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風吹く先のミチの果て  作者: 並木やまみ
聖霊奇想曲
12/15


 腹を膨らませ、料理に満足した一行。


 今日一日はまずこの街を楽しむことにしていたフリックは、まず街の目抜き通りへと向かう事にした。

 光威教の大神殿を要するという関係か、人が多く行き交いながらも、住民は皆穏やかな様子で、大きな街にありがちな猥雑さが比較的少ない。水の都という言葉のイメージに沿った清廉さが住民にも浸透しているかのようにも思える。

 切り石を積むことで構成された建物や道をきょろきょろと興味深そうに見回しながら歩くイヴ。さながら小動物のようである。

「おーいイヴ。俺達を置いて行くなよー」

「ははは、好奇心が旺盛なのは良いことだ。まっこと宜しい!」

 好奇心の余り先へ先へと進んで行くイヴを、フリックは注意する。そして言葉を発した直後、彼はふと目に止まったものの前で立ち止まった。


「……どうかしたのかね?」

「すまん、ちょっと待ってくれ」


 服飾店である。

 店頭を華やかに彩る数々の飾られた服を見て、ふむ、と顎に手を当て考えるフリック。


 イヴの方を見てみれば、彼女は急に立ち止まった自分に気付いて振り返っており、どうしたものかと言わんばかりに首を傾げた。首を動かした拍子に、銀の長い髪が小さな肩を滑り落ちた。

 彼女の身を包むのは、シンプルな白いワンピース。出来うる限り良い作りをしている代物を選ぶことを心掛けているが、それでも危険な旅を続けている身である。

 

「おーい。イヴ、イヴ。おーい」

 フリックはイヴを呼びつけると、走り寄って来たイヴの服をまじまじと見る。

 洗濯は余裕があればこまめにするようにしているので目立つ汚れこそ存在しないが、しかしこうしてよくよく見てみれば、糸のほつれや型崩れ、全体的なくたびれ具合が最早看過できない程度には蓄積されている。


 自分が着る分にはこの程度どうしたものかと特には気にしない。が、イヴは一見しただけならば年頃の少女である。見た目には自分以上に気にかけなければならない。

 イヴの見た目を疎かにしてしまえば、保護者としての沽券に係わる。例えイヴ本人が自身の見た目にさほど頓着していなくとも、フリックは保護者として彼女の見目をある程度は整える義務がある……と彼は考えている。

 せっかく久々に多目の収入が入ったのだ。少しくらいは贅沢をするべきだろう。


「その服、そろそろ替え時だろ。新しいの買うか?」

「……」

 フリックの言葉に、イヴは素直に頷いた。




「あー……疲れた」

「……」

 ベンチに深く腰掛け、疲弊した様子で空を見上げるフリックの頬を、隣に座ったイヴがぺちぺちと軽く叩いている。

 二人が居るのは都市の中央に位置する広場である。日は傾き始めているが、周りに居る人の数はまだ多い。


「とんでもない服屋だったぜ……」

 ぼやきつつ、フリックは先程入った服飾店について思い返す。

 店自体は言ってみれば『当たり』の部類に入るだろう。店員の接客も丁寧で、商品自体も品揃えが豊富で、こちらが求める品質の服もきちんと取り揃えられていた。


 だが服を着せる対象がイヴという稀に見るレベルの美少女だと理解されてからは店員のおしゃれに通じる心に火が灯ったらしく、その結果イヴはあれも似合うこれはどうだとひたすら着替えさせられるお人形状態へとされてしまった。

 そしてフリックもまた、着替えさせられたイヴに対しての感想を事細かく店員から求められる羽目になった。適当に答えようものならば熱の入りまくった店員から「さっきと同じですよもう少し具体的な感想は無いんですか」等と叱咤が飛んでくる為、あれこれ語彙の限りを尽くして感想を捻り出させられる羽目になってしまう。


 イヴも最初の方は、鏡越しに様々な服を着せられる自分を珍しげに眺めていたが、やがてうんざりしてきたのかこころなしか眉根が寄ってきたようにフリックが感じてきた段階で、彼女は黙って店に飾られている、いつも着ていたものと同じような雰囲気の、シンプルな白色のワンピースを指差した。

 ファッションショー終了の合図はそれで事足り、二人は若干くたびれた様子で店を出ることになった。


「店の入り口から窺わせてもらっていたが、いや災難だったな。いや、良い商品が買えたことを考えれば幸運だった、というべきだろうか?」

「いや、あんな目はもう当分御免だ……あークソッ、変な事に頭を回しまくったせいでなんかクラクラする……」

 フリックは頭を押さえながら軽く振り、


「ん」

 ふと視界に過ぎったものをまじまじと見た。


「ああー……」

 広場の隅に存在していたそれは、木材で組み立てられた、移動式の屋台である。

 店主の手から先に並んでいた客に手渡されたそれは、牛乳を主成分とする氷菓子。どうやらこれを売って回っているものと思われる。

 フリックが隣に居るイヴを見てみれば、彼女も客が美味しそうに口に入れているそれに興味深々のようだった。小動物を彷彿とさせる丸く大きな瞳で、興味深げに観察している。

 

「しょうがねえやつだな……まあいいや。俺も冷たいものが欲しかったとこだ。おーいおっちゃん。それ二つくれ」


 フリックは屋台の方へと歩き、とりあえず二人分を注文した。スクーリオについては奢る気は毛頭無かったのでとりあえず置いておくことにした。食べたくなれば自分で勝手に買いに行くだろう。

 ベンチへ戻り、一つをイヴに手渡す。イヴは手に持ったそれを様々な角度からまじまじと観察し、

「……」

 小さな口で一口啄んだ。

 すると、

「……!」

 まるで驚いたかのように、わずかに目を見開かせた。

 よく見れば白い頬も僅かに紅潮している。めったに見ることの無い反応に、フリックも目を丸くさせた。

「そんなに感動的になるくらいうまかったか……?」

 フリックの方を振り返り、こくこくと頷いたイヴ。頷いた後即座に氷菓子の方へと顔を向け、再び咀嚼する。大分夢中になっているようだ。

 イヴの新たな好物誕生に妙な感慨を覚えつつ、フリックも一口含み、

「確かに、うまいな」

 そう一言呟いた。




 その様子をフリック達から僅かに離れた場所から微笑ましげに窺っていたスクーリオは、彼もまた手にした初めての氷菓子を特に躊躇うことなく口へと運び、

「ちべたっ!」

 果実のような甘さ、柔らかさと冷たさとのギャップに戸惑い、危うく氷菓子を取り落すところであった。




 その後一行は宿に戻り、特に何事も無く夕食と入浴を済ませ、部屋に戻る。

「……よし、こんなもんか」

 フリックは部屋の壁際に備え付けられていた机に向かい、何事かを手帳に記し終えたところだった。両腕を伸ばし、うんと伸びをする。


 革表紙の手帳に書かれた内容は、馬車を盗賊が襲撃し撃退したこと、スクーリオと出会ったこと、水の街に入ってからの出来事等、今日何があったのかを簡潔に、彼による少々の感想付きで記されたものであった。

 フリックは手帳を手に取り、そこに書かれた『記録』を流し読む。

 こうして一日にあった出来事を記しておくことは、彼が旅を始めて少し経った後、いつの間にか身についた習慣になっている。

 ただ見て回り、頭の中で感想を述べるだけでは勿体なく、何らかの形として残しておきたいと思った為であっただろうか。それともいつか旅行記として出版でもして一儲けしようと企んだ為か。その辺りの記憶は曖昧であるが、まあ悪い事でも無く、長くとも10分程度で終わる作業であるため、なんやかんやでこうして習慣として身に付くまで書き続けていた次第である。


 荷物の確認や、着る服の準備等。明日の準備を終えたフリックが机の上に備えられた蝋燭の火を吹き消し、既にイヴがすやすやと眠るベッドへと入ったその頃、


「……」


 彼らの隣の部屋へと宿泊していたスクーリオは、長い耳を壁に付けている。

 その壁は、フリックとイヴの宿泊している部屋がある方向だった。身じろぎ一つせず息を殺し、ひたすら隣の部屋の音を拾うことに集中している。その目付きは弓を番え、獲物の様子を一挙一投足つぶさに観察する狩人さながらの鋭さであった。


「こちらの目を意識しない場面であっても、何も無い。……彼は本当に彼女を丁重に扱っている、ということであると、認めるべきなのか……?」


 エルフの長耳は人間のそれより遥かに鋭敏だ。木材の壁で隔てた程度では何の障害にもならない。

 彼は壁につけられたものとは反対側の耳をかすかに振り、言葉を続けた。


「いや、それでも分からない。……いざという時、ならばどうだろう。鉄火場でもこれまでと同じ扱いを貫けるのか、試してみる必要があるか」

 呟かれたその言葉を聞く者は、誰も居ない。




 翌日、トゥリスに到着して二日目の朝。


「ふわーーあ……よう、おはようさんだイヴ」

「……」

 フリックは寝惚け眼を手のひらで乱暴に擦りつつ、彼とほぼ同じタイミングで目覚めたイヴに、朝の挨拶を交わした。

 イヴはフリックの動作を真似るように、目元を指で軽く擦りつつ、こくりと頷いて返事をした。


 朝の支度を終えた二人が部屋の扉を開けると、

「諸君おはよう! 今日も素晴らしい冒険日和ではないか!」

「おーおー朝から元気だなお前……」

 隣の部屋から挨拶にやってきたスクーリオに、げんなりとした顔でフリックはそう答えた。


 昨日観光客気分でじっくりと街を堪能しきったフリックとイヴは、次は仕事、つまり依頼をこなすべく街へと繰り出す。宿屋の店主によれば、主な依頼はトゥリス大神殿前に掲げられた掲示板に貼られているらしく、まずはそこを目指すことにした。


「ふーんこれかぁ……」

 大神殿前の広場の隅に設けられた掲示板を発見したフリックは、早速検分しようと掲示板へと足を踏み出そうとしたところ、


「そ、そ、そこのどことなく強そうな貴方! もしや冒険者の方ですか!?」

「おぉっ!?」


 いきなりそんな切羽詰まった声を掛けられフリックが思わず振り返ると、そこには幾何学模様が記され、上質な生地で織られたローブを着た初老の男がこちらを見つめていた。


「あ、ああそうだが……」

「依頼をお探しですかな? 貴方のような方に是非とも頼みたいことがあるのです!」

「と、とりあえずは落ち着いてほしい。何か依頼があるようだが、まず貴方が何者かを聞かせてはもらえないだろうか」


 何やら必死ささえ感じる形相で詰め寄ってくる初老の男に見かねて、スクーリオが助け舟を出した。


「あ、ああ申し訳ありません。ことは割と一刻を争う要件でして……つい冷静さを欠いてしまいました。私はこのトゥリス大神殿の司祭、テムスと申します」

 外ではなんですから、中に入りますか? と初老の男、司祭テムスは一行に大神殿の入り口を示した。




「まさか優美と噂のトゥリス大神殿内部にこのような形で入ることになるとは、いやはや感慨深い」

 これから仕事の話に入るというのに当たり前のような顔をして着いて来るスクーリオのことは最早置いておくとして、


 神殿の裏口から入った一行は、神殿内に設けられた応接室にて光威教司祭、テムスの話を聞くことになった。

 優美、しかし主張しすぎない程度に空間と調和しきっている調度品に囲まれる中、司祭は額に浮かぶ汗を手巾で拭いながら話し始めた。


「はい……ことの発端は2か月前のある日のことです。常に清浄さを保っていたトゥリスを流れる水が度々濁り、汚染するようになったのです。汚染された水を誤って飲んでしまった住民や余所からやってくる信者、観光客の方々への健康被害が深刻で、飲んだ者はただちに内蔵が荒れてしまい、酷い時には死者さえ出る始末……。当然我々はこの汚染の原因を調べることにし、そしてその原因を突き止めることができたのです」


「原因?」

 フリックがそう尋ねた。


「この水を引いている川の上流にある、トゥリス旧神殿……魔物の増殖によってかつて放棄された、古い神殿です。汚染水はそこから流れ出ていることが判明しています。……しかし私達が突き止められたことは、残念ながらそこまでです。周辺が魔物の巣になってしまっているので調査は困難。派遣した腕自慢の神官戦士や冒険者達も、未だ誰一人として帰ってきてはおりません」


「……」

 重い沈黙が流れる中で、司祭テムスは深く息を吐き出しながら呟いた。


「そうこうしている内に、汚染の頻度、一度に汚染される水の量も毎度毎度増加の一途を辿っております。何があるかまるで分からない、危険極まる仕事であることは重々承知しております。ですが……ですがどうかお願いいたします……! 清らかな水はこのトゥリスの象徴と言うべきものです。どうかこの街が毒水に飲まれる前に……早急なる原因の究明と解決をお願いいたします!」

 頭を下げ、そう司祭テムスは嘆願した。


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