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ホオズキ



「なんだこれはっ! おい、クソ女神、いったい何をした!?」


 それほど離れていない場所に化け物がいるのだが、今はそれどころじゃない。

 目の前の白いドラゴンの姿に、俺は自称・神を掴んで揺さぶっていた。


『ひゃっ、あっ、揺らさないでください、流行(ながれ)っ。あと、自称が取れたのは嬉しいのですが、その呼称も不本意ですっ』


「名前はどうでも良いから、簡潔に説明しろ」


『わ、わかりました。と言っても、異世界から来た幻獣の本来の姿がこれだと言うだけです。この世界は他の世界と違って大気に満ちる魔力がほぼ無いため、本来の姿を維持することが出来ないのでしょう。なので体内に直接魔石を摂取させることで、一時的に本来の姿を強制的に取り戻させたのです』


「これが、シロの本当の姿……ですか……」


「すごいです、シロ! こんなに格好良いだなんてっ」


 自称・神の説明を聞き、アシハナとタバサがあっさりと事情を飲み込んだようだ。

 タバサはモフモフした巨大化したシロに抱きつき、その感触を堪能している。


『ブナ、ブナー!』


「えっ? 背中に乗れ……ですか? 乗せてくれるの、シロ?」


『ブナー』


 抱きつくタバサの背中を、小さいときにはほとんど見えなかった尻尾で撫でつける。

 小さい姿のときもそうだったが、しっかりと意思の疎通は出来ているようだ。


「ドラゴンであれば空も飛べるはずです。だとすれば、あの化け物を地面にたたき落とすことも可能なはず……!」


「……本当にそんなことが出来るのか?」


『ブナッ!』


 俺の問いに、シロはこくりと頷いた。

 あの毛玉みたいな存在が恐ろしいドラゴンになっているとか、にわかに信じがたいのだが……自称・神はおろかアシハナやタバサが信じている以上、そうなのだろう。

 そもそも異世界から来た生き物だからなぁ……。


「って、あの化け物はどうした!?」


 シロに気を取られて、化け物から注意を逸らしてしまっていたことに気が付く。

 慌てて空を見上げ──闇にまぎれるようにして滞空する漆黒の化け物の姿を確認し、俺はほっと息をついた。


 実体化させていないので今はまだ危険は無いのだが、おぞましい化け物に近付かれるのは出来る限り避けたい。

 そしてその化け物は大きくなったシロを警戒しているのか、こちらを見たまま威嚇のうなり声を上げていた。


 シロもその化け物を見返し。


『ブナブナナナナナーッ!!』


 まるで挑発するように、鳴き声を上げる。


『グルォァァァァッ!!』


「……っ、動いたぞ! おい、クソ女神、助手席に座れ! タバサとアシハナは──」


「私達はシロに乗ってアレを誘導します!」


「お父様のタイミングでアレを実体化させてください。何とか地面に押さえつけてみせます!」


 アシハナはさっそうと、袴をなびかせながらヒラリとシロの上に飛び乗った。

 続いてタバサが小声で呪文を唱え、まるで風に乗っているかのようにふわりと浮かび、シロの上に着地する。


「二人とも……あとシロも、気をつけろ!」


「「はいっ!」」


『ブナッ!』


 元気よく返事をし、シロは空高く舞い上がった。

 そのシロへと体当たりするように化け物は動き、されどシロは器用に回避する。


「風よ、とくと(はし)れ。我らに煌煌(こうこう)たる星の加護を……!」


 シロにまたがりながら、タバサが声高に叫んだ。

 それに呼応するようにして風が吹き、シロをより加速させて上昇していく。


 同時に、アシハナの声も聞こえてきた。


「一閃・霞!」


 ブンッと右手に握られた木刀が勢いよく振り下ろされる。

 一瞬後、まるで山肌が削れたように派手な音を立てて吹き飛んだ。


「……なんだ、あれは」


 俺は二人の起こした現象を、運転席に座ったままぽかんとして見てしまう。


『魔法と、魔力を乗せた剣技のようですね。どちらもこの世界には存在しない技術です』


「ああ……タバサが魔法を使えるのは知っていたが、アシハナまであんなことが出来るのか」


『元々、彼女は自分の世界であの獣のような存在と戦っていたのでしょう? ならば人を超える体躯の巨獣と戦う術を備えていてもおかしいことではありません』


「それはそうなんだろうが……」


 普段の様子を知っているだけに、意外に思ってしまうのはしかたないだろう。

 時々素振りをしているときに何かが壊れる音がしていたが、どうやらこの所為だったようだ。


『しかし、二人とも魔力を使っているため、獣の気は惹けているようですね。完全にあちらに目標を定めているようです』


 化け物は漆黒の身体をくねらせながらシロを追いかけ回していた。

 俺やこの自称・神と、アシハナ・タバサ・シロの魔力では明らかにあちらの方が大きいからなのだろう。

 おかげで、こちらは落ち着いて相手のとの距離を測ることが出来る。


「クソ女神、そっちのダッシュボードに地図が入っているからとってくれ」


『……流行。その呼称は……』


「良いから早く。十分に加速出来るだけの直線があって、あの化け物を実体化させて地面に押さえ込めるだけのスペースがある場所。それを探したい」


『はぁ……わかりました』


 自称・神は溜息交じりに頷くと、小柄な身体を懸命に動かしながら地図を取り出した。

 俺はそれを開いて、すぐに辺りの地形を確認する。


 幸い、都合の良い場所が二~三キロも進んだ場所にあるようだ。

 俺は急いでスマートフォンを取り出すと、タバサに電話をかける。


『もしもし、タバサです、お父様。どうかされましたか?』


「今俺がいる場所から、道なりに二~三キロ進んだところに少し開けた場所があるはずだ。そこから見えるか?」


『はい、こちらは上空ですのでバッチリと見えます』


「今から五分後に、クソ女神の力で月の影響を消して化け物を実体化させる。そのタイミングで、そいつを地面にたたき落とせるか?」


『アシハナです、流行さん! わかりました、やって見せます!』


『ブナナナー!』


 スピーカーフォンにでもしていたのか、アシハナとシロから快諾の声が返ってきた。


『そう言うことです。どうぞ、わたしたちに任せてください、お父様』


「ああ、頼んだ。実体化したら危険だとは思うが、怪我には気をつけろよ」


『はいっ!』


 その返事を最後に、俺は通話を切った。

 すぐに五分後にアラームが鳴るようにセットし、早鐘を鳴らすように暴れる心臓を落ち着けるため、タバコに火をつける。


「すぅ……ふぅ。聞いていたか? アラームが鳴ったら、例のアレを頼む」


『わかりました、流行』


 時速八十キロメートルでトラックを走らせれば、三キロは大体二分強かかる計算になる。

 実際には加速しながらなためもっと時間はかかるが、それでも信号も通行者や動物の飛び出しなんかを考えなくても良いため、五分も見ておけば問題はないだろう。


 とはいえタバサ達が化け物を地面に落とすまでに、どれくらい時間がかかるわからない。

 なので慎重にタイミングを測る必要がある。


『……流行、このようなことに巻き込んで申し訳ありません』


「なんだ、いきなり」


『そなたにいろいろと言われ、わたくしも考えたのです。この世界のためとはいえ、管理維持するのはこちらの事情。そなたを巻き込んだことは本当に正しかったのだろうか……と』


「いまさらだな」


 普通に毎日を生きている未成年を、異世界へ送るためにトラックで()く。

 そのことでいろいろ苦悩したり、罪悪感に悩まされたことを思い出す。


 正直に言って、謝られたところで許したいとは思わない。

 だが、いろいろと話を聞いて、自称・神──管理者にも事情があったのは間違いないだろう。

 それに誰かが動かなければ災厄は起こっていたのだ。


 ……いや、誰が動こうと、起こっていたのかもしれないか。

 今のように。

 それでも、この災厄をなんとか出来るのは、今は俺しかいないのだ。


「俺が送った奴ら……あいつらは、向こうの世界でよろしくやっているのか?」


『はい。そちらの世界の神、管理者に望まれて行った人材ですから。それに流行に送って貰った者達は少なからずこの世界に馴染めず、どこか遠くへ行きたいと願っていた者達です。なによりわたくしと、あちら管理者からいわゆるチートと呼ばれる能力を授けていますので、みな生き生きと新しい世界を楽しんでいることでしょう』


「そうか……。この世界に残された家族や友人の身になって考えると、記憶さえ改竄されていることに思うことはあるが……本人達が不幸じゃないなら良いか。なにより、そのお陰でタバサやアシハナ、シロと出会えたんだからな」


 もし自称・神からの依頼を受けていなければ、決して会うことがなかった存在だ。

 今の暮らし……タバサやアシハナを養女に迎え、ペットとしてシロを飼っている生活は悪いものではない。

 むしろ数年ぶりに、まともな家族との生活を実感していたくらいだ。

 元妻と離婚し、娘とも離ればなれで暮らすようになり、無味無臭なただ金を稼ぐだけの毎日。

 それが一気に色づいたのはタバサとアシハナのおかげだ。


「すぅ……ふぅ……。よし、そろそろ時間だな」


 タバコを灰皿に押しつけて火を消し、助手席にちょこんと腰を下ろしている女神像に宿った自称・神に視線を向ける。


「なぁ」


『はい、何でしょう?』


「ホオズキって名前でどうだ?」


『え?』


「いや、あんたの名前。いつまでも自称・神だのクソ女神って呼ぶのもなんだしな」


 ちなみに、ホオズキの花言葉は「偽り」や「ごまかし」だ。

 今までのことをひっくるめての嫌味ではあるのだが、自称・神の顔は見る見る笑顔になっていく。


『はいっ……はいっ! どうぞ、今後はわたくしのことはホオズキと呼んでください!』


 今までの扱いがアレだったためか、本当に嬉しそうに頷く自称・神……改め、ホオズキ。

 と言うか、表情筋が死んでいるかのように今まで無表情だっただけに、笑顔を向けられてめちゃくちゃ驚いてしまう。


「あんた……笑えたんだな?」


『あんたではありません、ホオズキです。あと……笑えていますか? わたくしにはあまり自覚は無いのですけれども』


 こてりと首をかしげる。

 表情のことを自分で意識してしまったためか、またいつもの無表情に戻ってしまった。


 しかし、ここまで喜んで貰えるとは……。

 花言葉での嫌味が、妙に心苦しく感じてしまう。


 まぁ、他にも確か花言葉はあったはずだ。

 「心の平安」「不思議」「自然美」「頼りない」辺りは、スマートフォンを弄ればすぐに出てくる。

 不思議な存在で、頼りないっていうのはまさしく名は体を表していると言えそうだ。


 と。そんな話をしていると、セットしたアラームが狭い車内に響いた。

 その音を聞くなり、俺は表情を引き締める。


「ホオズキ、時間だ。頼む」


『任せてください。制限時間は三十分ほどです……チャンスは逃さないようにお願いしますね』


 ホオズキはそう言って目を瞑ると、胸の前で手を握り合わせた。

 まるで一心に祈る乙女のように、意識を集中させ始める。


 唐突に月の明かりが(かげ)り、辺りが闇に閉ざされた。

 その刹那。


『グルゥァアアァァァァァァァァァァァッ!!』


 シロと追いかけっこをしていたはずのはるか上空から、耳をつんざく咆哮が届く。


「くっ、また地震かっ!!」


 化け物の咆哮で誘発された地震に、慌てて俺はハンドルを掴む。

 空では漆黒の獣が実体化し、すさまじいまでの威圧感を放っていた。

 まさしくこの世の理から外れた化け物。見ているだけで恐怖が込み上げ、歯の根が合わなくなってくる。


『ブナァァアァァァァァァッ!!!』


 シロが吠えた。

 弾かれたように加速し、化け物へ体当たりを喰らわせる。


「朧三段っ、くらえぇぇっ!!」


 はるか上空のシロの上で、豆粒くらいまで小さく見えているアシハナが果敢に攻撃を仕掛ける。

 木刀による激しい打撲音。

 シロの体当たりとあいまって化け物がよろめき、後ずさる。


「突風よ!!」


 轟ッ! と風が渦巻いた。

 タバサの魔法で溜まらずに弾き飛ばされた化け物を、さらに俺が指定した場所へ追い込もうとシロが追い掛ける。


「……あいつらがあれだけ奮戦しているんだ。俺がここで怖じ気づいてどうするっ」


 タバサやアシハナ、シロがいくら頑張っても、俺がとどめを刺さなければならないのだ。

 怖じ気づいて震えている場合ではない。


 俺は何度か深呼吸をし、新鮮な空気を肺一杯に吸い込む。

 正直タバコの煙の方が良いんだが……今はのんびりと紫煙をくゆらせる時間は無い。


「よし、行くぞっ!!」


 気合いを入れ、カーステレオの音量を一気に上げる。

 おあつらえ向きにも、聞こえてくるのはクラシック音楽──ワーグナー作曲のワルキューレの騎行だ。


 一瞬うるさそうにホオズキが眉をひそめたが、それに構わずシフトレバーを操作しながら一気にアクセルを踏み込む。

 エンジンが目覚めたかのように一気に騒ぎ立て始めた。

 シートに身体を押しつけられる感覚を覚えながら、俺はグッと歯を食いしばる。


 スマートフォンが音を着信を告げる。

 勝手にタイヤが取られてしまわないようにハンドルを握りながら、片手で操作する。

 おそらくタバサが気を効かせてくれたのだろう、着信は一言だけのメッセージだった。

 ただ、『今』という言葉だけがそこに(つづ)られている。


 これは、あの化け物を押さえ込めたという、タバサからの合図に他ならない。


「ホオズキっ、衝撃に備えろ!」


 カーステレオの音量に負けないよう、隣に向かってそう怒鳴る。

 俺の声に、ホオズキは同じ体勢のまま身体を緊張させたのが見て取れた。


 トラックはさらに加速する。


 前方には地面に漆黒の化け物を押さえつけているシロの純白の姿。

 シロの姿は、月明かりの無い闇の中でも妙に目立って見える。

 いや……あれはタバサが魔法で明かりを灯して、俺を誘導してくれているのか?


「ははっ……ありがたいっ」


 この光りを目指せば、狙いを違えることは無い。

 俺はこれで最後だとアクセルをさらに踏み込んだ。


 時速は八十キロメートルを越え、百メートルに届きそうだ。

 そのままの勢いで、俺は化け物へと突っ込み──


 ドゴォッ!! というすさまじい音と衝撃を受け、俺は反射的にブレーキを踏み込んだ。



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『俺の手には胸を大きくする力が宿ってる』

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