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第28話 想い

「…………なんで、何も言わずにいなくなったんですか?」


 重たくなった足を引きずるように海からあがり、観光客向けであろう海向きのベンチに腰掛ける透華は、いまだ何一つ言葉にしない結衣にそう問うた。


 波が打ち寄せる音と月の光が照らす音だけが満ちた海岸沿いで、いつにない緊張感が二人の間を走った。


「……あの、結城さん……怒ってますか?」


 おそるおそるといった様子で結衣は透華に問いかけた。透華への返事にもなっていなければ、その意味もわからない問いは、余計に透華の心を波立たせた。


「怒ってないように見えます……?」


「……ごめんなさい、迷惑かけて」


 謝罪の言葉を口にする結衣だが、表情は申し訳なさそうというよりも悔しそうと表した方が適切だった。


「……ただ、心配で、会いたくて、仕方なかったんです。紅葉さんに何かあったらとか、もう会えないのかとか、とにかくいろんなことを考えちゃって……」


 正直こんな言葉では言い表せないほどに、この二日間は色々な感情が透華の中を巡った。


「だから教えてくれませんか、何故僕に黙って一人でこんなところに来たのか」


 ふー、と時間をかけて肺の空気を押し出した結衣は、海の方だけ見つめて、訥々と話し始めた。


「……終わらせたかったんです、辛い現状も、辛いことから逃げる価値のない自分も。結城さんに迷惑かける自分が許せなくて……」


 保健室の先生としてみせる落ち着いた姿でも家でみせる無邪気な子供のような姿でもない、例えるなら自供する犯人のような悲痛さを漂わせた結衣は、声を震わせながら確かにそう言った。


 ゆっくりと言われたはずのその言葉は、叩き付けるような強い感情をはらんでいるように感じられた。


「だからってなんで一人で……。もし危ない目に遭ったらどうする気だったんですか?」


「…………覚悟はしてきました」


 その言葉を聞いた途端、今までもやもやと透華の心の中でくすぶっていた名前のない感情が一つに凝縮された。


「……覚悟ってなんですか? 死ぬ覚悟ですか? ふざけないでくださいよ……っ!」


 つい声を荒らげてしまう。しかしひとたび走り出した感情は止まらなかった。


「自分を大事にしましょうねって僕何回言いました? なんかつらいことがあったら言ってくださいねって言いませんでした? 自分が死んでもいいとか考えてるんじゃないですよね……?」


「……ごめんなさい」


 その返答から察される、あまりに自分の命を軽視した答えを聞いて苛立ちを覚えてしまう。


 相談するに足りなかった自分は、いかに無力だったのか。少しくらいは信頼に足る人物になれているだろうと心のどこかで慢心していた自分が、あまりに情けなくて恥ずかしい存在だったのか。


 そんな自分に対しての苛立ちだった。


「……いえ、こちらこそ、すみませんでした。きっと僕が、悩みを打ち明けられるまでに信じられる存在になれなかったから……」


 一瞬でも声を荒らげたことが恥ずかしい。追い詰められていた結衣を更に追い詰める行為をとってしまったことに対する、心からの謝罪だった。


「でも、もう一回だけチャンスをくれませんか? ……本当の気持ちを、教えてほしいんです」


 いつしかこぶしは爪の跡がつくほどに強く握りしめられていた。


 自らの想いを伝えて結衣の方を見ると、白磁の手の甲に、雫が乗っているのが見えた。


「……手を、繋いでくれませんか」


 震える、消えそうな声で呟かれたその声に導かれるように、透華は結衣の右手を、宝物を扱うように両手で重ねた。


 月明りの照らす海沿いのベンチで感じた、結衣の手の冷たさも波音に掻き消えた──。




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