規模が大きくなる。古代エジプトが最たる例と言って良いのではないだろうか。肉食性の龍血樹の庭で生きる人々の場合もこの相関関係が見出だせる。彼らの葬式は極めて質素で、死後一〇分程度で終わる。故人の死を悼んでやる内に龍血樹が遺体を吸収してしまうからだ。従って墓もない。死んで地上に別れを告げた後故人は分解された肉体が龍血樹の養分となって「生き続ける」ことになる。

 こうした特殊な環境下にあっては生と死の境界は曖昧で、別の形とは言え死後も尚生き続けるという事実を疑問の余地さえなく共有し合うことができる。であればこそ、彼らの始めた新しい葬儀の方法は寧ろ奇妙なのだ。

 かつてこの島に冬が訪れた時、と人々は語る。一年のサイクルが一八〇日(彼らの思想では一八一日)しかないのも関係していると思われるが、気候の変動が緩やかで夏はさほど暑くもならず、また冬はそもそも存在しない。春が五〇日、夏も五〇日、秋が少し長く八〇日続くとされる。だが伝説によれば一度だけ冬が訪れた。秋八〇日目の次の日、春の訪れを告げる蚕の精が孵化せず、白い雲からは彼らのように真っ白な雪がしんしんと降り続いた。それまで一度も雪を見たことがなかった彼らはそれを蚕の精に宿るべき精霊だと考え、かつてない異常気象に大混乱に陥った。その時にはたまたま地球からの訪問者が一人も島におらず、博識のドクターに助けを求めて大量の舟を造り島の外へ助けを求めて繰り出した(彼らが我々をドクターと呼ぶのは恐らくこの島を最初に訪れた男がイギリス人で、イギリス発祥のSFドラマ『ドクター・フー』に自身をなぞらえて名乗ったためだと推測する)。そうして島に招かれた人間が冬を終わらせたのだが、その詳細は他に譲るとして問題はここ半年ほどの間にその伝説を引用した新しい葬儀が行われるようになったことだ。聞いた話では新しいドクターを求めて出帆した妖精達は無事人間を連れ帰った一人を除いて戻ることはなかった。しかし、彼らが食糧として船に積んだ龍血樹の果実に含まれる種が飢え死にした妖精の亡骸を苗代にして芽吹き島を創り上げたと云う。今やティル・ナ・ノーグは孤独ではないという訳だ。亡くなった妖精の肉体を舟に乗せて外海へ送り出す行為は未知の領域に踏み出した勇者達の偉業の再現であり、かつ甘美な死後の世界を目指す試みなのだ。そうなると両手に龍血樹の種を握らせて手土産にするというのも意味ありげである。また、彼らがことある毎に口にする「あなたがより多くと結ばれますように(パル・ファ・デ・セ・ラ・スィー・ル)」という文言も違う意味を帯びてくる。

 一体誰が最初に始めたのか、もはや知るすべはないため有機資源の流出がいかなる結末をもたらそうともその責任を個人に帰すことはできまい。


    「現実から乖離した思想・夢想が引き起こす失楽園」よりエメット・ブラウンが記す

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