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第19話 先生の献身

 結衣と一緒に出掛けていたことを誰かに咎められることもなく、迎えた火曜日。


 今日は一時間目から体育の授業だった。特段運動が苦手なわけではないのでさほど憂鬱でもないのだが、少し面倒にも思える。


「ぼへぇっ!」


 ──隣のコートから変な声が聞こえた。


 聞こえたのは男子の声。男子の多くない学校なので、聞き分けは容易い。


「何やってんだよ、秀……」


 地に伏した秀の横でバレーボールがてんてんと音を立てる。


「痛ってぇ……やべ、鼻血でちゃった」


「何やってんだよ……」


 どうやらバレーボールを顔面で受けたらしい秀が鼻血を垂らしていた。


「何やってんだ高柳……。結城、保健室連れてってやってくれ」


「わかりました」


 体育教師がため息交じりに透華に言った。保健委員ではないが、指示されてしまえば連れていくしかあるまい。


「ほら行くぞ秀」


「なんか厳しくない……?」


「当たり前だろ、鼻血くらい自分でどうにかしてくれよ……」


 秀の運動神経は透華よりも良いのだが、どうやら隣のコートの女子生徒に見惚れていて顔面レシーブをしたらしい。昔から女好きなところは変わっていない。


 小鼻を押さえるように言ってティッシュを渡し、共に保健室へ向かう。


「失礼します」


 ノックしてドアを開けると、白衣姿の結衣が机に向かって作業していた。


「どうしましたか? あ、結城さん⁉ 怪我ですか⁉」


 保健室の先生らしく穏やかに声を掛ける結衣だったが、顔を上げて透華を見た途端に驚きの声を漏らした。


 そんな対応をするものだから、秀もぶすっとして透華を見ている。保健室の先生が介助人の方を気にかけていたら不満を抱くのも当然だろう。


「透華、後で話そうな……?」


「……そのうちな」


 永遠に来ない《《そのうち》》を約束して、結衣に事情を話した。


「あ、怪我人は高柳さんでしたか。あはは……すみません」


 申し訳なさそうに苦笑いしながら結衣は手当てを始めた。秀は優しく手当てされて嬉しそうな上に、結衣も本職なのでもう問題ないだろう。


 ──ガシャン!


 そう思った矢先だった。


 何かが崩れる音がして振り返ると、倒れた結衣とその周りに散乱した薬箱の中身が目に入った。


「大丈夫ですか……っ⁉」


「いててて……。横着しちゃだめですね……踏み台使わないと……」


 慌てて駆け寄ると、たははと恥ずかしそうに頬をかきながら言った。


「怪我してないですか? 凄い音しましたけど……」


 どうやら踏み台を使わずに棚の上の薬箱を取ろうとして、転んでしまったらしい。


「……なんか俺の時と対応違くないすか、透華さぁん?」


「ちょっと静かにしてろよ。紅葉先生、大丈夫ですか……?」


「透華が冷たいっ!」


 秀がたわけごとを言っているが、そんなおふざけに付き合っている場合ではない。転倒で脳震盪を起こす人だって少なくないのだ。女子生徒に見惚れて顔面レシーブ決めた奴とはわけが違う。


「あはは、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


「よかった……」


 普段の様子からギャップを感じさせるほどにてきぱきと秀の手当てをする姿に見直したのもつかの間、やはり見る人に心配させる本質は変わらないのかもしれない。包丁を使った時もそうだったが、全く肝が冷える。


「失礼しました、結城さんはもう授業に戻っていただいて構いませんよ」


 これお願いします、と保健室利用カードを渡されたので、受け取って退室する。


「では、失礼します」




 ◇◆◇




「結城さん……」


 放課後、「助けてください」とだけ記されたメッセージがスマホに届いた透華が慌てて保健室に確認しに来ると、椅子に座って目元を潤ませる結衣がいた。


「ど、どうしたんですか……?」


「足、捻っちゃってて……立てなくって……」


 このまま一人なのかと思ったけど安心した、と結衣は涙目から安心したような表情に変わる。


「……あの、湿布取ってもらってもいいですか?」


「わかりました。ちょっと足、失礼しますね」


「じ、自分でできますよ……?」


「怪我人なんですから任せてくださいよ」


 結衣が指した棚から湿布を取り出し、おずおずと靴下を脱ぐ結衣の前に跪いて言った。


「……じゃあ、お願いします……」


 普段は細く白い足だが、今は赤く腫れてしまっている。少し熱を持ったその足首に湿布を貼っていく。


「捻ったんだったらなんであの時言ってくれなかったんですか?」


「高柳さんもいたので、心配かけたくなかったんです……。保健室の先生が怪我人だったら心配させちゃうと思って……。あの時は、びっくりしててそんなに痛くなかったですし……」


 秀への気遣いで捻ったことを隠していたのは、養護教諭として誇りをもって仕事をしている証なのだろう。だが──。


「それでも、あとあと涙目になっちゃうくらいなら先に言ってくれた方が心配せずに済みます。急に『助けてください』って連絡きて、凄く心配したんですよ?」


「うっ、それは……ごめんなさい」


 驚きのあまり廊下を走ってしまい、風紀委員に怒られてしまった。しかし風紀委員の視界から外れた瞬間にまた駆け出すくらいには心配していたのだ。


「わかってもらえれば。人のために頑張りたいって思うこと自体はすごく良いことだと思うんです。でも、自分を蔑ろにしてまで頑張ってほしいとは思いません」


「わかりました。……心配してくれて、ありがとうございます」


 説教じみたことを言ってしまったにもかかわらず、柔和に微笑む結衣の笑顔は穏やかな光を放っているように見えた。


 湿布を貼り靴下を元に戻す。結衣から白衣を受け取ってハンガーにかけ、鞄を取り出したら退勤準備完了だ。


「さあ、帰りましょうか」




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