第37話 復讐
「向かいましょうか」
透華がそう言うと結衣はこくりと頷き、後ろに着いてきていた。
じりじりと射す日差しの中、海沿いを歩く。平日の真昼だからか、道には人の気配すらない。
「透華さんっ! 逃げてっ!」
──そう思っていたのだが。
振り返ると、向かいから黒い服装で帽子を目深にかぶった人がやってきていた。
駆け寄ってくる。重心が下がる。手元には──包丁が握られていた。
「あああああああぁぁっ!」
耳をつんざくような声を上げてこちらに突進してくる。
俯いていた体が起き上がり、初めて顔を確認できた。
それは、見慣れた顔だった。
「──環さ」
どんっ、という激しい衝撃と共に腹に熱い感覚が迸る。
環との距離がなくなり、襟足が触れ合う。
かぷっと音が聞こえ、口端から粘度の高い液体が零れたのがわかった。
痛みからか衝撃からか明滅する視界の端に、目を見開いて動きを止める結衣が映った。
「君が悪いんだ、君が悪いんだ……。毎日幸せそうに過ごす、君が悪いんだ……。お父さんの無念を晴らすには、これしか──」
再度体当たりされるように体を押され、透華は後ろ向きに倒れた。
腹からナイフが抜け、どろりとした何かが体外に流れ落ちるのを感じた。
視界は狭窄し、だんだん暗くなっていく。
その中で、はっきりとはしないながらも、唇に温もりが触れた気がした。
「ねぇっ、透華くん……置いてかないで……」
必死に返事をしようとするものの、ひゅうと息が漏れるだけで声にならない。
「お願い……」
ぎゅっと右手を握り込まれる。
しかし、愛しいそのぬくもりも、次第に遠ざかる────。




