クリスマスプレゼント
「プレゼント用の包装はなさいますか?」
「あ、お願いします」
「包装紙とリボンの色はいかがなさいますか?」
「……あー、娘に贈るんですけど、どれがいいですかね?」
「それなら……こちらと、こちらの組み合わせでいかがでしょう」
「じゃあ、それで頼みます」
店員から綺麗に包装されたプレゼントを受け取り、山崎総一郎は店を後にした。
クリスマスの大通りは華やかな飾り付けが施され、歩く人間達すらも色鮮やかに彩られている。そうやって飾り付けることで、北風の寒さを忘れようとしているのだろうか。
山崎はそんなことを考えながら、タクシーをつかまえて急いで車内に乗り込む。
タクシーの運転手は、山崎の抱える荷物を見て笑いかけてきたが、行き先を聞くと気まずそうに黙ってしまった。運転手の気まずさは理解できるので、山崎も特に何も言わず車の振動に身を任せる。
タクシーは目的地の少し手前で止まった。
山崎はプレゼントを抱えて降りる。見上げると、黒い雲が空を覆っていた。もしかしたら雨が降るのかもしれない。そんなことを考えながら、山崎は目的地へ向けてゆっくりと歩く。
そうして山崎は、娘の墓への前へやってきた。
「久しぶりだね。ほら、クリスマスプレゼントだ」
膝を折って山崎は、娘の墓前に駅前で買ってきたクマのぬいぐるみを置く。
山崎の娘『希美』が死んだのは、三年前の今日――クリスマスの晩だった。山崎の妻は希美を産んですぐに他界。それから五年間、山崎は一人で希美を育ててきた。愛妻を失った山崎にとって、希美は人生の全てとも言えた。
が、希美は今、土の下で眠っている。
「……ふう」
山崎は娘が眠る墓を撫で、ため息をついた。こうしてクリスマスに墓参りするのは二回目になる。そして恐らく、今後も自分は、こうして渡すあてのないクリスマスプレゼントを買い続けるのだろう。
そうして『妻と娘が待つ我が家』を夢想するのだ。
ふと、墓の前に置かれたぬいぐるみが動いた気がした。
「…………?」
山崎が再びぬいぐるみよく見ると、やはり、僅かだが動いている。凍えるように小刻みに震え始めたぬいぐるみは、徐々に震えを大きくしていった。何か不穏なものを感じ、山崎が後ずさった時、ついにぬいぐるみは墓の上からぼとりと落ち――そして、ぱたりと動かなくなる。
希美へのプレゼントに、一体何が起きたのか。
山崎は不安な気持ちを抱えつつ、ぬいぐるみに手を伸ばす。
『お、――うさ―ん』
伸ばしかけた手が止まる。
山崎の耳に、聞き覚えのある声が届いたからだ。
忘れようがない、その声。それは――
「希美……なのか?」
山崎の声に応えようとするかのように、クマのぬいぐるみはよろよろと立ち上がる。布製の両足をふらつかせ、山崎のもとへと歩み寄ろうとする。
だがクマのぬいぐるみは、小石に躓き転げてしまう。山崎はとっさに、ぬいぐるみを抱きかかえた。
『おとう、さん――』
「……希美」
間違いない。今、このぬいぐるみには希美が入っている。そう山崎は確信した。
冷静に考えれば確証などない。そもそも山崎は幽霊や魂といったものを信じていない。
それでも山崎は、理屈や常識とはまったく別の所で『このクマのぬいぐるみは今この瞬間、娘である』と納得してしまっていた。
『おとうさん』
抱きかかえるぬいぐるみは、いつしかはっきりと言葉を話せるようになっていた。
「なんだい、希美?」
『ここ、さむい。いっしょに帰ろう』
「そうだね。早く帰ろうか」
山崎はこちらを見つめるクマのぬいぐるみに笑いかけ、霊園を後にする。気がつけば、空からは雪がちらついていた。道路にもうっすらと雪が積もり始めている。
早く帰ろう。希美が風邪をひいてしまう。でも、ぬいぐるみは風邪をひくのだろうか。そんな事を考えながら、山崎はタクシーをつかまえようと大通りに出る。
『はやく帰らないと――』
「ん? なんだい希美?」
『おかあさんが待ちくたびれちゃうよ?』
それはどういう意味か。
山崎がそれを問う事は出来なかった。
「これはダメだ。もう死んでる」
事故の通報を受けてやってきた救急隊員は、道路に倒れ伏す男を一目見てそう結論した。
「なあ、なんかおかしくないか?」
同じく隣で男を看ていた隊員が呟いた。
「ああ、確かに違和感がある」
「だよな。なんていうか――」
救急隊員はぽんと手を打ち、クマのぬいぐるみを大切そうに抱きかかえて息絶えた男を見て、思わず漏らす。
「――すげえ、幸せそうだ」
【完】
サクッと読める作品を目指して書きました。
楽しんで頂けましたでしょうか。
短い物語ですが、感想などを頂けると嬉しいです。
所属しているサークルHPでも他の掌編を掲載しております。
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