LEGACY-0006「生物種の同時発生的多様性の進化論的意味づけについて」
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龍血樹の巨大な幹の陰になって日の当たらない北の森は湿気が溜まりやすく、特に有翼人種は羽毛が湿るのを嫌って避ける。だが彼らがいないからと言ってロケーションとしての魅力が薄れる訳ではない。湿度が高く日中も霧の晴れない北の砂浜では三葉虫やカブトガニが、森ではメガネウラなどの古代生物を観察できる(もっとも、現に生存しているのだから古代生物という呼び名は適切ではない。生きた化石というのも違う)。
驚異的な多様性に富んだ古生物群の中でも三葉虫は際立って種数が多い。地球上では一万数千種の化石が発見されているが、その多様さはこの島でも変わらない。大きいのもいれば小さいのも、草食性のもいれば肉食性のもいる。少なくともこの島においては、生物が永い年月をかけて多様な種に進化したという常識には疑問を抱かざるを得ない。
因みに有翼人の語り部から聞いた伝承では龍血樹の果実から最初に生まれた動物はプラナリアであると云う。と言ってもこの島の個体は扁平ではあっても体長三メートルを優に超えるので到底地球上の微生物と同種とは思えない。その退屈な姿に呆れた龍血樹はもうひとつ果実を落としてプラナリアを潰したものの、真っ二つになった身体がじきに再生して二匹に、更に潰して四匹に、八匹に……と延々と増殖してしまった。それでも他の姿には変わらない。ふと我に返った龍血樹はプラナリアを潰すために落とした無数の果実から様々な姿形の動物が産まれ、それぞれが互いの姿を真似し合っているのを見て満足したという筋書きだ。
動物は即ち四精霊の束であり粘土でも捏ねるかのように自在に変身できた時代があったそうだが、唯一プラナリアだけは姿を変えず怪我をしても再生し分裂して永遠に生き続けると考えられている。地球の文明ではこうした象徴性を付与されるのは蛇だった。しかしこの島に蛇はいないので不死と永遠性という光栄な枠の空席をプラナリアが埋めたと考えて良さそうだ。しかしこれが少々問題で、永遠という言葉に気だるげである種退廃的なプラナリアのイメージが紐づけされてしまっている。永遠の生と聞いて彼らが想像するのはぬぼーっと地を這う無脊椎動物の姿なのだ。これは根の魔女にとっても不名誉なことだろう。
「生物種の同時発生的多様性の進化論的意味づけについて」より、ニック・メイスンが記す