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第6話 保健室の先生の不養生③

 かすかに聞こえる鳥のさえずりで、透華は穏やかな陽気のまどろみから目を覚ました。


 いつしか透華も結衣と一緒に眠ってしまっていたらしい。


「ふふっ、まだ握ってる……」


 流石にもう解放されただろうと手を見れば、未だしっかりと握られている。穏やかな寝顔で透華の手を握る可愛らしい結衣に小さく笑みを零す。


「んんっ……」


 透華の声に反応してなのか、結衣も少し眉根を寄せてからゆっくり目を覚ました。


「起きましたか、体調はどうですか?」


「…………えっ? 結城さん⁉ いや、ちょ、あのっ、出ていってくださいっ!」


 起きるや否や、結衣は叫ぶようにそう言い、ベッドから立ち上がって透華をぐいぐいと部屋の外へと押し出した。


「へっ⁉ わ、わかりました……」


 背中を押されて、放り出されるように透華は部屋を出た。バタンと音を立ててドアが閉まり、結衣と隔絶される。


(なんかまずいことしたかな……)


「はぁぁ……」


 長く息を吐いて廊下にへたり込むと、だんだんと心配になってくる。

 いかにやましいことがないとはいえ、熱で幼児化していた女性と手をつないでいたのはなかなか気持ち悪い行為だったのではないか。いかに看病の一環だったとしても、あーんは問題があったのではないか。

 思い当たる節は山ほどあるだけに、余計に心配になってしまう。しかし、当人に一緒に居てくれと言われたのだ、やましいことはない。


 廊下の壁にもたれかかり一度深呼吸する。


 もし結衣に記憶がなかったら、誠心誠意謝ったうえで説明して誤解を解こう。


 自分の中でそう決め、心を落ち着けてとりあえずリビングに向かった。


(晩御飯作らないとなぁ……。許してもらえるかな……)


──十数分後、そんな心配も杞憂となった。


「あの、結城さん……?」


 ブランケットを羽織りにして縮こまった結衣が、夕飯の献立を考える透華のところにやってきた。


「本当に、すみませんでした」


「……えっ?」


 何も言われないか怒られるかのどちらかだと思っていた透華は、気の抜けた声を上げてしまった。


「小さい子供みたいな振る舞いして……気持ち悪かったですよね……」


「いやいやいや! 全然そんなことは! こっちこそなんか気持ち悪いことしてすみませんでしたっ!」


「私、熱が出ると、なんか子供みたいになっちゃうみたいで……。本当にごめんなさい……」


 そう言う結衣は今にも吐きそうなほど思いつめた表情をしていた。


(あ、これ風邪引いてネガティブになっちゃってるのか……?)


 ある程度回復して記憶が戻った結果恥ずかしがっているのかと思いきや、風邪の時特有のネガティブシンキングになっていただけらしい。


「気にしないでくださいよ、風邪引くとネガティブになっちゃいますよね、大丈夫ですから。それよりもまだ熱下がってないんじゃないですか? 休んでていいんですよ、食欲があれば晩御飯も用意しますし……。あ、お茶飲みますか?」


 こういう時は本当に落ち込むのは透華もわかっているので、なるべく気に病まないようにフォローしていく。


「まあまあ、紅茶でも飲んで落ち着きましょうよ」


 結衣をソファに座らせてティーカップを持たせる。少しだけ紅茶を飲んで、結衣は言った。


「……なんで……なんでそんなにやさしいんですか……」


 その姿は、疑うようでもあり、怯えるようでもあった。


「うーん、難しい質問ですね……。なんで優しくするのかと言われると返答に困るんですけど……」


「……ごめんなさい、困らせて。なんで優しくしてもらえるのかわからなくて、不安なんです……」


 透華としては一切混じり気のない善意だったのだが、結衣にはそれが怖いものとして映ったらしい。


(まあ、仕方ないか)


 ストーキングされていることで人に対する不信感を抱いている時に、理由もわからず優しくされたら警戒するのも当然だろう。透華が結衣の立場でも警戒する。


「自分でもよくわかんないですけど……多分、紅葉先生に期待してるんだと思います」


「期待?」


「両親の仕事の都合で、中学校の頃から一人で過ごすことが多かったんです。一人だと家が広く感じられて、なんか虚しかったんですよ」


 考えはまとまらないが、自然にそんな言葉が口をつく。


「きっと、寂しかったんです、一人でいることが。でも、これからは一緒に生活する人がいる。それがすごく楽しみで、期待してたんだと思います。そんな中で初めてできた同居人だから、何よりも大切にしたいと思ってます。変ですかね?」


 思いのままに口を動かした結果、自身すら理解できていなかった本心を知ることができた。


「……いえ、変じゃないです……」


 前後の間から、どうやら何かしら思うところがあったらしいことはわかったが、俯いてしまったので表情からその気持ちを窺い知ることはできない。


「……ごめんなさい、私、もう休みますね」


「え、あの夕食は……」


「すみません今食欲無くて……」


「わ、かりました……」


 提案もすげなく断られ、何か気分を害してしまったのではないかと不安になってしまう。


 何故かくも人の心情を読み取ることは難しいのか、と透華は心の内で嘆いた。




 明日からは毎日21時に投稿していきます。

 全39話予定ですので、何卒最後までお付き合いください!(松柏)

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