第5話 保健室の先生の不養生②
「おいしい……」
ゆっくりながらも、結衣は卵粥を全部食べ切ってくれた。
その後は素直に──かなり嫌そうな顔ではあったが──薬を飲んでくれた。
今はお口直しにゼリーを食べているところである。
薬を飲んで嫌そうな顔をしたり、ゼリーを食べてにこにこしているところを見ていると、本当に小さな子供を看病しているような気持ちにさせられる。
「じゃあゆっくり休んでくださいね」
ゼリーを食べ終わり横になった結衣にぱさりと布団を掛ける。
「じゃあお盆下げてきますね」
「まって……」
お盆を持って立ち上がるも、その声と同時に袖が引かれる。
後ろを振り向くと、結衣は口元まで布団にくるまっていた。しかしその布団から華奢な細い腕が伸び、透華の袖を掴んでいる。
「紅葉先生……?」
「いっしょにいて……。いったら、やだ」
布団から目元だけをのぞかせてそう言われれば、透華にはもう断れなかった。
(いや、これ断れるやつとかいないだろ……っ!)
これほどまでに可愛らしいお願いを断れる男がいるのなら連れてきてほしい。きっとそいつは人じゃない。
「て、にぎって……」
差し出された手を取れば、じんわりと熱を感じる。
「て、つめたくて、きもちいい……。ねえ、なでて……?」
求められるがままに空いている手を伸ばすと、結衣はむふー、と満足げに笑みを浮かべた。
少し撫で続けていると、結衣はすぐに寝息をたて始めた。
良きタイミングだろうと手を抜こうとするも、なかなか離してくれない。寝ているはずなのにかなりの力で掴まれており、無理に振りほどけばきっと起こしてしまう。
(まあ、いいか……)
自分が風邪を引いた時に、誰かに一緒に居てほしいと思ったことを思い出した。
一人暮らしで風邪を引いたときの絶望感は、本当にこのまま死ぬのではないかと錯覚するほどのものだ。そんな辛さが少しでも薄れればと思い、無理に手を引き抜くのは諦めた。
部屋はレースカーテンだけが閉められているので、穏やかながらも陽射しが降り注いでいる。
(そういえばなんでカーテン閉めなかったんだろう?)
眠るのであればカーテンを閉めて光を遮った方が良さそうだが、そうしていないのは結衣なりに何かこだわりがあったのだろうか。
(まあ、明るい方が精神衛生的にはいいか)
暗いと気持ちも滅入ってしまうので、支障がないのであればある程度明るい方が良いのかもしれない。
「そういえば、昔──」
透華がまだ保育園に通っていたころ、母の硝子と着替えを届けに拓水の勤める病院に行ったことを思い出した。普段は透華の前で仕事の話をしない拓水だが、その時は饒舌に話してくれた。
『人が健康でいるには、空気・日光・温度・匂い・音を最適にすることが大切なんだ。看護師さんたちはそれを整えてくれる人なんだ。看護師さんたちのおかげで、患者さんもお医者さんも頑張って病気と闘うことができるんだよ。そんな大変なお仕事をしてくれる看護師さんたちには感謝をしないといけないね』
幼い透華の「かんごしさんってどんな人なの?」という質問に、拓水がそう答えたことを思い出した。
当時は「ふーん」としか思わなかったが、今思えば看護師をしながら子育ても両立させていた母に対しての気持ちがこもった言葉だったのかもしれない。
そんな拓水の言葉をきっかけにフローレンス・ナイチンゲールの著書に出会ったのが小学校低学年の頃。その頃から透華も次第に外科医を目指しはじめたのだった。
こんな懐かしいことを思い出したのも結衣がカーテンを開けっぱなしにしていてくれたからだと思うと、何だか不思議な気分だ。
懐かしい思い出に耽っているうちに、透華の意識もまどろんでいった。
結衣が当初の予定より幼くなっちゃいました……まあ、可愛ければよし!
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