第四話 光と影
2017.4/1 更新分 4/7
そうして真琴と羽柴レオナの奇妙な交流が始められることになった。
昼休みには美術準備室で一緒に昼食をとり、放課後には公園で演武を見せてもらう。そして、それ以外の場所ではいっさいおたがいに近づかない。そんな奇妙な交流の日々である。
確かによくよく観察してみると、クラス内にも彼女を敵視している人間は存在した。面と向かって喧嘩をふっかけたりはせず、遠巻きにして悪意のこもった眼差しを向けている感じだ。この学校には、羽柴レオナを――というか、彼女の生家たる『羽柴塾』を目の敵にしている勢力があり、彼らはその下っ端メンバーなのだという話であった。
そして、中にはごく少数であるが、彼女に好意的な目を向ける一派もあった。『羽柴塾』や、彼女の兄たちなどの世話になっているというメンバーである。
しかし、彼女の側がそれらの人々と親しくしている様子はなかった。彼女にとってはどちらの側の人間も「馬鹿」のひとくくりなのだ。何より羽柴レオナは父親のことを馬鹿呼ばわりする頻度が一番高かった。
「『羽柴塾』ってのは、うちのじーさまが興した流派なんだけどさ。それが今みたいなケンカ空手に落ち着いたのは、馬鹿親父の代になってからなんだよ。あいつがあんな大馬鹿じゃなければ、あたしももっと平穏な人生を送れたんだろうな」
いつぞやの昼休みに、彼女はそのように述べていた。
彼女の父親は実にシンプルな精神構造をしており、「強さこそすべて」であり「強くあるために生きる」という信念を抱いているとのことであった。
「だったら山にこもって熊とでも戦ってろっつーの。道端のケンカで勝って、何が偉いんだよ? あの大馬鹿に逮捕歴がないってのは奇跡だね!」
「それじゃあ……羽柴さんは、どうして自分も空手の稽古を続けているんですか?」
真琴がそのように尋ねてみると、彼女はちょっと内心の読めない感じで目を細めていた。
「どうしてって、そういう家に生まれついちまったからだよ。なんかおかしいぞって気づいたときには、もう抜け出せない状態でさ。もしもあたしが稽古をやめたら、今まで小突き回してきた馬鹿どもが大喜びして群がってきちまうだろ? あたしだって、この年で人生を捨てる気にはなれねーよ」
それが誇張でないことは、真琴もすでに思い知らされてしまっていた。夜の境内で真琴を襲ってきた、あの悪漢たち――ああいった手合いを撃退する力を保持しなければ、彼女はもはや外も歩けぬ身になってしまったのだろう。
「なんだか、そんなのひどいです……羽柴さんは、好きでその道場に生まれついたわけでもないのに……」
「生まれる場所は選べねーからな。自力でこの町を出ていけるようになるまでは、馬鹿どもをぶちのめし続けるしかねーよ」
その言葉に、真琴は強い衝撃を受けることになった。
「は、羽柴さんはもしかして……中学を卒業したら、この町を出ていってしまうんですか……?」
「うーん、そりゃあ早ければ早いほどいいけどさ。家を出るには、金が必要だろ? かといって、ここらであたしなんかを雇う人間なんているはずもないし。どっかの高校に通いながら、地元の外でアルバイトでも探して、自立のために貯金するってのが現実的かね」
そんな風に述べてから、羽柴レオナはほろ苦い表情で微笑した。
「それに、あたしが家を出ちまったら、母さんはあの家でひとりぼっちになっちまうし……十五年分のしがらみを切り捨てるってのは、なかなか簡単にはいかねーよ」
彼女はそこまで先のことを考えながら、生きていたのだ。
真琴は自分の不明さを恥じるばかりであった。
だけど真琴は、それを嬉しくも感じていた。
彼女もまた、この町での生活に満足していなかった、ということを知ることができたからだ。
真琴だって、こんな町は一日も早く出ていきたかった。
この町は、どこか歯車がずれてしまっている。そこまで僻地なわけでもないのに、余所の土地とはあまりにかけ離れた野蛮さがまかり通ってしまっている。この町で生きていくことが正しいなどとは、真琴はどうしても信ずることができなかったのだった。
「だからあたしは、いちおー授業だけはマジメに受けるようにしてんだよ。たまには馬鹿どものせいで遅刻とかしちまうけど、ちっとでもまともな高校に行けるように悪あがきしてんのさ」
「立派です。あたしなんて絵ばっかりで、勉強は全然ですもん」
「そんなら、美術の学校とか行けばいいじゃん。あんだけ絵が上手いんだからさ」
「そんなの、無理ですよ。っていうか、羽柴さんはクロッキーぐらいしか見たことないじゃないですか」
数日も経つと、真琴もそれぐらいは気安い口をきけるようになっていた。
が、羽柴レオナに黙られてしまうと、とたんに心配になってしまう。
「あ、あの、何か気にさわりましたか?」
「いや、そうじゃなくってさ。……あんたって、誰に対してもそーゆー喋り方なの?」
「あ、やっぱりよそよそしく感じられますか? 羽柴さんって大人っぽいから、ついついこういう喋り方になっちゃって……同級生なのに、変ですよね」
「ううん。なんか、すっごくマジメで優しい感じがして、あたしは好きだよ。あたしもそーゆー喋り方のできる人間に育ちたかったなー」
そう言って、彼女は無邪気そうに微笑んだ。
子供のようにあどけなくて、おひさまみたいに温かい笑顔だ。
この時期、真琴は確かに幸福であった。
少なくとも、この十五年間では指折りで幸福な時期であっただろう。
そこに陰りが生じたのは――羽柴レオナとの奇妙な交流が始まって、十日ほどが経過した頃だった。
◇
その日、羽柴レオナは登校してこなかった。
遅刻をすることは多くとも、彼女が欠席することはほとんどなかった。そして、彼女が進学のために学校の授業を大事にしていることも知らされていた真琴は、たいそう心配することになってしまった。
「あたしはガキの頃から、カゼひとつひいたことはねーからな。学校を休むとしたら、稽古で馬鹿親父か馬鹿兄貴に立ち上がれねーぐらいぶちのめされたときぐらいだよ」
彼女は、そのように言っていたのだ。
そして、遅刻をするときも、だいたいは同じ理由なのだという話だった。
登校途中に喧嘩をふっかけられるか、あるいは道場の稽古で怪我をしたために病院まで出向くか。そういう不測の事態でも生じない限り、彼女は学校の授業をおろそかにすることはない、と言い切っていたのだ。
(いったいどうしたんだろう。稽古で怪我をしちゃったのか、それとも悪い人たちにからまれちゃったのか……どっちにしろ、心配だな……)
これほど重苦しい気持ちを抱え込むことになったのは、彼女と知り合ってから初めてのことだった。それぐらい、真琴はすでに羽柴レオナへと思いを寄せることになっていたのだった。
羽柴レオナは、魅力的な女の子であった。いささかならず言動は荒っぽいが、意外に女の子っぽい一面もあるし、何より優しい気性をしている。それも、相手を甘やかすのではなく、自分の足でしっかり立つように言いつけながら、じっと見守ってくれるような、そんな優しさだ。美術部の顧問教員にまつわる話を聞かせたときも、彼女は必要以上に同情しようとはしてこなかった。
しかし、彼女がどれほど真琴の身を思いやり、いたわってくれているか。それはもう、この十日ばかりの交流ではっきり伝わってきていた。
彼女は、人の痛みがわかる人間なのだ。そして、どんなに苦しくとも、本人が何とかしなければ道を開くことはできない、ということも知っている人間であるように思えた。
彼女もきっと、真琴などにはうかがい知れない深い業のようなものを背負っているのだろう。
それでも彼女は自分の境遇を嘆こうとはせず、必死に道を切り開こうとしていた。その強さと激しさが、真琴にはまぶしくてたまらなかった。
(お見舞いに行ったら怒られるかな……道場には絶対に近づくなって言ってたもんな……せめて羽柴さんのほうだけでも携帯電話を持ってたら、こっそり連絡できたのに……)
午前中の授業が終わっても、真琴の気持ちは重いままだった。
今日は一人で昼食をとらなければいけないのか、と足を引きずるようにして美術準備室に向かう。
そうしてドアを細めに開き、誰もいないことを確認してから入室し、またぴったりとドアを閉めると――イーゼルを収納した棚の向こうから、羽柴レオナが「ばあ」と姿を現した。
「きゃあー!」と悲鳴をあげてしまってから、真琴は慌てて自分の口をふさいだ。
羽柴レオナは、肩を震わせて笑っている。
「すっげー悲鳴! 誰か来ちまわねーかな? 大丈夫かな?」
「は、羽柴さん! 授業も受けずに、何をやってるんですか!?」
真琴は混乱した感情のままに、また大きな声をあげてしまった。
しかし、羽柴レオナは悪びれた様子もなく、まだ笑っている。
「ごめんごめん。ちょっと学校の連中には姿を見られたくなかったから、ここで隠れてたんだよ。そんな怒んなってば」
「姿を見られたくないって……いったいどうしたんですか?」
「んー、昨日の稽古で、また馬鹿兄貴にやられちまってさ。ったく、迷惑な話だよ」
そのように言いながら、羽柴レオナはようやく棚の向こうから全身を現した。
その痛ましい姿に、真琴は思わず息を呑んでしまう。彼女は右の前腕を包帯でぐるぐる巻きにされたあげく、三角巾で吊るされてしまっていた。
「朝になっても痛みと腫れがひかねーから、さっき病院に行ってきたんだよ。そしたら骨にヒビが入ってて、この有り様さ。全治一ヶ月だってよ」
「全治一ヶ月……」
真琴はぐらりと倒れかかり、収納棚にもたれることになった。
「あたしがこんな姿でうろついてたら、馬鹿どもが大喜びで寄ってきちまうからなー。ここまで来るのにだって、苦労したんだぜ? 人目につかないようにこそこそ歩いて、気分はすっかり犯罪者だったよ」
「あ、安静にしていなくて大丈夫なんですか? 痛みだってあるんでしょう?」
「帰ったら、ぐっすり休ませてもらうよ。あんま無理すっと熱が出るかもとか言われちまったしな」
そう言って、羽柴レオナは無事なほうの手で鼻の頭をかいた。
「ま、そーゆーわけでさ、三日ぐらいは学校を休むことになりそうだって伝えに来たんだよ。あたし、あんたの家の電話番号とか知らねーし」
「三日……たった三日で大丈夫なんですか?」
「普通は腕のヒビぐらいで休んだりしねーだろ。あたしの場合は、馬鹿どもの目があるからしかたなく休むだけさ。三日もすれば、こんな鬱陶しいもんは外せるようになるだろうからさ」
それは、腕を吊っている三角巾のことだった。
確かにそれさえ外せれば、ギプスと包帯はジャージで隠せるかもしれない。今は左腕だけ袖を通し、右側は肩にひっかけているだけの状態である。下に着ているのは、半袖のTシャツだ。
「で、でも、全治一ヶ月なんでしょう? その間に、喧嘩をふっかけられてしまったらどうするんですか?」
「んー? 別に問題ねーよ。今だって、馬鹿どもをぶちのめすのに不自由はねーからな。ただ、うじゃうじゃ寄って来られるのはうざってーってだけの話だよ」
「そ、それでも利き腕が使えないんじゃあ、いくら羽柴さんでも……」
「あたしは両利きだよ。どっちの手も同じぐらい使えるようにって、ガキの頃から仕込まれてるからね」
羽柴レオナは、おどけた様子で肩をすくめる。
「あーあ。相手になるべくケガをさせないようにってのが、うちの道場の唯一のルールなのによ。あの馬鹿兄貴、このケガが治ったら根性を叩きなおしてやんよ」
「お、お兄さんとの稽古で、そんな怪我を負ってしまったんですね……?」
「ああ、上の兄貴な。最近いよいよあたしに追いつかれそうになってるから、手加減する余裕もなくなっちまったんだろーね。……ここまで来たら、あたしに追い抜かれるのも時間の問題だよ」
そう言って、羽柴レオナはにっと白い歯をこぼした。
普段通りの、無邪気な笑い方である。
彼女にとっては、こんなことも日常に過ぎないのだ。
真琴は胸の中をかき回されながら、思わず彼女の左手を取ってしまった。
「わざわざ危険を犯してまで伝えに来てくれてありがとうございます。……わたし、本当に嬉しいです」
「なんだよー、オーバーだっての!」
羽柴レオナは、照れくさそうに身をよじらせる。
「そんじゃーね、三日もしたら登校すっから、あんたも身の回りには気をつけるんだよ? あと、間違ってもお見舞いに来ようとかは考えんなよな!」
「え、もう帰ってしまうんですか?」
「帰ってメシ食って薬を呑まねーといけねーんだよ。実はもう、ちっとばっかり熱が出てきちまってるからさ」
そんな状態でも、彼女は学校まで事情を伝えに来てくれたのだ。
真琴はこぼれそうになる涙をこらえながら、彼女の大きくて力強い手の先を握りしめた。
「気をつけて帰ってください。また羽柴さんと会える日を楽しみにしています」
「だから、オーバーだっての! たかが三日やそこらの話だろー?」
羽柴レオナは真琴の手をもぎ離し、その自由になった手で真琴の頭を軽く小突いてきた。
「じゃ、帰るわ。わりーけど、ジャージの前をしめてくんない? あちーから思わず開けちまったんだわ」
「あ、は、はい」
「おし、サンキュ。じゃーな」
最後にまた無邪気な笑顔を見せてから、羽柴レオナは窓を乗り越えていなくなってしまった。
えもいわれぬ虚脱感を抱え込みながら、真琴はパイプ椅子の上に腰を下ろす。
色んな思いが渦を巻いて、真琴は考えがまとまらなかった。
ともあれ――これで三日間は、また孤独な時間を過ごさなければならないようだった。
◇
(全治一ヶ月ってことは、それまで羽柴さんに演武をお願いできないってことだよな……羽柴さんに無理をさせるわけにはいかないし)
放課後、通学路を歩きながら、真琴はそのようなことを考えていた。
(せっかくもう少しでイメージが固まりそうだったのに……というか、もう何日も演武を見せてもらっているのに、どうしてイメージを固めることができないんだろう)
彼女の演武を見せてもらうたびに、真琴の情動は激しく衝き動かされていた。しかし、どうしても最後の一ピースが埋まらない感覚であるのだ。
何かが、欠けてしまっている。それははっきり感じられるのに、何が欠けているのかがわからない。この十日間、真琴はとても幸福で充足した時間を過ごすことができていたが、それと同時に強烈なもどかしさをも抱かされてしまっていた。
(このままだと、自分が何を描きたかったのかも忘れてしまいそう……それだけは、絶対に嫌だな……)
そんなことを考えながら、真琴は通学路を外れて、いつもの公園に足を向けてみた。
ベンチのない、学校からは遠いほうの公園だ。羽柴レオナと出会って三日目から、ここが二人の交流の場であった。
いつもと同じようにタイヤの上に腰を下ろし、無人の広場に視線を固定する。
そこに羽柴レオナの姿を幻視しようと思ったが、うまくいかなかったので、まぶたを閉ざしてみた。
闇の中に、羽柴レオナの姿が浮かびあがる。
なめらかなのに、力強い流線。美しくて恐ろしい運動体。五人もの人間に囲まれても、それを容易く撃退することのできる、練磨し抜かれた技――言葉にしようとすると、そんなもので収められてしまう。真琴が欲しているのは、その先にある自らの情動であった。
(いつ見たって、羽柴さんの動きはすごい……だけどやっぱり、一番心をわしづかみにされたのは、最初の夜だよな……)
あれは演武ではなく、実際の乱闘であったのだから、当然だ。
しかし、道場の見学は固く禁じられているので、実際に彼女が他者とやりあう姿を見ることはかなわない。
(だけど、それだけじゃなくって……こう、暗がりの向こうから、ぶわっと迫ってくるような迫力が……)
そこで真琴は、はたと思いあたった。
羽柴レオナの戦う姿を初めて見たとき、日はすでに沈みかけていたのだ。
誘蛾灯のぼんやりとした明かりに照らされて、彼女の金色の髪がきらきらと輝いていたのを今でも覚えている。
さらに真琴は、どうして自分があのような時間まで神社に居残っていたかを思い出すことができた。
(そうだ、わたしは……夕日に照らされる神社があまりに綺麗だったから、思わずスケッチを始めちゃったんだった。それで気づいたら、あの男の人たちに囲まれちゃって……)
真琴は羽柴レオナに出会う前から、ぞんぶんに情動を動かされていたのである。そこで羽柴レオナと出会い、さらに強烈に心を揺さぶられることになったのだった。
(あの場所……それとも、やっぱり時間? とにかく、それが欠けていた何かなのかもしれない)
真琴は目を開けて、腕時計を確認した。
時刻はまだ五時にもなっていない。今からあの神社に向かっても、暗くなる前に引き返すことはできるだろう。
(ひと目でいいから、あの神社を見てこよう。うっかり絵を描き始めたりしなければ、危ないことにはならないはずだ)
そのように考えると、居ても立ってもいられなくなってしまった。
通学鞄とスケッチブックを抱えなおし、速足で公園を出る。
その公園から神社までは、徒歩で十分ほどであった。
大通りには、たくさんの人が歩いている。学校帰りの学生や、買い物途中の主婦たちなどで、ガラの悪い人間などはいない。それがいっそう、真琴を力づけてくれた。
最後の曲がり角に近づいたところで、真琴は少し呼吸を整える。
湿度が高いので、額や背中に汗をかいてしまっていた。
歩調をゆるめて、大通りから小路へと足を踏み入れる。
とたんに人気はなくなってしまうが、あたりにはぽつぽつと民家が建てられている。畑も多いので、見晴らしは悪くない。日が出ている内は何も恐れる必要もなさそうな、牧歌的な雰囲気である。
それでも真琴は十分に用心をしながら、歩を進めた。
途中で、犬の散歩をしている老夫婦とすれ違う。
そして二分ほども歩くと、神社へと通ずる石段が見えてきた。
時刻は、ようやく五時を過ぎたぐらいである。
日が陰るには、まだ一時間以上も残されているだろう。六月も下旬にさしかかり、だいぶ日は長くなってきているのだ。
それでも長居はすまいと心に誓いながら、真琴は最後に通りの左右を見回してみた。
そこで、ぎくりと立ちすくんでしまう。
真琴が通ってきた方角から、三人ばかりの若者が歩いてくる姿が見えたのだ。
派手なTシャツに、だぶだぶの作業ズボンのようなものをはいた、ガラの悪そうな若者たちであった。
あのような者たちに見られながらこの石段を上がるのは、きっと危険なことだろう。真琴はなるべくさりげない動作できびすを返し、通りの逆側へと足を踏み出した。
こうなったら、どこかで身を隠してあの三人をやりすごし、それから道を戻るしかない。気持ちははやっていたが、ここで危険を犯すわけにはいかなかった。
真琴は、速足で道を急ぐ。
が、十歩と行かぬ内に、「おい」と声をかけられることになった。
愕然と振り返ると同時に、右の腕をつかまれる。
若者の一人が、軽く息をつきながら、にやにやと笑っていた。
「やっぱりお前だったんだな。こんなところまで追いかけてきた甲斐があったぜ」
「え……な……」
恐怖のあまり、言葉にならなかった。
駆け寄ってきた残りの二名が、やはり薄ら笑いを浮かべながら、真琴を取り囲んでくる。
「俺の顔を忘れちまったのかよ? ま、十日ぐらいは経ってるもんな。俺のほうは、忘れたくても忘れられなかったぜ?」
その顔ではなく、声が真琴の記憶を呼び起こした。
それは、あの神社で羽柴レオナに叩きのめされた悪漢の一人――最後に罵声をあげようとして、羽柴レオナに脇腹を蹴られていた男の声であった。
「あの神社に向かおうとしてたみたいだな? だったら、俺たちが連れていってやるよ。なんなら、あのときの続きをしてやろうか?」
「あ……や……」
「だけどその前に、羽柴のクソ女に礼をしてやらねえとな。あいつ、右腕をケガしてんだろ? ちょうどいいタイミングでお前と出会えたもんだぜ」
絶望のあまり、真琴は目がくらんでしまった。
ぼやけた視界で、男はまだ笑っている。
「お前、あいつのツレなんだってな? 学校でこそこそツルんでるらしいじゃねえか。後輩の小僧どもが報告してくれたぜ。……右腕が使えねえ上に人質までいりゃあ、あいつだってどうにもできねえだろうよ」
「じゃ、神社に移動すっか。おい、人数を集めとけよ」
「ああ、みんな大喜びで集まるだろうぜ」
真琴は思考停止してしまい、それらの言葉も半分がた聞き流してしまっていた。
そんな中で、頭にぼんやりと思い浮かんだのは――舌を噛んだら人間は本当に死ねるのだろうか、という、そんな愚にもつかない考えばかりであった。