06タイタンという町
出発して最初の日。
あの住居もまばらな村だか町だかを出てから、ただひたすらだだっぴろい道を歩いている。
車も通っていない。列車のレールらしきものもない。
「どうして歩きなの? 魔力は? ぱっと移動したりする魔法とかあるじゃん?」
徒歩の旅と気づいて僕はソフィアに尋ねた。
「あれは魔力をたくさん使うから。よほどのときしか使わないようにしています」
睫をぱちぱちさせてソフィアはきっぱりと言う。
「それにリュックがいるから」
前を歩いていたリュックがぱっとふり向いた。
「そうなんだよ。オレのせい。ごめんな!」
てへと笑ってまた駆けていく。背中のバックパックが派手に揺れている。軽そう。なにも入ってないんじゃないかと思う。
「どうしてリュックのせいなんだ?」
歩きながら訊くとソフィアが僕をちらりと見る。
「リュックって移動魔法が苦手なんです」
「ほお」
「間違った所へ行ってしまうことがよくあるのよ。そこから正しい目的の場所まで誘導してあげる必要があったり。いったん私がそっちへ行って一緒に戻ってこなくてはならなかったり。かえって時間がかかることが多いのです。最初から地道に歩いていった方がかえって早い場合もありますから」
そういうものなのか。
どっちにしても僕は移動魔法なんてできないしな。
ふと思いついて尋ねてみる。
「僕は? 僕はその魔法使えるのかな」
「能力はあると思います。標準でついているはず。でもすぐには無理かしら。二週間くらいだったかな。それから使えるようになるはずです。もしもオプションだったら無理ね。使えないかも……」
「標準が揃うまで二週間? その前に本が見つかる! もう帰ってきてるよ」
いつのまにか隣りにいたリュックが言う。こっちへ来たりあっちへ行ったり前方を塞いだりして落ち着きがない。
「だからこっちにいるあいだケンジは移動魔法なんて使えないよ」
「そうねえ……。きっと二三日で見つかるわね」
楽観的なふたりだった。
「それで……つまり。そのタイタンという町まで徒歩――ですか」
最初の話題に戻す。
「ああ、ごめんなさい。そうなの。ずっと徒歩です」
上目づかいで申しわけなさそうにソフィアが僕を見た。
「ここでは馬車で移動する人が多いのですが、私たち持ってないから徒歩なのです」
「馬車?!」
ちょうどそのとき、地平線の彼方に砂埃が立ち上ったように見えた。
次第に近づいてくる。
「ほんとうだ。馬車だ」
くらくらと目眩がしてきた僕だった。
* * * * *
馬車を所有していない僕たちは丸一日歩きつづけて一泊だけ野宿をして、埃っぽい土のつづく道を通って、やがてタイタンという町へ着いた。
町中へ入っていくにしたがい、二頭立ての馬車とたくさんすれ違うようになる。二階建ての木造の建物が多い。
なんとなく……開拓地って感じだなと僕は思った。
木材の香りの漂ってきそうな建物。道はもちろん舗装されていない。だが通りがあって両脇に看板が並んで店がある。
そういった店から出てきたり入っていったり、通りを歩いていく人々は若い人の多い印象だ。
どこかから軽快な音楽が流れてくる。
活気のある町だ。
すれ違う人々をついきょろきょろと見てしまい、僕はときどきソフィアたちに追いつくために小走りになる。
通りには屈強な体つきの男性の姿が多かった。白い襟付きシャツと吊りバンド率が高い。武器を携えている人もいるようだった。
女性はみな踝までの長くほっそりとしたドレスを着ている。帽子を被りあるいは日傘のようなものを差してしずしずと歩いている。
町の真ん中に大きな広場があり、そこには幼い子供たちが数人で遊んでいるのが見えた。笑い声や喚く声、囃し立てるような歓声やらで色々と騒がしい。
だが通りを荷物を担いで駆けていく十歳前後くらいの子供や店のなかで立ち働いているらしき十代半ばくらいの子供の姿もあった。むしろ遊んでいる子供のほうが少ないのではないかという気がした。
人とぶつかりそうになるのを、すり抜けすり抜け歩いていく。
馬車の蹄の音やごろごろと動いていく車輪の音のせいか、通りを歩く人たちはそれに負けない大きな声で話している者が多いようだった。
広場のむこうにひときわ目立つ茶色い落ち着いた佇まいの建物があった。
「あれ宿屋だね!」
リュックがあっというまに駆けだして行って、建物の入口に陣取り手を振っている。
ソフィアが僕をふり返って「行きましょう」と声を掛けてくる。差しのべられた手を握る。
あまりにも自然に伸ばしてきたので、僕はとくに意識せずにソファアの手を握った。握ってしまってからその柔らかさとすべすべ度を「あ」と思いだして、どきどきとしてきた。
「ケンジ、だいじょうぶ? 疲れてる? あそこについたら休めるからもう少しよ」
「うん。平気平気。ありがとう」
ソフィアの気遣いにじわんとなる。だが僕は不思議とそこまでの疲れは感じていなかった。
「リュック元気だね」
「いつもあの調子。落ち込んだリュックなんて見たことがないわ」
手を繋いで宿へ向かいながら、この世界、楽しいかも……と僕は思い始めていた。
* * * * *
「リュックー」
ソフィアが声をかけるとリュックがぴょんと跳ねて両手を振ってわーいわーいと言っている。
それは一瞬のできごとで、僕はただ視覚で情報として捉えることしかできなくて、すぐには何が起こったのかよく把握できなかった。
土の上を駆けるざざっという靴の音が聞こえたかと思うと、通りから宿屋の前へとつづく道をだだだだだっと二三人の男たちが僕とソフィアの前を横切っていって、リュックを軽々と抱き上げた。
目の前を僕よりずっと背の高い男が通りすぎていったとき吹き上がった空気と土埃と一緒に汗の匂いがぷんとした。「あいつでいいか」「宿賃は持ってるだろ」「おい、いそげ」というやり取りが聞こえていた。
「リュックっ!」
ソフィアの叫ぶような声があがったときには、建物の入口にリュックの姿はなくて、駆けていく男たちの後ろ姿があった。髭面の男、帽子を被った男。ちらりとしか見えなかった。
全力で僕は駆けだしていた。
後ろから、
「おおい。行くな。危ないぞ」
という男性の声が聞こえてきたが、構わず走った。
男たちに追いつく数歩前で勢いをつけて、ひとりの背中へ飛びかかった。むしゃぶりつく。
「うるせええ。どけっ」
振り払われ、体が斜めになって落ちていきそうになった。落ちていく寸前に、飛びかかったのとは別の男が僕をふり向いて、胸元から何かをさっと取り出すのが見えた。
ぎらりと銀色に光って、二の腕に痛みがあった。
地面に倒れる。砂のじゃりじゃりっという感触に傷が擦れて「うげええ」と呻いてしまった。
地面から顔をあげると男たちが逃げていくのが見える。僕の顔と腕のすぐ横を誰かの足がざざざっと通りすぎて茶色のブーツ底があっというまに駆けていき、マントを翻したその誰かの背中が、逃げていく男たちを追いかけていっている。
「あらあらあら。だいじょうぶう? ああっ。怪我してるのね?!」
後ろから女の人の声がして、肩に白い手が置かれた。
上半身を起こして見上げると、赤い髪をした女性が僕を助け起こそうとしてくれている。
「ジョセフが追いかけていったから大丈夫よー。必ず悪いやつらを捕まえてくれる。お友だちを連れて戻ってくるからね」
彼女に支えられながら立ち上がると、ソフィアが心配そうな表情で立っている。
「ケンジ……」
胸の前で手を組んでいて目がうるうるしている。
「あんたたちの連れなんだ?」
僕を抱えてくれてる人がソフィアに問うている。こくっとソフィアが頷く。心細そうな顔をしている。
「あたしの家、この宿の近くにあるんだ。おいでよ。怪我治してあげるから。ふふ。治癒魔法は得意なんだ。ついでに元気の出るスープもあるよ」




