第8話 警告
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
一足先に食べ終わった透華は結衣にお茶を渡した。
「結城さん、本当に料理上手ですね。日曜の朝からこんなに立派な食事ができて、幸せです。しかも何も言ってないのに食後にお茶出してくれたりとか、なんか大人として負けた感じがするんですけど……」
「ふふっ、それほどでは。それよりも、美味しそうに食べておかわりまでしてもらえると本当に作り手冥利に尽きますよ」
「あ、ありがとうございます……。ちょっと恥ずかしいですね……」
少し顔を赤くしながら俯き加減に、結衣はそう言った。
「いやいや、美味しく食べるのも才能だと思いますよ?」
普段は料理したとて感想を得られることはないが、昨日今日と二食分の感想をもらった透華はかなり気分が良かった。
(自分のための料理は作業なんだけど、誰かのために作ってると本当に楽しいんだよなぁ……)
「料理のモチベーションが上がったし、既に投資回収しましたね」
「早くないですか⁉」
「ここからはイーブンの関係ですから、なにか要望とかあればたくさん言ってもらっていいですからね」
「なんか結城さんと暮らしてたら駄目人間になっちゃいそうです……」
じとっとした目線を向けられてしまった。
「紅葉先生ならそんなことなさそうですけどね。まあ、ご飯の感想くれるだけで十分ありがたいですよ」
「うわぁ、ひとたらしだ……」
先程よりもじとっとした視線が突き刺さる。何故に。
二人でお茶をすすりながらそんな話をしていると、スマホの着信音が鳴った。
「先生のですか?」
透華のスマホとは着信音が違ったので結衣に問うてみる。
「……っ⁉ なんでっ……」
取り出して画面を見た直後、バンっと叩き付けるように、机にスマホを伏せた。
「ど、どうしましたか⁉」
そう問うも結衣は何も言わずに小さく震えていた。
「見ても、いいですか?」
結衣は僅かに首肯した。
結衣がこの反応をする原因になったであろうスマホを手に取ると、画面に表示された《《もの》》に透華も息を呑んだ。
「これって……」
画面に表示されていたのはメールの画面。
そのメールに添付されていた写真には、透華のマンションのエントランスに入る結衣の姿がはっきりと映されていた。
──男に守ってもらおうとでも? 絶対に逃げられないから。どこまででも追いかけて、絶対地獄を見せてやるよ──。
メール本文にはこんな狂気じみた文章が書かれていた。
「はっ、はぁっ、は──」
メールを送り付けられた当の結衣は完全に怯えてしまっているようで、不規則な呼吸を繰り返していた。
「紅葉先生、大丈夫ですか? 落ち着いてからで構わないので、少しだけお話してくれますか?」
「……っ、あ」
結衣は何かを求めるように口を動かしているが、頭が回らないのか言葉になっていない。
「大丈夫ですよ、落ち着いて。ここには先生に危害を加える人なんていませんから」
透華はそう言って結衣の手を取り、両手で柔らかく握り込んだ。
抑えきれない恐怖や縋りたいような気持ちをありありと伝える、冷たく小さいその手が、透華の体温で温められていく。
「……ご、めんなさい、落ち着き、ました」
少し時間が経ち、結衣は震える声でそう言った。少し落ち着いた様子になっており、ほっとする。
すると結衣が再び口を動かした。
「……なんで今、て、手を握ってくれたんですか……?」
「えと、なんでと言われても……」
結衣の手を取ったことに特に理由はなかった。ただなんとなく、落ち着いてほしくて手を取っただけだった。
「昔から手を握ってもらえると、安心するんです。今も手を握ってほしいなと思ったんですけど、言葉が出なくて……。それなのに結城さんが手を握ってくれたから、なんかすごいなって、思っちゃいました……」
「そんなに大層なことはできませんけど、お望み通りのことをできたんだったら幸いですね」
なんだかよくわからないが、考えなしの行動で結衣の心を楽にできたのだとしたら、それは嬉しいと思った。
「もう、大丈夫です。結城さん、ストーカー被害のこと、相談させてもらえますか?」
「ええ、聞かせてください。出来る限り僕も協力しますので」
すっかり声の震えも止まって落ち着いた様子の結衣は、姿勢を正して自身の被害について話しはじめた。
◇◆◇
その話の内容はすさまじいものだった。
数か月前のある日に脅迫文がポストに投函されていたことから始まったストーカー被害は、定期的にメールで送られてくる盗撮写真に移り変わり、最近では家族や旧友の写真まで送りつけられてくるらしい。
更には「警察に相談すればお前の親しい人にも危害を加える」との脅しもされているらしく、そのため結衣は極めて身近な人にしか相談せずに今日までの数か月を過ごしてきたそうだ。
心根の優しそうな結衣のことを理解して当人ではなく周囲の人への危害をほのめかしたと考えれば、犯人は結衣のことを見知った人物ということになる。
しかし結衣にストーキングされるような心当たりはなく、犯人についても性別すらわからないということだった。
「隠れて通報とかもできますけど、警察に相談することは考えてないんですよね?」
「これだけの写真を撮ったりできる人が犯人となると、なにかのはずみで警察に通報したことがばれてしまいそうで怖いんです。だからできれば通報はせずに解決したいんです」
「なるほど……」
確かにその意見には透華も同感だった。
一時は家の中にカメラが仕掛けられていたこともあったらしく、どこから情報が抜けるかは完全に分からない状態だ。隠れて警察に通報しても、ばれてしまう可能性がないとは言い切れない。
「じゃあ、できるだけ一人にならないようにしましょう。誰かと一緒に行動してれば突然襲われる可能性は減らせるでしょうし……」
「そんなこと、結城さんにお願いしてもいいんですか?」
「それくらい構いませんよ。もちろん僕じゃなくてもいいんですけどね?」
「じゃあ、これからお願いします」
結衣は深々と頭を下げた。
もちろん結衣にも人付き合いがあると思うので、一緒に居るのは透華でなくても良いのだが、一人にはならないでほしいと思う。
(しっかり守っていかないとな……)
魔の手からしっかり守らねば、と透華は決意を新たにした。