第四話:賢者の講義と、泥だらけの魔女
翌朝、ルークはシエルを裏山の「伐採跡地」へ連れ出した。 そこは、昨日リリィが崖を吹き飛ばした場所のすぐ近くだが、今は静まり返っている。
「いいか、シエル。魔法を制御できないのは、お前の才能が足りないからじゃない。お前の使っている『既存の魔法体系』が、お前の魔力に対して欠陥品だからだ」
ルークは切り株に腰掛け、地面に枝で図を描き始めた。
「今の魔法学では、魔力を『属性』という型に流し込んで現象を作る。だが、お前の53万という魔力は、その『型』自体を熱で溶かしてしまうほど巨大なんだ。……だから、型(魔法陣)なんて使うな。『波動』をイメージしろ」
「……波動?」
シエルは首を傾げる。杖を握る手が、緊張で少し強まる。
「前世――じゃなかった、昔読んだ古文書の理論だ。魔力とは、本来ただの『振動』なんだよ。火も水も、その振動数が違うだけだ。お前は今まで、53万という大音量で無理やり繊細なメロディを奏でようとしていた。……まずは、音を小さくするんじゃない。音を『真っ直ぐ』飛ばすことだけ考えろ」
ルークは立ち上がり、シエルの背後に回った。 そして、彼女の両肩にそっと手を置く。
(――外部魔力同調・接続。シエルの回路に『バイパス』を作る)
ルークの体内に魔力はない。だからこそ、シエルの膨大で混沌とした魔力に対して、彼は「完璧な中立」になれる。
「シエル、指先に意識を集中しろ。火を出そうと思うな。ただ、そこにある大気を、お前の魔力で『一方向へ押し出す』んだ。……物理的な圧力だと思え」
「押し出す……。……えいっ!」
シエルが指を突き出した瞬間、黒い雷光が走りそうになる。 だが、その瞬間、ルークが彼女の肩を通じて、魔力の「振動」を物理的な振動で打ち消し、ベクトルを一つに固定した。
シュンッ……!!
爆発は起きなかった。 代わりに、シエルの指先から放たれた透明な「圧力の塊」が、百メートル先の巨岩を、まるで巨大な指で突いたかのように、音もなく貫通した。
「……えっ。今、何も唱えてないのに……」
「これが『無属性・指向性圧力弾』。魔法じゃない、ただの魔力の質量攻撃だ。これなら型(魔法陣)が焼き切れる心配もない。お前の魔力が『象』だとしたら、今までは針の穴を通そうとしてたんだ。これからは、象のまま道を突き進めばいい」
「象……。私、象さんなんですか?」
「例えだ。……よし、次は今の感覚を一人でやってみろ。俺がバイパスを作らなくても、お前自身の意識で『ベクトル』を固定するんだ」
ルークはあえて突き放し、少し離れた場所で斧を研ぎ始めた。 シエルは一人、何度も何度も、指先から魔力を「押し出す」練習を繰り返す。
ドォン! ズガァン!
時折、制御を誤って地面が爆ぜるが、そのたびにルークが「角度が甘い!」「余計な熱(火属性)を混ぜるな!」と、賢者時代の厳しい教官のような声を飛ばす。
数時間後。 泥だらけになり、息を切らしたシエルが、満足げに微笑んだ。 彼女の指先からは、先ほどまでの「暴発の予兆」が消え、静かな、しかし密度を感じさせる魔力のオーラが立ち昇っている。
「……ルークさん。私、初めて魔法を『自分で動かしてる』って感じがします」
「ああ。お前は賢いな。飲み込みが早い。……前世の俺の弟子だったら、今頃宮廷魔導師の長くらいにはなってるぞ」
「ふふっ。またお兄様の『前世ごっこ』。……でも、嬉しいです」
シエルが少しだけ照れたように笑った、その時。
「おーい! ルーク! シエルちゃん! お昼ご飯よー!」
森の入り口から、リリィが手を振って走ってきた。 その背後には、巨大な籠を背負った父ガッツと、なぜかフライパンを持ったままの母セリアの姿も。
「外で特訓なら、ピクニックにしましょうって、お母様が!」
「ガハハ! 特訓も腹が減っちゃできねえからな! ほら、ルーク、シエルちゃん、今日は特製の猪肉サンドイッチだぞ!」
セリアが広げたシートの上に、豪華な食事が並ぶ。 シエルは、自分の泥だらけの手を見て、少し躊躇したが、セリアが優しくその手を魔法の布で拭ってくれた。
「頑張ったわね、シエルちゃん。……でも、ルーク。あんまりこの子をいじめちゃダメよ? 私が『特訓』してあげてもいいのよ?」
「……いや、母さんの特訓は死人が出るから遠慮しとくよ」
ルークは苦笑いしながら、サンドイッチを口に運んだ。 賢者の知識で世界最強の魔女を育て、きこりの肉体で家族を守る。 前世で孤独に真理を求めていた頃には、想像もできなかったほど騒がしくて、温かい午後。
(……魔法の真理なんて、案外こういう場所にあるのかもな)
ルークは、シエルが「おいしい!」と顔をほころばせるのを見ながら、心の中でそう呟いた。 だが、そんな平和な彼らの頭上に、不気味な「巨大な影」が落ちてくることに、まだ誰も気づいていなかった――。




