第五話 夕闇の中で
2017.4/1 更新分 5/7
それから日が暮れるまでの間、真琴はずっと忘我の状態で過ごすことになってしまった。
両手は後ろで拘束されて、口にはさるぐつわまでされてしまったが、もとより動く気力を振り絞ることもできない。真琴はもう、このまま溶けて消えていってしまいたい心地であった。
何もかもが、この悪漢どもには筒抜けであったのだ。
真琴と羽柴レオナがささやかな交流を結んでいたことも、彼女が右腕を負傷してしまっていることも――その事実が、真琴を深く打ちのめしてしまっていた。
そうだとしたら、これは避けようのない運命であったのだ。
今日を無事に過ごせても、明日には襲われていただろう。明日は無事でも、明後日には襲われていただろう。それが真琴の思い込みではなく事実であったということも、すでに悪漢どもからは知らされていた。
「今日の昼頃に、あいつがのこのこ歩いてる姿を見かけたやつがいたからよ。あの馬鹿女が腕を吊るほどのケガをするなんざ、そうそうねえことだからな。このチャンスを見逃すわけにはいかねえだろ?」
「だから、お前を捜してたんだよ。今日が駄目なら、明日は学校の近くで待ち伏せてやろうと思ってたんだけどな。手間がはぶけて助かったぜ」
神社の裏に集まった男たちは、いずれも昂揚しているようだった。
人数は、倍以上に増えている。真琴の視界に入るだけでも、七、八名はいるようだった。
「だけどさあ、いくらツレを捕まえておいたって、さすがにあいつも一人で来たりはしねえんじゃねえの? 道場の連中を引き連れてきちまったら、どうすんだよ?」
と、誰かが気弱げな声をあげていた。
「こっちが何人集めたって、『羽柴塾』の連中に押しかけられたら勝負になんねえだろ? し、しかもその中に羽柴兄弟がまざってたりしたら――」
「ビビんなよ、タコ! そのために見張りを立ててるんだろうが? もしもあいつが一人じゃなかったら、とっととバックレて……あいつの代わりに、この女で遊ぶしかねえだろ」
真琴が想像する限り、一番マシな運命はそれだった。
自分の破滅が、一番の望ましい運命であるのだ。そう考えると、発作的に笑いがこみあげてきてしまいそうだった。
「なあ、せっかく手頃な玩具があるのに、俺たちがそれで遊ぼうとしないのはどうしてだと思う?」
と、男の一人が真琴の髪をつかみながら、そのように言い捨てた。
「それはな、もっと上等な玩具でたっぷり楽しみてえからだよ。あいつ、中身はクソだけどツラだけは上等だからな」
「腕だけじゃなく足の一本でも折ってやりゃあ、大人しくなんだろ」
「今日来られなかったやつらは悔しがるだろうなあ。これまでの鬱憤を晴らせる絶好のチャンスなのによ!」
聞くに堪えない、雑言であった。
羽柴レオナは、毎日このような悪意を向けられながら生きていたのだ。
だからこそ、真琴との交流を隠し遠そうと腐心していたのだ。
それなのに、すべては徒労であった。
学校の誰かが、真琴たちの交流に気づいてしまっていたのだ。
それは、真琴がこのしばらくで積み上げてきたものをすべて踏みにじられたような心地であった。
真琴の心中にあった喜びや希望や幸福感が、そのままの重さで絶望感へと変じたようなものだった。
(羽柴さん……お願いだから、ここには来ないで……)
ぺしゃんこに潰された心の奥底で、真琴はずっとそのように祈っていた。
あの羽柴レオナがひどい目にあうなんて、そんなのは絶対に耐えられなかった。そんな光景を目にするぐらいなら、石畳に頭を打ちつけて死んだほうがマシだった。
そんな中、世界はゆっくりと夕闇に包まれていく。
いったいどれだけの時間が経ったのだろう。悪漢どもは、必要な数の仲間をそろえるために、ずいぶん長い時間をかけているようだった。
あたりには、酒と煙草の匂いがたちこめている。
人の耳をはばかって、決して大騒ぎすることはなかったが、その代わりにおぞましい悪意や情念が濃密にわだかまっているように感じられた。
なすすべもなく横たわる真琴の耳に、陽気な電子音が飛び込んでくる。
それは、携帯電話の着信音であるようだった。
「おお、わかった。念のために、お前らはしばらくそこで見張っとけよ。……心配すんな。あとできっちり楽しませてやっからよ」
喜悦に震える男の声も聞こえてくる。
「下の通りに、あいつが来たってよ。道場の馬鹿どもは連れてない」
はやしたてるような歓声と口笛。
「騒ぐな、馬鹿! ……よし、あのクソ女を出迎えてやろうぜ」
神社の裏に潜んでいた男たちが、身を起こす。
その内の一人に、真琴も引きずり起こされることになった。
足に力を入れることもできないまま、家畜のように引きたてられていく。
結束バンドで締められた両手の親指が痛かった。
神社には、夕闇が落ちていた。
真琴が魅了された、あの美しい情景だ。
しかし、真琴の心は死んだままだった。
悪漢の数は、十人ぐらいにまで増えていた。
しかも、その全員が木刀や鉄パイプなどを携えている。
人質を取り、右腕を負傷した羽柴レオナ一人を迎えるのに、彼らはそれほどの用心をしていたのだ。
それは恐ろしくもあり、滑稽きわまりない姿でもあった。
こんな恥知らずどもが同じ人間であるということが信じられなかった。
「……逃げようとしたら、その顔を切り刻んでやるからな」
真琴の腕をつかんだ男が、そのように述べながらバタフライ・ナイフをちらつかせた。
むしろそれは、真琴にとって唯一の希望の光に見えてしまった。
「よお、約束通り、一人で来てくれたみたいだなあ?」
男の声が、真琴の心臓を握り潰す。
真琴は石畳に落としていた視線を、のろのろとあげていった。
境内の真ん中に、黒い人影が立っている。
すらりとした長身に、黒いジャージの上下を纏った、羽柴レオナだ。
右腕は、吊っていない。ただ、ジャージの右の袖はごつごつと膨らんでしまっている。
その姿を目にした瞬間、真琴の両目からとめどもなく涙があふれてきた。
「動くなよ」と、男に強く腕を握られる。
羽柴レオナは、能面のような無表情で、悪漢どもを見回していた。
その切れ長の目だけが、爛々と燃えている。
それはまるで、飢えた虎のような眼光だった。
「……ひとつだけ聞いておく」
やがて、羽柴レオナが底ごもる声でつぶやいた。
その間に、悪漢どもは周囲を囲っていく。
「その女に、手出しはしてねーだろうな? ハッタリ抜きで答えてみろよ」
「ああ、お前が遊んでくれるなら、こんな女で遊んじまうのはもったいねえからな」
「俺たちにも、数に限りってもんがあるからよ」
下卑た声で、男たちが笑う。
羽柴レオナは同じ表情のまま、「そうかい」とつぶやいた。
「いいぜ、遊んでやるよ。好きなようにかかってきな」
「へへっ、覚悟を決めてきたってツラだな」
「それでも、手前みたいな狂犬は油断ができねえからな。足の一本は折らせてもらうぜ?」
木刀を持った男が、背後から忍び寄った。
左右の男たちも、それぞれの得物を手に、にじり寄る。
その瞬間、羽柴レオナの身体が、ふわりと旋回した。
空気も乱さぬなめらかさで、その爪先が、背後にいた男の手首を撃つ。
男は、木刀を取り落とした。
それが地面に落ちる前に、羽柴レオナの手がのびた。
それらの光景が、真琴にはスローモーションのようにゆっくりと見えた。
羽柴レオナの指先が木刀の先端を握り、そのまま真横に振り払われる。
前に踏み出した足を軸にして、羽柴レオナはもう一度コマのように回っていた。
木刀を手放した男と、その次に距離を詰めていた男が、それぞれ右腕と胸もとを木刀の柄で殴打され、倒れ込む。
そうして横向きに一回転し終えたとき、彼女の手から木刀が消えていた。
それを真琴が認識すると同時に、濁ったうめき声が真横で聞こえた。
真琴の腕をつかんでいた男が、羽柴レオナの投じた木刀によって、顔面を破壊されたのだ。
男たちの得物が、次々と振り払われる。
それをするすると回避しながら、羽柴レオナはこちらに向かってきていた。
真っ直ぐに、真琴のほうに向かってきていた。
途中で足を振り上げて、眼前に立ちはだかろうとした男の股間を蹴り潰してから、彼女は真琴につかみかかってきた。
足が、地面から離れてしまう。
羽柴レオナの体温が一瞬だけ触れて、すぐに遠ざかった。
気づくと真琴は、暗がりの中で倒れていた。
頭を殴打して、目の奥に白い火花が飛散する。
惑乱しつつまぶたを開けると、半ば闇に溶け込んだ木の屋根と梁が見えた。
そこは、賽銭箱の裏側であった。
頭から突っ込んできた羽柴レオナによって、真琴は賽銭箱の裏側にまで弾き飛ばされていたのだった。
なんとか身をよじりながら、真琴は上体を起こす。
夕闇の下で、羽柴レオナが舞っていた。
男の一人がみぞおちを蹴り抜かれて、倒れ込むところであった。
「悪あがきするんじゃねえよ! この人数を相手に、どうにかできるつもりか!?」
男の一人が、わめき声をあげる。
戦闘不能に陥っているのは、二人だけだった。さきほど股間を蹴り潰された男と、たった今みぞおちを蹴り抜かれた男だ。最初に木刀で退けられた二人と、木刀で鼻骨を砕かれた男は、憤怒の形相で立ち上がり、包囲の輪に加わろうとしていた。
合計で、まだ十名ばかりは残っているのだ。
しかも、全員が武器を持っている。最初に木刀を奪われた男も、股間を蹴り潰された男の鉄パイプを拾いあげていた。
羽柴レオナは真琴に背中を向けたまま、その悪漢どもと対峙している。
いや――きっと彼女は、悪漢どもが真琴に近づけぬよう、そこに立ちはだかっているのだ。神社の拝殿を背に取りつつ、彼女は左右と正面を囲まれてしまっていた。
「……お前らさ、このていどのケガがハンデになるとか、本気で思ってんのか?」
羽柴レオナが、せせら笑うような口調で、そう言った。
「とことん、おめでたい連中なんだな。右腕がまともに使えない分、手加減ができなくなるだけなんだぜ?」
「ほざきやがれ!」
左手側の男が、鉄パイプを振りかぶった。
羽柴レオナは瞬時に踏み込み、足を奇妙な角度に繰り出す。
羽柴レオナの右の足裏が、男の左膝を正面から踏み抜いた。
膝関節が逆側に曲がり、鈍い音色が夕闇に響く。
そして彼女は、男の左膝を踏み台にして、背中側に跳躍した。
迫り寄っていた反対側の男の胃袋に、デッキシューズを履いた爪先をめり込ませる。
男は木刀を振り上げた体勢のまま、大量の吐瀉物を撒き散らした。
その吐瀉物に汚される前に足を引っ込めた羽柴レオナは、地面に降り立つなり、身体を旋回させる。
すでに振り下ろされていた別の木刀が、その足裏で蹴り払われた。
そして、上体を泳がせた男の下顎に、羽柴レオナが直角に曲げた手首を下側から叩きつける。
あっという間に、三人の男が地に沈んだ。
残りは、七名だ。
「こ、この野郎!」
三人の男たちが、いっぺんに殺到する。
全員が、鉄パイプか木刀を振り上げていた。
羽柴レオナは、一番近くにいた男の懐にもぐり込む。
その胸もとに肘を入れてから、彼女は男の襟もとをつかみ、ねじるように上体を屈めた。柔道の試合のように男の身体は浮きあがり、その足で仲間の顔面を蹴り飛ばしてから、地面に墜落した。石畳に背中を叩きつけられた男は、声にならぬ悲鳴をあげながらのたうち回った。
そうして男を投げ飛ばした羽柴レオナは、屈めていた身体をのばす過程で、別の男の下顎に頭突きをくらわせる。それで男が倒れ込むと、すかさずみぞおちを蹴り抜いて、苦悶のうめきをあげさせた。
羽柴レオナの動きは、すべてが繋がっていた。
これだけの混戦のさなかにありながら、先の先を読み、的確な攻撃を繰り出しているのだ。
仲間に顔を蹴られただけの男はよろよろと立ち上がっていたが、その間に羽柴レオナは十分な間合いを取っていた。
これで残りは、五名である。
十名以上もいた悪漢が、この数十秒でそこまで減じてしまったのだ。
しかも、羽柴レオナは何のダメージも負っていない。
狂ったようなわめき声をあげながら、二人の男が左右から襲いかかった。
片方は木刀を、もう片方はバットを振り上げている。
まず羽柴レオナは、右側の男の手首に手刀を打ちつけた。
男の手から離れた木刀が、くるくると回転しながら宙を飛んでいく。
それを見届けることなく、羽柴レオナは身を屈めていた。
身を屈めながら、地面すれすれの位置で左足を旋回させる。
反対側から詰め寄っていた男は、それで足を払われて横転することになった。
さらに、身を屈めた体勢のまま、羽柴レオナはまた左拳を振り払う。
その先には、木刀を蹴り飛ばされた男の股間があった。
拳で股間を殴打された男は、「ぎゅう」とおかしな声をあげながら前のめりになる。
立ち上がりざまに、羽柴レオナはその下顎にも左肘を叩き込んだ。
すると、横転させられていた男が思わぬ素早さで起きあがり、羽柴レオナの腰にタックルをくらわせた。
羽柴レオナの身体が石畳に押し倒され、男に馬乗りになられてしまう。
男は左手で彼女の咽喉もとを押さえつけ、右手で左の手首を捕らえていた。
「つ、つかまえたぞ、この野郎……! その腕で殴れるもんなら――」
わめく男の顔面に、羽柴レオナはするすると右手をのばした。
とたんに男は悲鳴をあげて、腰を浮かせる。
その手は羽柴レオナを解放し、自分の顔にあてられていた。
殴ったのではない。
おそらく、目に指を入れたのだ。
レオナは自由になった左手で、さらに男の咽喉もとを突いた。
これも拳ではない。親指の先端で、男の咽喉をえぐったのだ。
男は横合いに倒れ込み、死にかけた動物のように咳き込んだ。
立ち上がったレオナは、一瞬の躊躇もなく、その右脇腹を蹴りあげる。
境内に、九名もの男たちの身体が転がることになった。
顎を殴られて脳震盪を起こすか、腹や股間を蹴られて悶絶しているか、膝を砕かれてのたうち回っているか――何にせよ、全員が戦闘不能の状態である。
残りは、わずか三名であった。
その内の二名は、真っ青になって立ちすくんでしまっている。
「この化け物め……手前はいったい、何なんだよ!?」
ただ一人、憤怒の形相であった男が、抑制を失った声でわめきたてた。
真琴の腕をつかんでいた、あの男だ。折られた鼻からはダラダラと鮮血を流しており、その手にはバタフライ・ナイフを握りしめている。
「……知らねーよ。手前らが弱すぎるだけなんじゃねーの?」
羽柴レオナは、その男に向かって一歩だけ足を踏み出した。
前に出しているのは右足で、ギプスのはめられた右腕はだらりと下げている。左手は、腰のあたりで拳を握っていた。
「まだそんなもんを振り回す気なら、なおさら手加減はできねーぞ? 入院する覚悟があるなら、かかってこいよ」
男は、全身をわななかせていた。
バタフライ・ナイフの切っ先も、頼りなく震えてしまっている。
その男もまた、怒りで恐怖をねじ伏せようとしているようにしか見えなかった。
やがて――男はわめき声をあげながら、バタフライナイフを突き出してきた。
羽柴レオナは、ふわりと左足を振り上げる。
垂直に振り上げられたその足は、ナイフの先端をかすめるような際どさで、男の下顎を真下から蹴りあげた。
男は、声もなく首をのけぞらせる。
砕けた前歯と鮮血が、闇の中で四散した。
しかし、羽柴レオナはそこで攻撃をやめなかった。
男が倒れるより早く足を踏みおろすと、今度はそれを軸にして、ぐるりと身体を旋回させる。
上段の後ろ回し蹴り、『飛燕』である。
後ろざまに倒れつつあった男のこめかみを、羽柴レオナの左かかとが真横から撃ち抜いた。
男は車に撥ね飛ばされたような勢いで吹っ飛び、石畳の上を転がってから、やがて動かなくなった。
羽柴レオナは、それすらも見届けることなく、地を蹴った。
呆然とたたずんでいた別の男の股ぐらを、無慈悲に蹴りあげる。
男は、泡をふいて横倒しになった。
最後に残された男は、悲鳴をあげながら鉄パイプを取り落とした。
もはや戦意が残されていないのは明白であった。
その男の下顎を、羽柴レオナは左拳で真横から撃ち抜いた。
その一撃で意識を飛ばされた男は、泥人形のようにぐしゃりと崩れ落ちた。
十二名にも及ぶ男たちが、これで全員撃退されることになった。
その半数は嗚咽のようなうめき声をあげており、残りの半数は意識を失っていた。
それらの全員が立ち上がれずにいるのを確認してから、羽柴レオナはようやく真琴のもとに近づいてきた。
いつの間にか、その手にバタフライ・ナイフが握られている。
真琴の親指を締めあげていた結束バンドを断ち切ると、羽柴レオナはそのナイフを賽銭箱の中に放り入れた。
さらに、さるぐつわにまで手がかけられる。
それは真琴の制服のネクタイであり、口の中にはハンカチが詰め込まれていた。
そのハンカチを力なく吐き出してから、真琴はあらためて羽柴レオナの姿を見上げる。
羽柴レオナは、やっぱり能面のような無表情のままだった。
「……帰るぞ」
羽柴レオナの手が真琴の手首をつかみ、そっと引き起こしてくれる。
それは彼女らしい優しさに満ちた所作であったが、やっぱりその顔や声には何の感情もこめられてはいなかった。
真琴はほとんど夢うつつのまま、羽柴レオナとともに神社を後にした。
拝殿の裏に放り出されていたはずの鞄やスケッチブックも、いつのまにか小脇に抱えている。きっとレオナが探し出して、真琴に渡してくれたのだろう。衝撃に次ぐ衝撃で、ところどころの記憶があやふやになってしまっていた。
ただ、手首に強い温もりを感じる。
彼女はずっと、真琴の手首を握ってくれていた。
そうして気づくと、真琴は自分の家の前に立っていた。
彼女は自宅の場所など知らないはずなので、きっと真琴が道案内をしたのだろう。
だけどやっぱり、記憶には残っていない。
真琴の記憶に残されたのは、羽柴レオナが最後に発した言葉だけだった。
「やっぱり、あんたなんかに関わるべきじゃなかった。……これからは、二度とあたしに話しかけんなよな」
羽柴レオナは、はっきりそう言っていた。
もちろん真琴は、何も答えることができなかった。
気づくと羽柴レオナの姿は消えており、真琴は玄関口で一人、涙をこぼしていた。
両親はリビングで口論をしており、真琴が帰宅したことにも気づいていない様子だった。