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風吹く先のミチの果て  作者: 並木やまみ
生命の脈動
5/15


「いやまったく豪勢なモンだぜははは……さて、どうするかなあ……」

 僅かに開いた扉の隙間から内部の様子を眺めつつ、フリックは半ば独り言のようにそう漏らした。


「ど、どうするんですか……? 何とかできるんですか……?」

「うーん、できない事も無いがなあ……」

 少し難しい、と言外に滲ませるように言葉を濁しながら、フリックは腕を組む。そんな彼の顔を、イヴは判断を仰ぐようにして、隣でじっと見つめていた。



 彼らの捜索はその後も進んで行ったが、ゲオルグに関しての証拠はそれ以降見つからず、奥へ奥へと進んで行く内、ついには最深部へと到達していた。

 目の前に圧されるような存在感を放ちながら佇む、特別分厚く頑丈に作られた木製の扉。観音開き式のそれを慎重に、僅かに開き、その隙間から彼らは扉の向こう側の様子を確認した。


 垣間見えるのは、このダンジョンで見かけたどの部屋よりも、一際大きく広々とした石造りの広間。

 そして、その空間の内部を二本の足で我が物顔で徘徊する、あの白い化け物。しかも、それが一体だけでなく、二体存在していた。


 奴らは先ほどの這って行動していた個体とは異なり、二本の足で立って歩いている。どうやらこちらには気づいていない様子で、今の所襲い掛かってくる様子は見られない。

 これまでフリック達の通ってきた一本道は狭く、あの化け物の巨体ならば一体だけでも通路の大半を塞いでしまう程だった。その点、件の最深部の広間は二体どころか十体以上入っても十分であろう程度に広い。巨体と数の優位性を、十分に生かすことのできる状況となっている。


 扉にもたれ掛かり、フリックは腕を組みつつ、うーむ、と唸った。

「どうするかなぁー……潔く突貫するにしても一体だけで二人がかりだとしてもそこそこに手こずったアレを、二体も同時に真正面から相手するのは嫌だなあ……」

「や、やっぱりフリックさん達でも無理そうですか……?」

 不安げな顔で、ロレンタがそう声を掛けた。


 今回の目標はあくまでもゲオルグの捜索。もしもあの二体の化け物と正面からぶつかったとしても、フリック達ならば恐らくは勝てるだろう。

 しかし大幅な消耗はまず避けられない。化け物を倒すことがゴールでない以上、倒すにしても消耗の少ない、よりスマートな方法が求められる。


 ので、真正面からの特攻は却下。

 フリックは探索用に持ってきていた自分の鞄の中身を漁りつつ、思考を巡らせる。


「さっきまでは使う必要すら無かったからなあ……さて、何か……ん!」

 鞄の中から何かを掴みとると、フリックは意気揚々とそれを掲げた。

「よしよし! これだよこれ!」

「……何ですか、それ?」


 ロレンタは首を傾げつつ、フリックの手の中にあるものをまじまじと見た。それは枯草や干し草を手首程の太さ程まで大量に纏め、紐で束ねたものだった。

 フリックは更に鞄の中を探り、そして中から燐寸(マッチ)を取り出した。


「何をするつもりですか?」

「まあまあ、見とけ」


 こころなしか、悪戯の算段をする少年のような口調でフリックはそう返し、近くに居たイヴをちょいちょいと指先を振って呼びつけると、こそこそと小さく何かを伝えた。イヴはそれを了承したようで、いつも通りの様子でこくりと頷いた。

 そしてフリックは慣れた所作で手早く燐寸(マッチ)に火をつけると、それを先ほどの枯草等を束ねたものに近づけ、火を付けた。たちまち煙が上がり始めたそれを、僅かに開いた扉の隙間から、化け物達の居る部屋へと放り込んだ。


「よし戻れ! 走れ!」

「えっえっ? ええっ!?」

 そう叫ぶと、フリックはいきなりロレンタの腕を掴み、来た道を急いで戻り始めた。


「さて、出て来るかな……」

 フリックがそう呟き、後ろを振り返った時、勢いよく扉を開ける大きな音が通路内に響き渡った。


 その音にロレンタが振り返ってみれば、部屋の中で歩き回っていたはずの化け物達が扉を開け、二本の脚で猛然となだれ込むように出てきたところだった。


「き、き、きっ! 来てます来てます! フリックさん来てます!!」

 出てこれないんじゃなかったんですか!? と半ば混乱しながらそう叫んだロレンタに、フリックは予定調和とでも言うような、極めて冷静な調子で答えた。

「さっき草を燃やして部屋に放り込んだろ? あの草から出る煙、催涙性があるんだよ。効くかどうかは分からなかったが、思ったよりかは効いてくれて助かったぜ」


 雪崩のように狭い通路を前後不覚のまま一列に並んで走り来る化け物達を前に、さっとロレンタを後ろの方へと下がらせると、フリックは叫んだ。


「イヴ! そろそろ良いぞ!」

 すると、化け物達の通り過ぎた後、ひらりと天井から舞い降りる影があった。

 イヴだ。彼女はフリックが干し草を部屋に投げ込んだ直後辺りから、彼の合図があるまで天井の角のほうで、張り付くように潜んでいたようだった。


 前方をフリック、後方をイヴと、化け物達は挟み撃ちにされる形となった。イヴはそのまま真っ直ぐに通路を駆け抜け、化け物達の背中を狙う。彼女は二体の内後ろを走っていた化け物の、がら空きの背中に飛び蹴りを食らわせた。

 煙の催涙性がまだ回復しきらないまま、化け物は後ろからの突然の衝撃に前につんのめって転び、そして前の方を走っていた化け物もそれに巻き込まれ、将棋倒しのようにして共々地面に身体を勢いよくぶつけた。


「でかしたっ!」

 そう叫びつつ、フリックは目の前の、後ろを走っていたはずの同胞に下半身を潰されつつあった化け物の首の裏側、脊髄部分に剣を突き刺した。

 ごり、と堅い手応えを感じた。が、この剣は切れ味はそこそこだが頑強さには定評がある。気にする事無く体重を掛け全力で押していけば、やがて何かが外れたような手応えと共に、がくんと剣が化け物の首を突き通し、地面にまで達した。

 やがて化け物の身体は全身が弛緩し、そのままぴくりとも動かなくなった。どうやら事切れたようだった。


 その間にも、後方の化け物はイヴが応対していた。彼女は化け物の太い首に小さな身体で捕りつき、そして全身の筋肉を総動員させ化け物の首をへし折りにかかった。化け物は無論抗ったがその抵抗も数秒が限界であり、やがてごきん、という決定的な音が辺りに大きく鳴り響いた。白い巨体がどう、と倒れ伏し、下にもう一体の死体を敷いたまま動かなくなった。


 二体の化け物が完全に死んでいることを確認すると、やれやれとでも言いたげに、フリックがはあ、とため息をついた。


「ふぃー……何とか切り抜けたな」

「それで……あれはどうするんですか?」

 他に危機が無い事を確認したフリックが一息ついていた所に、おずおずと進み出たロレンタ。彼女は今しがた進もうとした扉の向こうから漏れ出る、白い煙を指差しながらそう言った。

 あの様子ではおそらく煙は充満しきっているだろう。あの中に身一つで飛び込めばどうなるかは明白だ。


「……あ」

「考えてなかったんですかぁ!?」

 ロレンタの言葉に、フリックは申し訳なさ気に頬を掻くしか無かった。



 どうにかこうにか換気し煙を追い出すことに成功した三人は、二体の化け物が幅を利かせていたせいで、入ることのできなかった広間の扉を開け侵入した。


 先程扉の隙間から確認した通り室内は広い。しかし広いこと以外は今まで見た他の部屋と変わりなく、四方も床も、味もそっけもない石の壁に囲まれている。それ以外には特にめぼしい物は見当たらない。


 あるとするならば、広間の中心部で圧迫感にも似た存在感を放ちながら鎮座している、いかにもかつての王だの族長だのが入っていそうな、一際大きく豪奢な意匠が施された石棺。だが石棺を閉じる為の蓋は豪快に開け放たれており、その中身は黄ばみを通り越し茶色となっている骨屑が僅かに散らばっているのみ。どうやらこれも冒険者によって盛大に荒らされた後であったようだ。


 周囲に扉や通路の類は見当たらない。恐らく正真正銘、ここがこの玄室の最奥部なのだろう。


「……! そんな……行き止まり、ですか……!?」

 冷や汗を額に浮かべながら、ロレンタはキョロキョロと広間の中を見渡した。

 そしてそんなロレンタを余所に、フリックは迷う事無く石棺へとすたすた歩いて行った。


「……フリックさん?」

 ロレンタの不思議そうな視線を気にすることなく、フリックは石棺に手で触り、何かを検分しているように見えた。

「……ん、これは俺だけだと少しきついな。……イヴ、イヴ」

 彼は手の平を小さく振ってイヴを呼びつけると、

「それ、いくぞ。せーの!」


 掛け声と共に両手を付け、二人で石棺を推し始めた。一体何をふざけているのかと思ったロレンタだったが、二人の――実際には殆どイヴの怪力によるものだろうが――力によって石棺が動き始め、少しずつその位置をずらしていくにつれ、その疑惑の目がたちまち驚愕のそれに変わった。


「なっ……! 地下に階段!?」

 彼女の言う通り、石棺が元あった場所の下には、地下へと続く下り階段が隠されていた。ぽっかりと開いた四角い穴の先には闇が広がっており、奥に何があるかは窺い知れない。

「凄い! なんで分かったんですか?」

「足元よく見てみろ。引きずったような跡が見える」


 ほれ、とフリックが言葉と共に持っていたランプで足元を照らすと、彼の言うとおり、石畳にはくっきりと擦れたような跡が刻まれていた。周囲が薄暗かったことに加え、足元にはそれ程気を配っていなかった為、ロレンタには見つけることができなかったようだ。


「……もしかしたら、お父さんは、この奥に?」

「さあな。何にしろ、奥へ行ってみるだけだ。そこで全部分かるだろうよ」

 フリックはそう言って階段に足を掛け、そこでふと何かを思い出したようにロレンタの方を振り返った。


「……一応また訊いておくが、ロレンタ。お前は……」

「勿論、付いていきます。地下に降りるくらい、なんてことありませんよ」

「……だろうな。よし、降りるぞ」

 そうしてランプを掲げたフリックはさっさと階段を下って行き、その後をロレンタ。しんがりにイヴが、子犬のように二人の後ろを付いて行った。



 下り階段は明りも無く、周囲が闇と静寂に底が暗闇で満たされていた。頼れるのはフリックが持つ、頼りなさげなランプの明りのみ。


「二人共大丈夫か? 足元滑らせんなよ」

「……」

「はっ、はい! 大丈夫です……!」


 投げかけられた問いに、前者、イヴは無論とでも言うかのように。後者、ロレンタはやや余裕無さ気に、それぞれ無言と明確な返事をもって返した。

 暫く無言で、階段を淡々と降りて行くだけの時間が続いたが、やがてフリックが何かを見つけ、疑問の声を上げた。

「あれは……明り……? 出口か?」


 フリックが指し示した先に、微かな白い光が見える。階段を下って行くうちにそれは段々とはっきり見えるようになり、それはやがて階下にある、開け放たれた入口から差し込んでいる光だと気付く。


 この階段は地下へと下っているので、当然地上の明りではない。地上にあるダンジョンですら満足な明りなど期待すべくもないというのに、そのダンジョンから続く地下に存在している空間に明りがあるとはどういう事なのか。

 不審に思いつつ一行は階下へと降り立ち、白い光が射す入り口を警戒しながら潜った。



「……何だこりゃ」

 フリックは呆然とそう呟き、イヴは無言のまま辺りを見回し、ロレンタは絶句した。


 まず目の前には白い壁があり、通路は左右に分かれ広く幅を取って、白い壁と床がどこまでも延々と広がっている。

 白い建材の材質はフリックにもまるで見当がつかない。パッと見ると漆喰に近いような感じもするが、触り心地や手で軽く叩いて伝わる硬度はどちらかと言えば金属に近く、漆喰とは明らかに違うものだった。


 先程まで潜っていたダンジョンである玄室のような、石を組まれて作られた建物とは雰囲気が全く違う。継ぎ目も一点の汚れも無い、清潔感を通り越した不気味なまでの白さが、広々とした通路の奥まで続いている。高い天井には等間隔に、霞がかった太陽のような仄かな光を放つ照明のようなものが並べられていた。


 周囲は静寂で満たされており、彼らの立てる靴の音が大きく響き、高らかに反響する。


 さながら神聖な神殿のような趣を感じないでもないが、しかし全体から濃密なまでに漂う無機質さのせいで、神聖さどころか妙な不安や居心地の悪ささえ覚えてしまう。


「何ですかこれ……どうなってるんですか……?」

 今日何度発したかも分からない、困惑に満ちた声を上げたロレンタ。

 そしてこれまた何度目かも分からない、うーんと考え込むような仕草をしたフリック。やがて結論を導き出したのか、彼は半ば独り言のようにぽつりと言葉を漏らした。


「……こりゃあもしかすると、『地下遺跡』か?」

「地下遺跡……って、何ですか?」

「んー……正直地下遺跡については正直俺もよく知らんからなー……」

 顎に片手を当て、頭に浮かんだ情報を少しずつ手繰り寄せるかのような調子で、フリックはとつとつと語った。


「簡単に言えば、かつて大昔に栄えて滅びた文明の遺構……だそうだ。この遺跡に使われている技術は今の技術とは比較にならない程高度なものが使われてるらしくてな、考古学者だの技師だのがこぞって研究の題材にしてる。まあ、遺跡にあちこち備わってるギミックがとにかく複雑な上に、殆どの遺跡は魔物だのがうようよ居る未開拓地にあるからな。研究は当然のように難航して、未だにその全容は誰にも分からないって話だ。俺も存在くらいは知っていたが、こうして実際に発見して踏み込むのは初めてだな」


「その言い方だと……もしかしてこれと同じようなものって、世界にいくつもあるんですか?」

「その通り。……しかしまさか、こんなのがダンジョンの地下にあるなんてなあ」


 もしかすると先の化け物達は、ここへ繋がる入口を守る役割をしていたのかもしれない。……誰のどのような意思の下でそれを行っているのかは、さて置き。


 その時、フリックの傍に居たイヴが唐突に彼に身体を寄せ、彼の服をぎゅっと小さな両手で掴んだ。

「……イヴ?」

 フリックは怪訝な顔でイヴの顔を見た。その様子を見る限り、このような反応を見せる彼女は初めてだったのだろう。


 イヴはフリックの服を掴みながら、目を一瞬たりとも逸らさず通路の奥を見据えていた。顔は相も変わらずの無表情だったが、長くこのイヴの相棒を務めてきたフリックには、彼女の心が何となく読めていた。

 どこか、怯えているような感じがする。


「……? どうしたんですか? イヴちゃん」

「さあな……だがこの先に普通じゃない何かがあるってことだけは、確かだろうな」

 用心するに越したことはねえかもな、とフリックは呟き、一度だけイヴの顔を見ると、すぐに前を向いて進み始めた。



 歩いて行く内に、大の大人が簡単に入ることができる程の大きさの、四角い枠が壁にピッタリと嵌め込まれているようなものを見掛けるようになってきた。恐らくは部屋に入る為のドアの役割を持ったものなのだろうと推測はできるが、彼らにとって仕組みも原理も想像のつかないような技術で作られた代物のようで、こちらからは何をどうやっても開かず、中を検めることはできなかった。


 そのうち、広々とした円形のスペースに出た。前方と左右にはぽっかりと開いた道が接続されており、広間と交差点を兼用したかのような所だった。


「……これは……」

 無意識に、フリックの顔が少しばかりしかめられた。


 その交差点の壁や床には飛び散った血の跡や何かで切り付けたような跡が生々しく残されており、周辺には武器や防具、砕けた鉄片や木屑等が散乱していた。

「戦いの後か? ……の割には死体がどこにも見当たらねえな」

 前に出て周囲を見渡しつつ、フリックはそう呟いた。思案混じりにぽつぽつと言葉を漏らす。

「多分冒険者が争ったんだろうが……魔物と遭遇したのか? 或いは……」


 しかしフリックは、そこで思考を中断させた。

 右の通路の奥から、コツコツという足音が聞こえ始めた。魔物の足音かと思ったが、この規則正しい足取りと、革靴のような高い音色は人間にしか立てられない音である。

 イヴとロレンタもその音に気付き、何事かと音のした方向をハッと振り返った。



「……あ……」

 音の正体が何であるかを確認したロレンタは、感慨深げな声を漏らした。

 その男はこちらへと目を向け、そしてロレンタに視線を移すと、


「ん? ……やあロレンタ。二週間ぶりくらいかな」


 極めて平静、かつ穏やかな口調で、彼女にそう呼び掛けた。


「……お父さん!」

 喜びに満ちた顔で、ロレンタは男に――通路の奥から歩み寄るゲオルグ・ウィンコールドに向かって、そう呼びかけた。



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