04承諾
本当だった。
召喚された僕には魔力が備わっているらしい。
リュックに言われるまま呪文を唱え、カーテンを開けたり閉めたりした。部屋の鍵も解けたし、何度かやってみないとうまくいかなかったが、ソフィアの靴の色を変えることもできた。だがリュックみたいに風を吹かせたり火を灯すことはできなかった。
しかしこんなにいろんなことができるんだとテンションがあがる。
「すげえ」
空のコップをテーブルの上であっちからこっちへと動かす。
手を使わずに物を移動できるということが今後どう役に立つのかはわからない。もしかして一度も使う場面なんてないのかもしれない。だが理屈なしに凄いと思った。なんだかものすごく楽しい。
「慣れないからすぐには使いこなせないだろうけど、まあ。持ってて損はないよ?」
なんだかんだとリュックから教えてもらっていると、ソフィアが「こちらへ」と言ってきた。
* * * * *
ソフィアを先頭に三人で部屋を出た。階段を降りる。
階段はさっき廊下を歩いたときよりもみしみしと音が鳴った。
一階に降り閑散としたホールを横切る。
広いけれども家具も飾りもない玄関ホールはうらぶれた印象が拭えない。
つきあたりの大きな扉を入っていく。そこは食堂のようだった。
細長いテーブルがあり椅子が八客ついている。テーブルの大きさに比して椅子の数が少ないように思われた。
ふと僕はもしもここに呼ばれなかったら、いまごろは家で夕飯を食べていただろうということを唐突に思いだした。あの胸のざわざわが再び押しよせてきた。
前を歩いていたソフィアがこちらをふり向き、少し顔を曇らせてそばへやってきた。
僕の右手をとって両手で包み込み安心させるかのようににっこりと笑っている。ぱちっとした目が僕を見ていて、睫が長いだけではなくてカールしているのだと思う。
ソフィアの手に触れてどきどきしていた僕はその柔らかさにおどろく。白い手は柔らかいだけではなくてしっとりとしていて心地よい。
温かい手に包まれて不思議な感覚でだんだんと気持ちが落ち着いてくる。
「目を閉じて」とソフィアが言った。
再びどきどきしながら言われるままに僕は目を閉じる。
よくわからない呪文を唱えるソフィアの声が聞こえてくる。
何が起こるのだろう。
しばらくして何かの香りが漂ってきた。腹がぐううと鳴る。
「目を開けて」
テーブルの上に皿がいくつも並んでいる。湯気の立つ温かい料理の香りが部屋いっぱいに広がっている。
何度も腹がぐうきゅうと鳴る。
見た目もとろりとしたポタージュのスープから湯気が立っている。ソースのかかってジュウジュウと音のしている厚いステーキ肉。黒胡椒のかかった溶けたバターのようなソースの上にサーモンの切り身が載っている。ぴかぴかと瑞々しくて美味しそう。口の中に唾が湧く。
白く輝くライス山盛りの皿。僕の好きなじゃがいものサラダもあった。レタスだかキャベツだかのいろいろ混じったサラダの皿もある。その隣りには色とりどりのドレッシングらしき液体の入った容器が並んでいる。
「どうぞ」
うながされて椅子にすわってナイフとフォークを握る。
一口食べて猛烈に空腹が刺激された。がふがふと食べる。うまい。フォークを動かす手が追いつかない感じで食べていく。どんどんと腹が満たされていく。
半分以上食べ終えてから、目の前にソフィアが座って僕を見ていることに気づいた。リュックは僕の隣でアイスクリームを頬ばっている。
優しい眼差しで僕を見ているソフィアに口の中がいっぱいで何もいえない。
皿に目を落として再び食べ始め、あっというまにすべて平らげてしまった。
「ごちそうさまでした」
ふうと背もたれに体をあずける。
「明日の朝早くに出発する予定なの。どうかしら」
「もちろん行くよね?!」
横目でみると、リュックが僕の顔を覗きこんで、いたずらっぽく笑っている。その口の周りに白い髭がついている。生クリームだろうか。
「すっごい顔してる。おいしかったんだね。ソフィア、よかったね喜んでもらえて。でもだいじょうぶなの? こんなに奮発してだいじょうぶなの? びっくりしちゃったよオレ」
瞼が緩んでいる。眠い。
なんだかふわふわした気分でいた。
「ケンジ、行くよね? あ。眠ってる?」
「うん。行くよ」
「え。なに。なんていったの?」
どこへ行くのかもよくわからないまま承諾していた。
そして二日後には、僕は、タイタンという町に足を踏み入れていたのだった。