第二話:最強のDNAと、賢者の剪定
村の入り口に現れたのは、王都でも精鋭とされる「第四師団」の分遣隊だった。 彼らが掲げる杖から放たれるのは、第四位階・火属性魔法『炎槍』。数十本の火柱が空を焼き、村の木々を焦がす。
「……鬱陶しいな」
ルークは薪割りの手を止め、溜息をついた。 隣では、シエルが恐怖で呼吸を乱している。彼女の膨大な魔力53万が、外敵の殺意に反応して黒く脈動し、家を内側から破壊しようと膨れ上がった。
「シエル、俺を見ろ。深呼吸だ。……母さん、ちょっと行ってくる」
「あら、ルーク。お父さんを連れて行きなさい。ついでに、あの汚い火遊びで洗濯物が煤けたら困るから、早めに片付けてね」
母セリアは、のんびりと紅茶を淹れながら言った。だが、彼女がカップを置いた瞬間、「ゴトリ」とテーブルが数センチ沈んだ。 ただ置いただけ。それだけで、家具が彼女の「無意識の剛力」に悲鳴を上げている。ルークは改めて確信した。この家で一番怒らせてはいけないのは、魔力53万の少女でも、元・最強賢者の自分でもなく、この母親だ。
村の広場。 「抵抗はやめろ! その『災厄の娘』を差し出せば、村の安全は保障して――」
魔導騎士の言葉は、物理的な衝撃によって遮られた。 ドォォォォォン!! という、大気が爆ぜるような音。
父ガッツが、身の丈を越える巨大な鉄盾を地面に突き立てたのだ。ただそれだけで、騎士たちが放った『炎槍』の余波が、まるで見えない壁にぶつかったように霧散する。
「ガハハ! 悪いな、うちの息子が『拾ったもん』は、この家の家族だ。渡すわけにゃいかねえ!」
「貴様ら……たかがきこり風情が! 全員放て! 第五位階――」
騎士たちが次なる詠唱に入った瞬間、ルークの背後から「死」よりも濃い静寂が降りてきた。
「……洗濯物が、煤けてるじゃない」
いつの間にか、母セリアがそこに立っていた。 エプロン姿のまま、一歩。 その足跡には、石畳がクモの巣状に割れるほどの重圧がかかっている。
(……やばい、母さんが『現役』の顔になってる)
賢者としてのルークの眼は、母の肉体を驚愕と共に分析していた。 彼女には魔力がないわけではない。だが、彼女はその魔力を「魔法」として外に放つことを一切しない。 体内にある全魔力を、1滴も漏らさず、筋肉と骨格の補強のためだけに「定常燃焼」させているのだ。
物理法則を超越した、究極の肉体強化。 賢者の知識で言えば、それは「自己完結型・第九位階強化魔法」を常時発動させているに等しい。
「……ちょっと、運動に付き合ってもらうわね」
セリアが地を蹴った。 音速を超えた移動により、彼女の姿が消える。 次の瞬間、騎士団の中央で「肉体による爆発」が起きた。
魔法障壁? 鉄の鎧? 彼女の拳の前では、それらはすべて「湿った紙」と同義だった。 セリアが軽く拳を突き出すたびに、騎士たちの重装甲が飴細工のように歪み、彼らは何が起きたか理解する暇もなく、文字通り「弾き飛ばされて」いく。
「ひ、ひいいっ! 魔法が効かない!? バケモノだ、バケモノがいるぞ!」
「失礼ね。これでも一児の母……あ、二児だったわね」
セリアは優雅に髪をかきあげながら、最後の一人を、まるでハエを叩くような無造作な平手打ちで地面に埋め込んだ。
「……相変わらず、母さんの戦い方は理屈じゃないな」
ルークは苦笑いしながら、手にした鉄斧を構えた。 母が「面」で制圧したなら、自分は「点」で仕上げをする番だ。
逃げようとする馬車と、後方に控えていた増援部隊。 ルークは前世の知識をフル回転させ、大気中の魔力の流れ――「龍脈」の末端を、斧の刃先に無理やり接続した。
(魔力0の俺には、この世界の『抵抗』がない。なら、この斧を『超伝導』の導体にする)
ルークが斧を振り下ろす。 それは「斬る」動作ではない。空間の座標を固定し、そこにある物質を強制的に「存在しない」ことにする物理干渉。
キィィィィィン……!
耳鳴りのような音と共に、騎士団の馬車が、そして彼らが構えていた高級な魔導杖だけが、まるで見えないカッターで切り取られたように、綺麗に二つに分かたれた。
「……よし。断面は完璧だ」
ルークは満足げに頷いた。 13年間、きこりとして「木をいかに効率よく断つか」を追求し続けた結果、彼の斧は魔法という概念を通り越し、**「分子結合の切断」**という領域に片足を突っ込んでいた。
騎士団が命からがら逃げ出した後、家に戻った一行を待っていたのは、涙目のシエルだった。
「ごめんなさい、私のせいで、皆さんの生活が……」
「何言ってるのよ、シエルちゃん」
セリアが、先ほど魔導騎士を消し飛ばしたのと同じ手で、優しくシエルの頭を撫でた。 「家の中が少し煤けただけ。掃除なら、お父さんとルークにやらせればいいんだから」
「そうだぞ、シエル。きこりは掃除も仕事のうちだ」
ガッツが豪快に笑い、ルークも肩をすくめる。 シエルは、信じられないものを見る目で家族を見つめていた。 彼女の知る「強い人間」とは、傲慢で、魔力を誇示し、弱者を踏みにじる者たちだった。
だが、この家の人々は違う。 世界を滅ぼせる魔力を「掃除の邪魔」と言い切り、伝説級の武力を「洗濯物を干すため」に振るう。
(……この人たちのそばなら、私、魔法を怖がらなくてもいいのかな)
シエルの53万の魔力が、初めて穏やかな、春の陽だまりのような色に変わった。 それを見届けたルークは、こっそりと自分の手のひらを見つめる。
(父さんの防御、母さんの剛力、そして俺の精密切断。……これ、もし前世の俺が相手だったら、3秒持たずにバラバラにされてるな)
元・最強賢者は、家族という名の「物理の暴力」に戦慄しながら、今日割るべき薪の山へと向かった。
【設定の補足:両親の通り名】
父ガッツ(『不動の壁』): 攻撃力は皆無だが、防御力と体力だけなら世界一。盾一枚で軍隊の進軍を止めた逸話を持つ。
母セリア(『閃光の鉄拳』): 武器を持つと壊してしまうため、素手が一番強い。かつて魔王の幹部を往復ビンタで沈めたという噂がある。
【世界観設定:魔法の属性と位階】
この世界では、魔法は「才能(魔力量)」と「計算能力(制御)」によって厳格に格付けされています。
1. 魔法の属性
基本となる「四元素」に、特殊な「二極」を加えた構成です。
火(火炎・熱): 攻撃的で破壊力に特化。
水(氷結・治癒): 変化に富み、防御や回復にも使われる。
風(突風・雷): 速度と不可視の攻撃。ルークは「気圧差の物理現象」として理解している。
土(硬化・地殻): 防御と構造把握。父ガッツの「盾」は、土属性の極致に近い物理耐性を持つ。
光・闇: 希少属性。シエルの魔力はこの「闇(空虚)」に近いが、実態は「無(すべての属性を呑み込む純粋魔力)」。
2. 魔法の位階(階位)
魔法の複雑さと威力によって、第一から第十まで分類されています。
第一〜第三位階(下級): 村の祈祷師や駆け出しの魔導師が使う。生活魔法や、小さな火の玉など。
第四〜第六位階(中級): 国家の正規騎士団レベル。「爆炎」や「広域探知」など。先ほどの騎士団隊長が使おうとしたのは、この入り口。
第七〜第八位階(上級): 一国の軍事バランスを左右する。かつての両親が相手にしていたレベル。
第九位階(超級): 伝承級。地形を変え、城を一夜で落とす。前世のルーク(10万魔力)の得意領域。
第十位階(神話級): 人間を辞めた領域。現代では「おとぎ話」。……だが、シエル(53万魔力)が適当に手を振るだけで、意図せずこのレベルの出力が出てしまう。




