一五日目
この辺りから蚕の精の集まる部屋が3階から最上階に変更になってます。完結した後の推敲でまとめて訂正する予定です。
一五日目
その景色には見覚えがあった。翅を持たない彼女が、羽化を遂げたところで雲のように白く重い翅ではどこへも飛んでいけない蚕の精が宙に浮いているとなればそれは夢の中のできごとと気づくのにさほどの苦労はないはずだが、やはりその発想は思い浮かばないどころか違和感さえ感じないのだった。
いつか見た時と同じく、彼女は<大樹>の最上階で浮いていて、下では一人の蚕の精と一人の世話係が寄り添い合って談笑に耽っている。現実ならさほど天井が高くもなく窓もないはずの空間で、昼間の絹色の太陽の光を背中に浴びる二人の姿ははっきりとは見えない。
「ねえねえおねえちゃん、あのお花のおはなし聞きたい。」
会話が漏れ聞こえた瞬間、パキリリェッタは感覚の覚束ない身体に冷たい痛みが走った。その声は自分のものではなかった。男の子のものだった。
「またあ?ほんとに■■■■■■■はあのお話が好きだね。いいよ、歌ってあげる。」
「ちゃんとお芝居つきでね。」
「それは恥ずかしいから……」
目にも鮮やかな橙色の尾羽の世話係の声は間違えようもなくフリョッハだ。かすかに聞こえるだけでも深い安心感に包まれるあの声……。だが、その傍にいるのは自分ではないのだ。
(あの子は……誰……?!)
彼女は自分が誰なのか今一度確認しようとした向こう側が透けて見えそうなほど白い両手は以前よりまたほっそりと大きくなっている。あのハチドリの精と出会った一一日前とはもはや別人。対して男の子の方は生後五、六日に見える。
(違う……おねえちゃんのそばにいちゃいけないのはわたしの方なんだ……)
「最後まで聞いたらみんなといっしょにお昼寝してよ?」
(うん……)
「うん!」
彼女の声は届かない。意識が薄れる中で、大好きなあの人の声も遠くなっていく。その声に必死にしがみついても天上の光は強烈になって全てを絹色に包んだ。全ては繭の中……
「少女に恋した花の物語を聞かせましょう。花の恋慕に応えて一輪の花になった気高い少女の物語を。
少女の暖かな眼差しが野辺に咲く一輪の花に向けられると、白い花はぽっと紅く色づきました……