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天体運航韻律再現譜 One of a Song of Imbolc  作者: 石田五十集(いしだ いさば)
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LEGACY-0004「歴代の訪問者たち」

  LEGACY-0004


アサギマダラの精の特殊な生態に関しては既に多くの言及がある。その存在自体が大いなる謎と呼んでも差し支えないこの島の中でも彼らの僅か五ヶ月間の人生は一際不可解だ。陳燕芬は二〇世紀の台湾出身の昆虫学者だった人物で、特に鱗翅目の分類と解説を記した著作があり、その膨大な知識を元に妖精達の生態や、特殊な肉体的諸要因がもたらす精神・文化への影響をも考察している。アサギマダラの精の深い謎に迫りたいのなら彼の著作に目を通すと良い。


 アサギマダラは世界でも有数の長距離を航行する渡り蝶として知られる。その分布域は西はヒマラヤ山脈から東は日本までと非常に広い。分類グループとしては熱帯に分布する筈なのだが例外的に北にまで分布する点でも珍しい種と言える。一九八〇年代以降日本を中心にアサギマダラの季節的な集団移動のマーキング調査が開始された。それによれば夏に日本で発生・成熟した個体の内の多くが秋になると南西諸島及び台湾まで南下し、そうして温暖な地で繁殖・越冬した後春の羽化後北上することが判明したと云う。この大規模な移動では直線距離にして一五〇〇キロメートル移動した個体や一日で二〇〇キロ移動した個体が観測された。最長記録としては二五〇〇キロ程度で、オオカバマダラの三三〇〇キロに次いで世界で二位の記録を持つ……


……驚くべきことにアサギマダラの精はこの生態を受け継いでいる。この島の一年間が一八〇日程度しかない関係で、彼らは秋半ばに孵化するのだがその三〇日後に羽化を遂げ肉体の成熟を待った後島を旅立つのだ。島を旅立つ!彼らはこともなげにそう説明したがこれは重大な事実だ。それはつまりこの島の外にも陸があることを意味しており、アサギマダラの精だけはそこへ行く術を持っていると言う。現に彼らは島を出た先で産卵し、そこで成長して約五〇日にも及ぶ旅を経て常若の島へと戻って来る。

 島の外に別の陸地があることは公然の事実ではあるもののそこがどんな場所でなぜそこへ行くのか、そこで何をするのかに関してアサギマダラの精達は何も語らない。他の妖精達に尋ねてみても顔をしかめるだけだった。常若の島では無意味な好奇心は歓迎されない……


……アサギマダラの精は言うなればある種の行者である。彼らのみならず短命にして博識な――彼らの多くはなぜか古来よりの慣習や深遠な思想などに関して鳥の精達よりも造詣が深い――虫の精達には常に不完全ながら申請が伴う。アサギマダラの精は言うなれば体験者。自らに苦行を課してその際限なく続く痛みの只中に永遠の安寧を求めようと邁進する修行僧に近い。蚕の精をアミニズム信仰におけるシャーマンだとするなら、アサギマダラの精は明らかに仏教のそれである。


  「歴代の訪問者たち」より、タルデ・フラウデが記す。

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