第三話:末娘の「ままごと」と、きこり一家の食物連鎖
騎士団が逃げ去った翌日。 シエルは、この家に来てから初めての「平和な朝」を噛み締めていた。 最強の盾を持つ父、最強の拳を持つ母、そして理屈を超えた斧を振るう少年ルーク。
(……でも、リリィちゃんだけは普通だ。魔力も平均的だし、私より背も低いし。この家族で唯一、私が守ってあげなきゃいけない存在……)
シエルは、庭で「ままごと」の準備をしているリリィを、どこか保護者のような目で見つめていた。リリィは三歳下の十歳。鼻歌を歌いながら、おもちゃの包丁(木製)を握っている。
「シエルちゃん! 今日は森の奥で『最高級の野苺』を摘んできて、ジャムを作るわよ!」 「えっ、でも、森の奥は危ないって……」 「大丈夫よ! 私、お兄様に『効率的な歩き方』を教わってるし!」
シエルは不安になり、リリィの後を追った。 もし魔物が出たら、今度こそ自分の魔力(53万)で守ってみせる。そう決意して。
森の奥、通称「迷いの深緑」。 ここはBランク以上の魔獣が闊歩し、熟練の冒険者でも死を覚悟する場所だ。
「リリィちゃん、もう戻ろう? 私、怖いよ……」 「あ、あった! シエルちゃん、見て! あの崖の上に生えてるのが『女王の苺』よ!」
リリィが指差した先。地上十メートルの絶壁に、真っ赤な苺が実っている。 そして、その苺を守るように、森の捕食者――**Aランク魔獣『破砕大顎』**が獲物を探してうろついていた。
「リ、リリィちゃん! 隠れて! 魔法で追い払うから……」
シエルが杖を構え、震える指で魔力を編もうとした。 だが、それより早く。
「……あ、あのアリさん、邪魔。お兄様とのジャム作りの邪魔……!」
リリィの雰囲気が、一変した。 おっとりとしたブラコン気味の少女から、**「怒らせてはいけないもの」**の気配が漏れ出す。
「リリィ……ちゃん?」
リリィは構えもしない。ただ、地面を軽く、本当に軽く、母セリアに教わった通りに**「踏んだ」**。
ズゥゥゥゥゥン……!!
局地的な重力崩壊でも起きたかのような衝撃。 足元の地面が陥没し、その反動だけでリリィの体は弾丸のように崖の上へと跳ね上がった。
「――お掃除完了!」
空中で、リリィが小さな拳を握り込む。 彼女はルークのように魔力の外部操作はできない。だが、その血筋は残酷なまでに正確だった。 母セリアの「魔力を筋肉で定常燃焼させる」才能を、リリィはさらに尖らせて、**「一瞬の爆発」**に全振りしていた。
リリィの拳が、魔獣の脳天に吸い込まれる。 ドパァァァァァァンッ!!!
爆音。魔獣は悲鳴を上げる暇もなく、その巨体が「霧」となって四散した。崖の一部ごと。
「……あ、力の加減間違えちゃった。お母様に怒られちゃうかな?」
リリィは空中でクルリと一回転すると、猫のようにしなやかに着地した。その手には、傷一つない「女王の苺」が大事そうに握られている。
呆然と立ち尽くすシエルの横に、いつの間にかルークが立っていた。 彼は肩に斧を担ぎ、やれやれと首を振っている。
「……見たか、シエル。あいつがうちの『最終防衛ライン』だ」
「……リリィちゃん、今、素手でAランク魔獣を消滅させましたけど」
「母さんの血だよ。リリィはまだ子供だから魔力量は少ない。だからあいつ、賢者の俺ですら引くような効率で、**『全魔力を一打に凝縮して、細胞ごと爆発させる』**っていう、頭の悪い身体強化を独学で身につけやがった」
ルークはリリィに歩み寄り、その頭をガシガシと撫でた。 「リリィ、やりすぎだ。衝撃波で苺が傷んだらどうする」
「あ! お兄様! 見て見て、一番大きいの採れたよ! 褒めて褒めて!」
さっきまで魔獣を消し飛ばしていた少女が、尻尾を振る子犬のようにルークに抱きつく。 シエルはその光景を見て、ようやく理解した。
この一家に、「守られるべき弱者」など、最初から存在しなかったのだ。 魔力0のルークが「最強の矛」であり、父が「最強の盾」、母が「最強の暴力」、そしてリリィが「最強の地雷」。
(……私がこの家で唯一できることって、なんだろう……)
「シエル? 何を考え込んでる。ほら、苺を持って帰るぞ。今日はジャムパーティーだ」
ルークが差し出した手。 シエルはその手を握りながら、ふと思った。 53万の魔力を持つ自分さえ、この「きこり一家」の中では、一番か弱くて、一番普通なのかもしれない、と。
「……私、ジャム作り、精一杯頑張ります」
「おう、焦がすなよ? 母さんが火加減にうるさいからな」
夕暮れの森。 世界を滅ぼしかねない魔女と、世界を物理的に解体できるきこり一家は、仲良く手を繋いで帰路につくのであった。




