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第31話 日常

 透華が大いに肝を冷やしたあの一件から早二週間が経った週末。


 学校に戻ってから方々に謝罪に行った結衣が疲れ果てる等のアクシデントはあったものの、透華と結衣にはとりあえず日常が帰ってきていた。


 しかし、明らかに変わったことがある。


「……なんか近くないですか?」


 ──距離感がおかしいのだ。


 ソファにかければ太腿が触れ合う距離に、キッチンに立てば様子をまじまじと眺められる。

 物理的な距離が近いのもそうだが、それ以上に心理的な距離が近いように感じる。


「いや、でしたか……?」


 しかし、不安げにそう言われてしまえば「嫌ではない」と答えるほかに選択肢はないのだ。


 そもそも嫌なわけではないのだ。むしろ役得だとすら思っている節がある。しかし突然距離が近くなったその訳が気になっていた。


「嫌、ではないんですけど、最近距離感が近いなと思って気になってたんです」


「近い、ですかね? 私はあまり自覚はないんですけど……。透華さんといるとすごく落ち着くんですよね」


 どうやら無自覚だったらしい。


 余談なのだが、心理的な距離が縮んだからか結衣は「結城さん」から「透華さん」と透華の呼び方を改めていた。過去に呼び方について指摘して盛大に恥ずかしがらせたのであえて触れてはいない。


 結衣が望むのであれば距離が近くても構わないか、と思った矢先。


「あの……ちょっと撫でてくれませんか?」


 これもあの一件からの変化だ。結衣は不定期で甘えてくるようになった。


「い、いいですよ」


 透華からもっと甘えて気楽に生活するように言ったものの、いざストレートに甘えられると面映ゆい。こう言われるのももう何度目かになるが、永遠に慣れる気はしない。


 とはいえ甘え下手な結衣が折角甘えてくれているのだからと、すっと差し出された頭をそっと撫でる。


 目を薄く細めて恍惚の表情を浮かべ、むふーと満足げな吐息を漏らす結衣に、透華は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


 特に理由なく甘えられるのは、看病の時などとは異なる緊張感がある。


「ぎゅっ……」


 唐突にそんな可愛い呟きが聞こえたかと思うと、結衣はおもむろに両腕を前に出して透華を抱きしめてきた。


「うぉ……っ! せ、せめてなんか一言言ってからにしてくださいよっ……」


「ごめんね……?」


「……っ!」


 この調子で甘えられてはたまらない、と抗議の声を上げると、結衣は透華を見上げ、上目遣いで本当に反省しているのかわからない甘美な囁きを零した。


 今までは揶揄ってばかりだったが、このままいくと透華が揶揄われる日も遠くなさそうである。 




 ◇◆◇




 存分に結衣を甘やかした一日も終わりを迎えて家々の照明が消え始める頃、透華も布団に入り眠りにつこうとしていた。


 結衣は、本来の性格が出現しているのかかなりの頻度で甘えてくる。まるで足りない何かを埋めようとしているかのように。


 そんな風に結衣のことを思案していると、不意にドアを叩く硬質な音が聞こえた。上体を起こし音の方向を向くと、ゆっくりとドアが開いた。


「……透華さん」


 透華の名前を呟いた結衣は、就寝用の紅葉の浴衣を身に纏って枕を両手で抱きしめていた。


「……急に、どうしたんですか?」


 結衣はその問いに答えず、おもむろに透華に近づく。ベッドに手をつき、耳を吐息がくすぐる距離にまで近づき、結衣はささいた。


「今日は、一緒に寝ませんか……?」


 結衣が何故こんな時間に透華の自室に来たのか、薄々感づいてはいた。しかしあまりに驚きの発言に言葉が出ない。


「だめ、ですか……? ちょっと、寂しくて……」


 言葉の出ない状態でそんな言葉で追撃をかけられ、挙句に結衣の瞳の表面が揺らいだことに気付いてしまえば最早成す術などない。


 失われたままの言葉の代わりにベッドの端によって布団を持ち上げると、おずおずと結衣が入ってきた。


 布団の中の温度が急上昇したように感じられるのは、単に一人増えたからなのか、自分が余分に発熱しているのか。


 既に脈拍数も呼吸数も伝わってしまいそうな距離感。それにもかかわらず、結衣はさらに距離を詰める。

 腕を伸ばされ、正面から抱き着かれる形になる。透華が身をよじって目線を逸らそうとするも、強引に抱き着かれて免れない。


 日中甘えられていた時よりも遥かに高い密着度が透華を襲う。


「……今日は随分甘えたがりなんですね」


「……誰にだって、人肌恋しいときくらいあるじゃないですか。毎日毎日働いていると、こうするほかに埋める方法がない心の穴が開いてしまうときだって……」


 そう言って結衣は透華の胸に顔をうずめる。


「……あたま、撫でてください」


 透華とて人肌恋しくなる時がないわけではない。むしろ、一人で住んでいた頃はよくそのような感傷に浸ったものだ。


 そんな共感からか、透華の手は恒例と化した愛撫に移る。


 硝子が言っていたように、結衣は寂しがりで甘えたがり。きっと今までもその本性を隠していただけで、本当は人との温かい繋がりを渇望していたのだろう。


 ぬくもりを融和させるように意識を向けると、あれほどに高鳴っていた心臓も鳴りをひそめ、次第に落ち着いてきた。


 結衣と一緒であることにどこか安心しているのか、次第に意識はまどろみに沈んでいった。




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