第2話 不思議な関係
『無事に会えたようだね。早速だけど本題に入ろうか』
待ち合わせ相手が保健室の先生だったという事実に衝撃を覚えつつも、二人は公園の端にある東屋で向かい合っていた。
東屋の机に置かれたスマホから、拓水の声が聞こえる。
『透華、突然だけど明日から結衣さんと一緒に暮らしてもらうね』
「は?」
「え?」
透華と結衣の声が重なった。どうやら結衣も初耳らしい。
「一緒に暮らすってどういうことだよ⁉」
『ん? そのままの意味だよ? 明日から、一緒に生活するんだよ?』
驚きのあまりに問い返すも、回答は全く要領を得ないものだった。まるで当然のことのように拓水は衝撃の発言を繰り返した。
『少し事情があって、透華には結衣さんと一緒に暮らしてもらうことになったんだよ。本当はもっと早く言おうと思っていたんだけど、ちょっと忙しくて言いそびれてたんだ……申し訳ない』
全く理解が追い付かない。
「え、え? 透華さんって、女の子じゃ……?」
結衣は結衣でまだ理解が及んでいない様子だ。
『それじゃあ透華、詳しいことは直接結衣さんに聞いてくれるかな。後は頼んだよ』
そこまで言い残して、またしても拓水は一方的に通話を終了させた。
「え、ちょっと待って──」
そう言ったものの、その声はあえなく虚空に響くのみだった。
思考停止している二人の間に、長い沈黙が流れる。
「──あの、今わかっていることを共有しませんか……?」
先に口を開いたのは結衣の方だった。
「是非お願いします、なんにも知らなくて……」
「とりあえず、私の知っていることから話しますね──」
そうして結衣は順を追ってここまでの経緯を話し始めた。
◇◆◇
「──という訳で今に至ります」
「なるほど……」
結衣の話によると。二カ月ほど前からストーキング被害に遭っていた結衣が自身の母に相談したところ、拓水に相談することを勧められたそうだ。そこで拓水に相談したところ「透華が近くに住んでいるから一緒に住むといい」と言われ、今に至るらしい。
「……母と拓水さんは面識があったみたいで……。それで相談するように勧められたみたいです。一緒に住むように勧められたのでてっきり女の子なのだとばかり……」
「よく勘違いされるんですよね……」
透華という名前は女性名に見えるらしく、勘違いされることも少なくなかった。
「父が申し訳ありませんでした、ろくに説明もしないで……。昔からあんなかんじなんですよね……」
拓水は優しいのだが、常識からずれているのだ。息子を女性と二人で同居させるなど、到底普通の考えではない。
「私が相談したのでどうにかしようと考えてくれたんだと思うんですけど……」
「いや、だとしても男と同居とか嫌だと思いますし、そもそも教師と生徒だし、流石に、ですよね?」
常識的に考えてありえない。流石に同居はなかったことになるだろう、と透華は思った。思ったのだが──。
「あの……私賃貸契約解除しちゃったので明日から住むところないです……。先月までで契約終了だったので、今はホテルに住んでて……」
ここに来て同じ拓水の被害者だと思っていた結衣に外堀を埋められる展開が到来してしまった。
「な、なんて無計画な……」
ほぼ初対面の人に無計画だなんていうのも憚られるが、今回の件に関してはそう言わざるを得ないだろう。会ったこともない人との同居生活に向けて賃貸を解約するなど、到底計画性のある人の行動ではない。
「もう少しホテルに泊まるとか……?」
「新任なので、もうお金に余裕が無くて……」
「……本気、なんですか……?」
深呼吸を挟んでから、真剣にそう問いかける。
その問いかけに静かに首肯する結衣を見て、本気なのだと理解させられた。
教師と生徒という関係性や年頃の男女という懸念点と、住む場所を失った女性を放り出す良心の呵責がせめぎ合う。
「このままだと野宿になっちゃうので、お願いします。出来るだけ邪魔にならないようにしますので……」
「えぇ……? わ、わかりましたよっ! 明日から、お願いします……」
結局は結衣の縋るような表情に押し切られてしまった。自身の父に原因があることもあり、なかなか断れる人もいないだろう。
「結城さん、お願いします」
こうして二人の不思議な関係が始まった。