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自称・神からの依頼




 自称・神の女性は舌打ちする俺を見ても表情を変えなかった。

 まるで全てを見通すような不可思議な眼差しに、言葉では説明できない居心地の悪さを感じてしまう。


「……はぁ。あのさ、いまさらのように聞くが、なんで俺なんだ? こんな仕事でも喜んでやるような奴は他にもいるだろ」


 今まで彼女からの依頼で仕事を行っていた最中は、不自然なほどに他人と出くわしたことはなかった。

 この目の前の女性が何かをして、人を一人轢()いてもこちらに害がないようにしているのは間違いはないはずだ。

 ならばこそ、喜んでこういったことをする人間は絶対にいるはずなのだ。

 なのにどうして俺が選ばれたのか──


『それは、そなたのトラックが選ばれたからですよ』


「俺……じゃなく、うちのトラックが?」


『ええ、そのとおりです』


 頷き、自称・神はその選ばれしトラックの選考基準を教えてくれる。


 一つ、生産されてから二十年以上経っていること。

 一つ、それまで無事故であること。

 一つ、いっさいの改造を施されていないこと。これにはマフラーやクラクション、デコトラ化など違法合法を問わない。

 一つ、所有者の人格に問題がないこと。


 どうやら俺ではなく、うちのトラックが『選ばれし物』だったらしい。

 それに、その基準であれば満たしているトラックの数は極端に少ないことだろう。


「だが待て、最後の所有者の人格に問題がないこと……って、どういうことだ?」


『道具はしょせん道具でしかないのです。いかに選ばれたトラックと言えども、ドライバーがいなければ動きませんし、ドライバーがいればその性質がどうであれ動かざるを得ません。もし人格が破綻しており、人を轢くことに生き甲斐を感じたり快感を覚える人であったならどうでしょうか?』


「楽しくなって、見境なく何度でも人を轢こうとしてもおかしくはないな」


 俺はごめんだが、この仕事を喜んでやるような人間であれば、依頼に関係のないところでも人を轢くのは間違いない。

 なにせアレだけの速度で人にぶつかったというのにトラックには傷一つなく、被害者さえもその場に残らない。完全犯罪ができるのだから。


『見境なく異世界に人を送られては、それもまたバランスを崩すことに繋がるのです。そして訪れるのは天災に見舞われて多くの犠牲者が出る未来……』


「……だから、俺なのか。いやらしい選考基準だな」


 俺はどこまでいっても一般人でしかないと思っている。

 自分から進んで悪事をしようとは思わないし、だからといって積極的に善行も積まない。

 必要に駆られれば交通違反くらいはしてしまうこともあるが、仕事とはいえ人を轢けば当然気分が悪くなるし、眠れない夜だって何度も過ごした。

 だからこそ依頼がない限り人を異世界に送るためにトラックで轢こうとは思わないだろうし、実行もしない。


『それでそなたに送って欲しい人なのですが──』


「そこで何ごともなかったかのように話を戻すのかよ……」


 微笑んだまま、感情のわからない表情を浮かべている自称・神。

 もし本当に神様なのであれば、人の心なんて取るに足らないものでしかないのだろう。

 俺がいくら悩もうと、苦しもうと、関係ないに違いない。


 はぁ……ダメだな、考えても無駄だ。

 もし断ろうとしても、ひたすらに不幸な天災に巻き込まれた娘の姿を見せられるだけだ。


「わかった……詳しい話を聞かせてくれ」


『ふふ……話が早くて助かります。あのトラックの所有者がそなたのような人で良かった』


「お世辞はいらない。どうせ本心でそんなことを思っているわけじゃないだろ」


『そんなことはありません。長く存在し続けていて感情もすでに薄れていますが、なくなったわけではないのです。そなたのことは、とても好もしく思っていますよ』


 そう言うと、自称・神は俺へと手を差し伸べて来た。

 その手が俺の頬に触れ──ることなく、まるで幻のごとく通り過ぎていく。


 そのことに、終始笑顔だった表情がわずかに悲しげにひそめられ、だが、またすぐに微笑みをたたえた表情に戻る。


「……そっちからでも触れないんだな」


『そうですね。わたくしとそなたでは、存在における次元が違いますから……』


 初めての仕事をこなした後、二度目の仕事の依頼をされたとき、俺は腹いせにこの自称・神に殴りかかったことがある。

 身体ごと突っ込んだんだが、そのときも見事にすり抜けてしまい、俺はその場にもんどり打ってしまったものだ。

 まぁその存在における次元とかいうのが違うから、おそらく俺の夢に干渉するようにしてしか会いに来られないのだろう。


「で、話を戻すぞ。仕事の話をしてくれ」


『わかりました。日取りは明後日……月曜日の夜までであれば問題はありません』


 そして自称・神からの説明が始まる。と言っても、教えられる情報はそれほど多くはない。

 プロジェクターの映像のようにその対象の姿を虚空に映し、その生活圏を地図を用いて表示。ただそれだけだ。


 詳しいプロフィールなんて知りたくもないので、それはそれで助かっている。

 もし相手のことを詳しく知ってしまえば、おそらく俺はその対象を轢くことができなくなるだろう。

 とはいえ最初は気になって事後に調べたりもしたのだ。

 自分が異世界に送ってしまった相手は、はたしてどういう人間だったのか……と。

 俺が拉致まがいのことに協力し、親から子を、子から親を奪ってしまった、その相手はどういった人だったのだろうか……と。

 だが不思議なことに、その対象が存在したという証拠はことごとく消滅していた。親兄弟、友人にいたるまで全員が対象のことを覚えていなかった。

 戸籍すらも消えていたのだから、かなりの念の入れようだ。


 おそらくこの自称・神がなんらかの手を回しているのだろう……とは、タバサの考察だ。

 実際にタバサやアシハナの戸籍が用意されていた時点で、それを否定する要素はどこにもない。


 おかげで、罪悪感が無くなったわけではなかったが、少しは気持ちが楽になった。

 少なくとも残された人たちは、自分の子が急にいなくなったと悲しむことも無いのだから……。


「……今回は、少し離れた場所なんだな?」


『なるべくそなたの行動圏内から選んでいるつもりではいますが、先方の神の求めるちょうど良い人材がいないこともあるのです』


 地図を見る限り、車で四時間は走らないと行けない場所だ。

 今までは十数分から一時間でたどり着いていたので、相当遠くまで足を伸ばさなければならない。

 往復で八時間もかかるのであれば、一日仕事になるな……。


 しかも、だ。この場所は元妻が今暮らしている場所の近くのはずだ。

 対象の年齢は中学生くらいだろうか? となれば、娘と同年代のはずだが……。


「まさかとは思うが、娘の知り合いじゃないだろうな?」


『安心してください。そなたの親類縁者は省いていますから。さすがにわたくしでも、そなたの知り合いを異世界に送れなどとは言いませんよ』


「それなら良いが……」


 この自称・神でもそれくらいの配慮はあるようだ。普段からその配慮を、俺にも向けて欲しい。


『……自称・神と言うのはそろそろ止めませんか? まだ、わたくしが神だと信じていただけないのでしょうか』


 まるで心を読んだかのように、ぽつりとそんな言葉を漏らす自称・神。

 ……いや、実際に読んでいるのか。神様ならばそれくらいはできるのだろう。

 だが、だからといって信じられるかどうかは別だ。


「自称を外すのはかまわないが、俺はあんたが神だとはまだ信じられないんだよ」


 むしろ所業は悪魔的だと言っても良いと思う。何せ俺にトラックで人を轢かせて、そして一つの家族を引き裂いているのだから。

 外見もめちゃくちゃ美人ではあるんだが、どこか冷たい雰囲気があるのでなおさらだ悪魔のように思えてしまう。


「自称・神と呼ばれたくなかったから、せめてあんたの名前を教えてくれ。それと、俺のことも『そなた』なんて呼ぶのは止めてくれないか?」


『…………』


 俺の言葉に、少し考える素振りを見せる。だが、結局は小さく首を横に振った。


『おそらくわたくしの名前は、そなたでは正しく認識することができません。ただ……こちらからの呼び名は改めるといたしましょう』


 そして、自称・神は微笑みながらその名を口にする。


『それでは流行(ながれ)、先程の依頼の件、よろしくお願いします。流行と、その周りの者たちに幸多からんことを──』


 祝福の言葉とともに、白亜の世界がぐにゃりと歪んだような気がした。

 次第に自称・神の姿も認識出来なくなり──






「……目が、覚めたか」


 俺は息苦しさを感じてゆっくりと目を覚ました。

 妙に胸のあたりが苦しい……と思ったら、隣で寝ていたタバサが俺の胸を枕にするかのように、頭を預けて来ている。

 通りで重いわけだ……。


「げっ……まだ、夜中の三時かよ。あの自称・神め……」


 寝ていた間のこと……と言って良いのかはわからないが、あの白亜の世界での出来事は全てちゃんと覚えている。

 夢の中のことは普段ならあっさりと忘れてしまうが、あの場所で見聞きしたことは何故か忘れられないのだ。

 あの自称・神にでも記憶を弄られているんじゃないかって思うくらいだ。

 いや、まぁさすがにそこまではしていないとは思うんだけどな。

 多分、異世界へ送る対象を間違えいないようにっていう配慮なんだろうし。


「んっ……社長……? どうか、されたのですか……?」


「ああ……ごめん、起こしたか? まだ夜中だから眠っていても大丈夫だぞ」


 俺の独り言で起こしてしまったのか、タバサが顔を上げて眠そうな目で俺を見つめてきた。

 いかんな……一人で暮らしていた期間が長かったため、独り言がクセになってしまっている。


 頭を優しく撫でてあげながら、もう一度眠るように優しくささやきかけた。

 その言葉に、はにかむような笑顔を浮かべるタバサ。


「はい、社長……」


 安心しきったような様子で、枕にしている俺の胸へ頬ずりをするように顔を押しつけてくる。

 しばらくして、穏やかな寝息が聞こえて来た。


「……俺も眠るか」


 妙に頭の中がさえてしまっているが、目を瞑っていれば眠れるだろう。

 さすがにこの時間から起きていたら明日が辛すぎる。


 しかし、早くも次の依頼が来てしまった。

 期限は月曜日の夜まで。すでに日付が変わってしまっているため、今日はもう土曜日だ。

 可能であれば日曜日中に仕事を済ませてしまわないと、通常業務にも差し支えてしまう。


 そんなことを考えながら。

 身体全体でタバサの温もりを感じつつ、俺は再度眠りの世界へと落ちていく。






「ど、どうしてタバサがご主人と一緒に寝ているのですかー!?」


 朝、アシハナのそんな声で俺は目を覚ました。

 声の方へ視線を向けると、ドアを開けた直後の格好で、寝間着にしている浴衣姿のままのアシハナが驚愕したように目を見開いていた。


「タバサが部屋にいないので、どこへ行ったかと思えば……ご主人と、そのような……」


 わなわなと震えはじめるアシハナ。

 これは、とんでもない誤解をされているような気がする。


「いや、待て、落ち着けアシハナ。おそらくそれは誤解だ、別に何もしていな──」


「私だけ仲間はずれなんてずるいです!」


「……は?」


 なんだか的外れなことを言われたような……。

 ぽかんとしていると、アシハナはベッドの近くへつかつかと近づいて来た。

 俺やまだ寝ているタバサの一歩手前で立ち止まり、勢いよくこちらへ飛び込んで来る。


「とうっ!」


「うおっ!?」


 軽くも女性らしい柔らかさを持った身体を受け止め、そのまま一緒になってベッドに倒れ込む。

 タバサも俺とアシハナにサンドイッチにされた状態になり、さすがに目を覚ましたようだ。


「ひゃっ、な、なんですか!? って……アシハナさん、どうしてここに……」


「どうしてもこうしてもありませんっ。朝なのにご飯が用意されていないので、タバサに何かがあったのかと様子を見に行ってみれば部屋はもぬけの殻。もしやと思えば、やはりご主人のところで寝ているなど……ずるいですっ、私だけ仲間はずれはずるいですっ!」


 タバサごと俺に抱きつくようにして、そう訴えてくるアシハナ。

 どうやら俺とタバサの関係をいぶかしんで……とかじゃなく、ただ単に仲間はずれにされたと思っただけらしい。


「あー……なんだ、悪かったな、アシハナ。あとご主人じゃなくて社長と呼んでくれ」


 一応呼び方だけは訂正しつつ、俺は深々と溜息をついた。

 そして俺からもアシハナを抱き寄せながら、ベッドに身体を沈めていく。


 アシハナの『ご主人』という呼び方は、奴隷に落とされたときの名残らしい。

 俺はアシハナの保護者ではあっても主人ではないので、そう呼ばれるのはどうにも具合が悪い。


「時間は七時か。本来ならもう起きる時間だが……どうせだし、このままもう一眠りするか?」


「はい、是非っ!」


 俺の問いに、アシハナが間髪を入れずに頷いた。

 十八歳になるアシハナだが、タバサと同じく別の世界に来て心細さを感じているのだろう。

 強いから……と、勝手に大丈夫かと判断したのは早計だったかもしれない。


「タバサもそれで良いか?」


「ですけど、社長。お仕事は……」


「あー……やることはあるが、今日は土曜日だからな。午後出勤にしよう」


「わかりました。それなら、わたしも依存はありません」


 にっこりと微笑み、甘えるように俺の胸に頬を寄せてくるタバサ。

 自称・神からの新しい依頼の件もあるが……まぁ、今はもう少しだけ休ませてもらおう……。




明日以降は、書き溜めの量の都合で多くても1日1回更新になります。

更新するときはおそらく昼の12時です。

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現在私が連載しております

『俺の手には胸を大きくする力が宿ってる』

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