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『転生賢者の斧無双 ~魔力ゼロで木こりを目指したら、いつの間にか聖樹も魔王城も真っ二つにできる件~』  作者: 沼口ちるの


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第一話:最強のきこりは、薪割りついでに世界を救う

その日、辺境のラギ村に住む少年ルークは、十三歳の誕生日を迎えた。 朝、彼が最初に見たのは、丸太のような腕を持つ父・ガッツが、巨大な猪を担いで帰宅する姿だった。


「ルーク! 誕生日おめでとう! 今日からお前も一人前のきこりだ。この斧をやろう!」


ドォン、と床に置かれたのは、村の鍛冶屋が特注した重量級の鉄斧。 ルークはそれを軽々と片手で拾い上げた。


「……ありがとう、父さん。大事に使うよ」


ルークの返答はどこか無気力だ。 それもそのはず、彼は前世で「世界最強の賢者」と呼ばれた男の転生者。しかし、この体には魔力が一滴も流れていない「魔力保有量:0」という、魔法文明においては欠陥品とも呼べる存在だったからだ。


「ルーク兄様、おめでとう!……でも、あんまり無理して森の奥に行っちゃダメだからね? 私が心配するから」


三歳年下の妹、リリィが甲斐甲斐しくルークの服の埃を払う。彼女は最近、兄への執着が少しばかり強すぎる気がするが、ルークは「まあ、田舎だしな」と深く考えていなかった。


「ルーク、誕生日の御馳走はできているわよ。でも……その前に、裏庭の薪を割ってくれるかしら?」


おっとりとした笑みを浮かべる母、セリア。だが、その背後には「断ったらどうなるか」という無言の圧がある。ルークはこの母を怒らせるのが、この世で一番恐ろしいと知っていた。


「わかったよ、母さん。……ちょっと『効率』を求めてくる」


裏庭に出たルークは、一本の薪を切り株に置いた。 彼は知っている。自分には魔力がない。だが、転生して十年ほど経ったある日、彼はあることに気づいてしまった。


(自分の中に魔力がなくても、この世界に満ちている『大気中の魔力』を、斧の軌道に『乗せる』ことはできるんだよな……)


それは、電池がないラジコンを、外からの暴風で無理やり動かすような暴論。 ルークが斧を振りかぶる。 その瞬間、周囲の空間から魔力が吸い寄せられ、鉄の斧が微かに青白く発光した。


「ふんっ」


軽く振り下ろしたはずの一撃。 ドパァァァァンッ!!


薪は綺麗に割れた……どころか、衝撃波が裏の森まで突き抜け、直線上の樹木が数百メートルにわたって消滅した。


「……あ、やりすぎた。無気力すぎて加減を忘れるな」


ルークが冷や汗をかきながら周囲を誤魔化そうとした、その時。 消滅した森の奥、抉れた地面の先に、一人の少女が倒れているのが見えた。


少女は、ボロボロのローブを纏い、奇妙な杖を抱えていた。 ルークが駆け寄り、彼女の容体を確認する。


「おい、大丈夫か?」


少女はゆっくりと目を開けた。その瞳には、絶望と虚無が宿っている。 彼女は「捨てられた」のだ。あまりにも巨大すぎる魔力を持っていたために。


「…………」


彼女は何も答えない。だが、ルークの「賢者の眼」は彼女のステータスを明確に捉えていた。


【個体名:シエル / 保有魔力:530,000】


(……53万? バカな、見間違いか?)


ルークは倒れている少女を見て、前世の記憶を呼び覚ました。 かつて「世界最強」と呼ばれ、一国の軍隊を一人で灰にした賢者エナード。その全盛期ですら、保有魔力は10万前後だった。


それですら、当時の人間からすれば「底なしの魔力の化け物」と恐れられたのだ。 目の前の、まだ妹のリリィとさほど変わらない年齢の少女が、その5倍以上の出力を秘めている。


(俺が転生して得た魔力は**『0』。対してこいつは『53万』**。……神様ってのは、本当に配分って概念を知らないらしいな)


ルークは自嘲気味に鼻を鳴らした。 もっとも、今のルークにとって「魔力量」など、もはや薪の火力の違いくらいにしか思っていない。


「おい、立てるか」


ルークが声をかけると、少女――シエルは、震える手で大切そうに古びた杖を握りしめた。その瞳は、深い森の奥にある湖のように静かで、そして絶望に濁っている。


「……殺さ、ないの?」


かすれた声。彼女はその膨大すぎる魔力のせいで、故郷を滅ぼしかけたか、あるいは「兵器」として扱われ、捨てられたのだろう。ルークにはその孤独が、少しだけ分かった。


「殺す? 勘弁してくれよ。そんな面倒なことしたら、夕飯の支度を手伝わなかったって母さんに殺される」


ルークは少女をひょいと背負い上げた。驚くほど軽い。 53万の魔力を持っていようが、中身はただの痩せ細った子供だ。


「……私は、災厄を呼ぶ……。魔法も、制御できない……」


「魔法? ああ、そんな便利なもん、俺は一滴も持ってないから分からんよ。だが、もしお前が暴発しそうになったら、俺がその辺の枯れ枝みたいに叩き折ってやる。……だから安心しろ」


ルークの背中からは、圧倒的な「物理的安心感」が伝わってくる。 13年間、賢者の知識をすべて「筋肉と骨格の効率」に捧げ、魔力ゼロの絶望を斧一本で叩き伏せてきた背中だ。


家に戻ると、案の定、玄関先で母のセリアが笑顔で(目は笑わずに)待っていた。


「おかえりなさい、ルーク。薪割りはどうなったかしら? ……あら、その子は?」


「あー……森で拾った。行き場がないみたいだ。あと、裏の森を少し『削った』。ごめん」


ルークがそう言うと、父のガッツが後ろから顔を出して笑った。


「ガハハ! 拾いものか! ルーク、お前も一人前のきこりなら、守るべきもんの一つや二つ、背負って当然だな!」


「ちょっと、あなた! 呑気なこと言わないで。……でも、この子、ひどい格好ね」


母の目が、シエルのボロボロの服と怯えた瞳に向けられた瞬間、その温度が変わった。それは怒りではなく、深い慈愛――あるいは、彼女を傷つけた存在への静かな怒りだ。


「ルーク、すぐにその子をお風呂に。リリィ! お着替えを準備して!」


「えーっ!? お兄様が女の子を背負ってくるなんて……! でも、お母様が言うなら仕方ないわ……」


リリィが複雑そうな顔をしながらも、シエルの手を引いて奥へと連れて行く。 シエルは終始無言だったが、ルークの家の中に漂う「シチューの匂い」と「家族の騒がしさ」に、毒気を抜かれたような顔をしていた。


その夜。 ルークは一人、庭で夜風に当たっていた。 手には、愛用の鉄斧。


(魔力53万、か。あの子が本気で暴走したら、この国どころか大陸が消えるな)


ルークは空を見上げ、右手に意識を集中させる。 自分には、体内に魔力を貯める器がない。だが、前世の「賢者の回路」は、脳が記憶していた。


周囲の空間に漂う微量な魔力が、ルークの指先に集まってくる。 それはまるでお菓子に群がるアリのように、ルークという「空っぽの器」に吸い込まれ、そして彼が斧を振るう瞬間に、最強の物理エネルギーへと変換される。


「……ま、あの子が静かに暮らせるなら、それでいいか」


ルークが何気なく、手元で斧をクルリと回した。 その風圧だけで、上空を飛んでいた偵察用の魔鳥が、音もなく消滅したことに彼は気づいていなかった。

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