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第30話 ずるい

「──いや、まって……っ!」


 二時間程経っただろうか。どこか睡眠が浅くなっていたのか、結衣の苦しげな声に反応してすぐに目が覚めた。


「紅葉さん……?」


 滲む視界をクリアにしようと目を擦る。次第に鮮明になってきた視界に映ったのは、上体を起こして胸元を押さえ、激しく肩を上下させる結衣の姿だった。


 寝間着代わりに着た浴衣は乱れ、黒絹の髪が額に張り付いている。

 月明りの差し込む静かな和室に、不規則な呼吸音が響く。


「大丈夫ですか⁉ ……うおっ……⁉」


 膝立ちで結衣の布団へ近寄ると、ぐいっと左手首を引き寄せられる。


 そして──抱きしめられた。


「……えっ、ちょ、なにして……」


 両手を背中に回して力いっぱい抱きしめ、胸に顔をうずめるようにしている結衣に、透華は完全に思考を停止させられた。


「……いなくならないで……」


 きっと、家族や大切な人を亡くす夢でも見たのだろう、小刻みに体を震わせる結衣の表情は見えないが、声音の痛切さが雄弁に悲しみを語った。


 更にぐっと重心を寄せられ、ぱたりと布団に倒れ込む。


「紅葉さん……」


 頬を濡らす結衣が溢す細かな嗚咽が、透華の心をきりきりと締め付ける。呟くように名前を呼べども、中空に消える。


 いつしか透華の手も引き付けられるように、結衣の華奢な背中に回った。


「……もっと、つよくして……」


 震えたその声に応えるように、少し力を入れれば容易く折れてしまいそうな嫋やかな結衣の身体に腕を沈める。


 黒絹の繊細な髪を、梳くように撫でる。慈しみと愛情を込めて愛撫する。


 しばらくの間優しく頭を撫でていると、透華の胸に頭をうずめたままの結衣が言った。


「ごめんなさい、迷惑、ですよね……」


「いえ、そんなことは……」


 僅かに不安は落ち着いたようだが、その分現状が見えて更に気持ちが落ち込んでしまったらしい。


「私は、自分勝手な人間なんです」


 結衣は唐突に告白した。


「結城さんの家にお世話になる時だって、きっと迷惑をかけてしまうってわかってたんです。でも、今逃げられればそれでいい、なんて身勝手な考えをしてしまって……」


 気にしなくて良い。そう声を掛けようとして口を噤んだ。

 そんな安易な言葉は結衣に届かないと察したからだ。


「父を亡くした時も、私が逃げてばっかりだったから母まで身体を壊してしまったんです。いつだって、私の身勝手な行動で他の人に迷惑をかけて……いないほうが、いいんです……」


 そう言って腕の力を緩めて透華から離れようとする結衣を、透華は更にぎゅっと抱きしめた。


「結城、さん……? ……離してください」


「いえ、放しません」


 結衣の心の奥底に秘められていた闇、その一部に今触れている。


「いないほうがいい、なんて悲しいこと言わないでくださいよ……」


「……」


 ここで結衣にまとわりつく過去を昇華させなければ、二度とそのチャンスはないと直感的にわかった。


「僕は、紅葉さんにいてほしいと思ってます」


 まがい物の言葉では届かない。誠実に真摯に、自身の想いを言葉に変えていく。


「昔から一人でいる時間が長くて、家にいる時間はあんまり好きじゃなかったんです」


 元々家族で住んでいた家は、一人で住むにはあまりに広かった。空虚な部屋の中で過ごすときの感情は何とも名状しがたいものだった。


「……でも、紅葉さんと過ごすようになってからすごく毎日が楽しかったんです。本当に」


「私は、なにもしてないですよ……」


 気力が抜け落ちてしまったかのような声で呟かれたその声は、吹き飛びそうな灯火のようでもあった。


「いいえ? 話しかけたら返事してくれる人がいて、ご飯を作ったら美味しそうに食べてくれる。これだけで毎日が楽しいんです」


「別に、私じゃなくてもいいじゃないですか……」


 結衣もなかなか強情なようだ。

 誰より結衣自身が結衣を認められていない。その一番の理由は、母親が身体を壊したのが自分のせいだと思っているからだろう。


「ふふっ……」


「なんで笑ってるんですか……?」


 では、透華が認めてやればよい。


「だって、初対面の男との同居を決めたり、熱出して幼児化したり、酔っぱらって甘えてみたり、めっちゃおいしそうにご飯食べたりする女性が他にいますか?」


「……ばかにしてますよね?」


 こっちは至って真剣な話をしているのに、と言いたげな表情で見上げてくる結衣。


 むーっとむくれる結衣をみて、気分が外側に向かってきたのだと安心する。透華とて、ただふざけているわけではないのだ。


「紅葉さんはもっと肩の力を抜いて、甘えていいんですよ? 帰ったらマカロニグラタンでも作りましょうか、ご飯食べてるとき本当に幸せそうですもんね」


「もう、からかって……!」


 結衣は顔を赤らめて可愛らしく怒る。


 雰囲気は落ち着いた女性なのに、性格のあどけなさが本当に愛らしい。


「紅葉さんは一人じゃないですよ、一緒に居ますからね」


 出来る限りの優しい声で慈しむように頭を撫でると、腕の中で透華を見上げる結衣の瞳に真珠の涙が浮かんだ。


「そういうの、ずるい……」


 逸らされた結衣の瞳が揺れる。


「おやすみなさい、安心して眠ってくださいね」


「ほんっとうに、ずるいよ……」


 再度涙声になった結衣は、透華を抱きしめる強さを更に増すのだった。




これにて二章が終了です! 透華と結衣が仲を深めたこの二章はお楽しみいただけたでしょうか?

お読みくださる皆様のおかげでこの作品も五万字を突破いたしました!

お楽しみいただけましたら応援いただけると幸いです!(松柏)

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