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第4話 保健室の先生の不養生①

「ふぅ…………」


 本を閉じ、深く息を吐く。


(……流石受賞作だな……)


 今回読んでいた本は有名な推理小説の賞を受賞した作品だったのだが、噂に違わぬ良作であった。犯人の動機がわかった時には恐怖を感じたほどだった。


 ひとしきり余韻に浸り終えると、時計の針が昼過ぎを指していることに気が付いた。一度集中してしまうと時間が過ぎるのに気づかないのは、きっと拓水に似たのだろう。


 既に常温になったアイスティーでのどを潤していると、リビングのドアがおもむろに開かれた。


「って、紅葉先生! 大丈夫ですか⁉」


 開かれたドアの先には、朝には蒼白だった顔を真っ赤にした結衣がいた。はぁはぁと早い呼吸で辛そうにしている。壁に手をついているのはそうしないと立っていられないからなのだろう。


「のど、かわいて……」


「少し失礼しますよ?」


 ふらふらして今にも倒れそうな結衣の元へ駆け寄り、すっと額に手を当てる。汗で張り付いた前髪越しでも、かなりの熱を感じる。


「すごい熱じゃないですか⁉ 飲み物は持っていきますから、ベッド戻りましょう?」


 小さく頷いた結衣を支えながらベッドに戻る。結衣が布団に入ったことを確認して、慌てて飲み物や体温計を用意した。


「経口補水液です、飲んでください」


 かなり汗をかいていたので脱水になっているかもしれないと思い、吸収の早い経口補水液を用意してみた。


 グラスに注いで渡すと、結衣はコップを両手で握ってゆっくりと飲み始めた。


 病人に対して思うことでもないだろうが、その姿は朝のそっけない様子から考えられないほど、あどけなく愛らしい。


「体温計持ってきたので測ってもらえますか?」


 飲み終えてコップを置いたのを見て体温計を手渡すと、結衣は無警戒にも服をまくり上げた。


 視界の端にちらりと、白くほっそりとしたお腹が映る。


「え、ちょ、後ろ向いてますね⁉」


 突然の行動に声が上擦ってしまった。


 結衣としては楽に体温を測ろうとしたが故の行動なのだろうが、女性経験ゼロの透華には刺激の強すぎる光景だった。


 三十秒ほど経って、電子音が後ろから聞こえる。


「見せてもらえますか?」


 前に向き直ってそう言うと、素直に体温計を差し出してくれた。


「うわ、すごい熱じゃないですか……。ゆっくり休みましょう」


 体温計の液晶には三十九度の表記があった。結衣もはぁはぁとかなり辛そうである。


「冷却シート貼りますね?」


「うん……」


 結衣の前髪を上げ、冷却シートを貼る。


「つめたくてきもちいい……」


「喉とか頭が痛かったりはしませんか?」


 結衣はふるふると首を振る。


 目立った症状が発熱だけとなると、心因性の発熱なのかもしれない。


「市販ので良ければ解熱剤もありますけど……」


「おくすりは……」


「アレルギーとかですか?」


 結衣は布団をたくし上げて口元まで隠し、あからさまに透華から目を逸らした。


「紅葉先生……?」


「…………おくすり、にがいし……」


(……かわいいかよ……)


 まさかの子供のような理由だったことに少し驚く。落ち着いた女性という印象だったからこそ、子供のように薬を嫌がり目を逸らすといった幼さあふれる挙動は一層可愛らしさを引き立てた。


 もしかすると、熱が出ると幼児化するタイプなのかもしれない。


「普段はどうしてるんですか?」


「いつもは、のめるけど……」


「でも、熱下がらないの嫌じゃないですか?」


「うっ、それは、やだ……」


 嫌なことを無理にさせることは得策ではない。しかし、透華としては熱が出ていて辛いのであれば、薬を飲んで解熱するべきだと思っていた。


「じゃあ、ちょっとご飯食べてからお薬飲みませんか?」


「……うん」


 渋々といった様子だったが、何とか了承を得ることができた。


「何食べたいですか」


「おかゆがいい……たまごの……」


「わかりました」


 朝の結衣とは一転、素直に自分の欲求を伝えてくれてかなり助かる。


 レトルトパウチのものがあればすぐに用意できたのだが、あいにく用意がないし、今から買いに行って結衣から離れるのも怖い。ということで自作することにした。


 キッチンに向かい、卵粥を作り始める。


 醤油・出汁・みりん・水を加えて火にかけ、沸騰したらご飯を入れて溶き卵を入れる。卵が固まって、ある程度ご飯が柔らかくなったら完成だ。


 スプーンに取って食べてみると、出汁が利いていて良い感じだった。


 お盆にお粥とレンゲを載せて結衣の元へ向かう。


「紅葉先生、お待たせしました」


 結衣の部屋に戻ると起きてはいたものの、かなりぐったりしていた。


「食べられそうですか?」


 サイドテーブルにお盆を置きながら問いかけるも、結衣はふるふると首を振った。


「あーんして……」


「……えっ?」


 およそ初対面の男女が行わない行為か飛び出したことに戸惑う。熱が下がって冷静になった時に後悔するのは結衣の方だろうが、病人に希望されたものだとなかなか断りずらい。


「後悔、しませんか?」


「……なんのはなし?」


(これは駄目だな……)


 頭が回っていないようなので記憶も残らないと助かるなぁ、などと思いつつ、お粥を掬ったレンゲを結衣の口元へ運ぶ。


 しかし、レンゲが唇に触れた時点で結衣は顔を引いてしまった。


「あつい、ふーふーして……?」


「…………え?」


 熱いことはわかっていたが、冷めたお粥は食べられたものではないし、息を吹きかけて冷ますなどということは頭にもなかった。


(……えぇいっ、毒を食らわば皿までっ!)


 もうここまでくればどこまでやっても同罪だろうと思い、ふーふーして冷ましたお粥を結衣の口元へ運ぶ。


「……これでいいですか」


「うん、ありがとう……」


 ご納得いただけたようなので、再度レンゲを口元に運ぶ。


 柔らかそうな唇によって、はむっとレンゲが口に含まれる。すっとレンゲを引き抜き、お味はいかがかと結衣の顔を見る。


 しかし結衣の反応は透華が考えていたものとは全く異なるものだった。


 頬に涙が伝わせ、俯いてしまった結衣の姿が、透華の目には映った。


「ど、どうしました⁉ 美味しくなかったですか⁉ あ、まだ熱かったですかね⁉」


「…………あったかいな、って……」


「……あったかい?」


「人が作ってくれたごはんたべるの、ひさしぶりで……。さいきんは味もわかんなくて……」


 その声音や表情から、言葉の裏側を見出した時、透華の心はずきんと痛んだ。


「あーん……」


 そんな透華の心を知ってか知らずか、結衣は雛鳥のように口を開けて待っている。


「……じゃあ、たくさん食べてくださいね」


 あったかい、と言ってもらえたこのご飯を食べて少しでも幸せになってほしいと思い、レンゲを結衣の口へと運び続けた。




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