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第20話 泥酔①

 結衣の足首もすっかり良くなり、迎えた土曜日の午後。


 結衣は大学時代の同期との飲み会に行ってしまったため、透華は久し振りに一人で夕飯を摂った。


「自分のご飯って作るの面倒なんだよな……」


 自分のために手間のかかる食事を用意しようとは思えず、炊いたご飯とレトルトのカレーで簡単に済ませてしまった。


 夕飯を済ませ特にすることもないのでいつも通り読書してみるものの、何故か少し心が波立つ。


(何だろ、なんか違和感……)


 たった一ヶ月ほど前までの生活に戻っただけなのに、少しそわそわしてしまう。


 読みかけにしていた本を手に取り、自室で椅子に腰掛ける。紙の捲れる音だけが、一定に静謐な空間に響く。


「ん……?」


 机に伏せて置いていたスマホが振動していることに気が付いた。画面には紅葉結衣という表示がある。


『もう、おそいよぉ……!』


「……え?」


 応答ボタンをタップするや否や、結衣の声が聞こえた。しかしその声は、普段とは全く印象の違う、蕩けたような声だった。


「紅葉さん……酔ってます?」


『酔ってないもんっ! でも、あるけないから、むかえにきて?』


(べろべろじゃん……)


 かなり酔いが回っているのだろう、話し方からしてふにゃふにゃしている。


「今どこなんですか?」


『んーとね、川のちかくののいざかやさん』


「とりあえず今行くんで待っててください」


「んー、わかった!」


 時計は既に十時を回っており、高校生が気軽に出歩ける時間ではない。しかし、結衣をそのまま放置するのも些かいただけないだろう。


 上着を羽織り、財布とスマホだけ持って玄関を飛び出す。


 幸いその居酒屋までは徒歩十分ほどなので、タクシーを拾う必要はない。


「あっ、結衣の彼氏くん? へー、結構かっこいいじゃん!」


 居酒屋の戸を開け店内に入ると、入口のすぐそばの卓に居た女性に声を掛けられた。見れば隣には結衣も居る。


(彼氏ではないけど……。まあ、そう思ってもらった方が都合が良いか……)


「いやー、かなり酔っちゃったみたいでね。私この辺に住んでるわけじゃないから送ってあげらんなくてさ、『誰かに迎えに来てもらったらどう?』って言ったんだよね」


「なるほど……」


 机に突っ伏しているので顔は見えないが、後ろ髪の隙間から覗くうなじまでもが赤みを帯びているところをみるに、かなり酔いが回っているのだろう。


「ちなみに紅葉さんはどのくらい飲んだんですかね……?」


「うーん、カシオレ二杯くらいじゃない?」


(酒よわっ……!)


 カシオレ二杯でこれほど酔うとはかなり酒に弱いのだろう。


「まあ、私はもう少し飲んでくから、君は結衣を連れて帰ってあげてね」


「わかりました……。紅葉さん、帰りましょう?」


 机に突っ伏す結衣の肩をトントンと叩き、声を掛ける。


「んんっ……、ん……? あ、透華さんだ……」


 今にも眠りに落ちそうな目を擦りながら、結衣はゆっくりと身体を起こした。


 結衣は間延びした声で「透華さん、透華さん……」と何度も繰り返し、腕に抱き着いてきた。酔うと抱き着き癖の出るタイプの人なのだろうか。


「あはは、めっちゃ愛されてんじゃん!」


 この人はこの人で酔っているのか、やたらと距離感が近い。


「君、とーかくんっていうのか! 酔ってる結衣、めちゃかわでしょ⁉」


「ま、まあ、可愛いですけど……」


「ねっ! 大事にしたげてね?」


「それは、もちろん」


 そう答えるとその女性は満足そうに笑み、ジョッキを呷った。


「紅葉さん、大丈夫ですか? 歩けそうです?」


 結衣は今にも眠ってしまいそうな様子で舟を漕いでいる。


「あるくの、むり……おんぶして……」


 結衣は途切れ途切れにそう話すが、成人女性をおんぶして歩くのはややハードルが高い。


「タクシー呼びますか?」


「ああ、やめといた方が良いよ?」


 そういうと、その女性が透華を制した。


「結衣、乗り物酔いしやすいから、タクシーとか乗せたら絶対吐くよ? 悪いことは言わないからおぶってってあげな?」


「……わかりました」


 関係性はよくわからないが結衣と長い交流のありそうなこの女性が言うのだから、きっと事実なのだろう。車内で吐かれても大変なので、ひとまずおぶっていくことにした。


「紅葉さん、掴まってください」


 結衣の前にしゃがんで後ろに手を伸ばし、振り向きつつ声を掛ける。


「ん……、んしょっ……」


 そんな可愛らしい声と共に、背中に触れる圧力を感じる。


 熱い体温、細い四肢、甘い香り。その全てが存在を訴えている。


(煩悩退散、煩悩退散……っ!)


 背中や手に伝わる柔らかな感触に気を取られぬように立ち上がる。


「うん、それでいいと思う。お酒弱いのにたくさん飲んでたから、お水たくさん飲ませてね。吐きそうだったら吐かせてあげて? お金はそのうち結衣に奢ってもらうからそのままで大丈夫だって伝えといてもらえる?」


「わかりました、失礼します」


 女性と軽く会釈だけして、店を出た。




 ◇◆◇




「紅葉さん、起きてます?」


 結衣をおぶって歩く堤防は、涼やかな風が緩やかに吹き流れていた。


「んーん、寝てる……」


 まどろんだ声で結衣は言った。寝言、ではないだろう。


「起きてるじゃないですか」


「だってぇ、起きてるって言ったら下ろされちゃうんでしょ……?」


 アルコールが入っているからか、随分と甘えたがりな発言だ。


「わかりましたよ、降ろさないんでちゃんと掴まってください。落ちますよ?」


 結衣の腕に少し力が入る。離れまいとしているようだった。より密着度合いが高まり、結衣の高い体温が伝わってくる。


「透華くんの背中、大きいねぇ……お父さんみたい」


「……こんな背中で良ければ」


「んふっ、ありがとう」


 くすぐったいように笑う結衣を背負いながら、人をおんぶするのも悪くないと感じた。


(まあ、しばらくはごめんだけどね……)




 風邪を引いたり酔ったりと、体に負担がかかると甘えたがりになってしまう結衣──。めちゃかわでは……?

 それはさておき、皆様がお読みくださるおかげで本作も20話を超えました! 皆様の応援にいつも支えていただいています。今後ともお読みいただけますと幸いです。是非、最後までお付き合いください!(松柏)

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