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第17話 初デート(?)②

「お洒落なお店ですね……」


「本当ですね」


 とまりぎとは異なり、気軽に入れそうな明るい雰囲気の店が川沿いに佇んでいた。


 ライトウッドのドアを開けると、ふわりと甘い香りが流れてくる。


 駅からは微妙に遠い店だが、客席を見渡せばほとんどの席が埋まっている。雑誌の集客効果なのだろうか。


「予約の結城です」


「承っております、こちらの席へどうぞ」


 スマホの画面を店員に見せながら受付を済ませる。


 案内された席に机を挟んで向かい合うように座り、各々上着を軽くたたむ。


「結城さん、予約しておいてくれたんですね」


「待つの嫌だな、と思って出かける前にしておきました。まあ、席空いてたのでしなくても良かったですね」


 ある程度席は埋まっているとはいっても満席ではなく、もし並んだとしてもすぐに入れただろうことは想像に容易い。


「店員からしたら準備ができるから良かったと思いますよ。結城さんは待つの嫌いなんですか?」


「誰と待つかによるんじゃないですか? 知らない人とだったら気まずくて五分も待ちたくないですけど、仲が良ければ二時間くらいは待てますかね」


 誰だってそんなものだろう。知らない人と一緒に居るのはストレスでも、気心知れた相手と談笑でもしていれば数時間は楽しめる。


「わ、私といるのも気まずい、ですか……?」


 おどおどと怯えるように、結衣は透華と目も合わせずに訊いた。


「何ですぐそうやって自信無くすんですか? 僕そんなに紅葉さんの事ぞんざいに扱ってます?」


 こうまで不安そうにされると、透華としては全くの不服だ。もはや透華側に原因があるのではないかとすら思えてくる。


「前も言いましたけど大切な同居人だと思ってますから。もちろん初日とかは気まずかったですけど、慣れていくうちに気まずさはなくなってきましたよ。この生活にも慣れたって言ったじゃないですか」


 一度話した内容ではあるが、何度も話そうと思う。本当の意味で気持ちが伝わるまで話し続けろと拓水も言っていた。今後は今まで以上に受け入れる姿勢を見せていこうと決心する。


「そ、そうなんですね、良かった……。結城さんが受け入れてくれてても不安になっちゃうんです、本当は邪魔だって思ってるんじゃないかな、って」


 道中の明るい表情から一転、不安げに目を伏せる結衣。その様子は捨てられた子犬のような寂しさを感じさせるものだった。そんな顔をされるのであれば折角の外出も逆効果だ。


「邪魔だと思ってるなら一緒にパンケーキ食べに来ませんよ。僕、嫌いな人とはしっかり距離取る派ですしね。父さんも母さんも、紅葉さんのこと受け入れてるからこそ同居を許可したんだと思いますよ?」


 人間性に問題のある人はばっさりと切り捨てる拓水と硝子が受け入れた人なのだから、当然問題はない。


 問題はないどころか優しさと思いやりに満ちた人物であることを、短い同居生活の中で透華はひしひしと感じていた。


 透華だって、嫌いな人とわざわざお出かけするほど聖人君子ではないのだ。相手を受け入れていて、自分も楽しめるようなメリットがなければ進んで人のために行動したりしない。


 端的に言ってしまえば、結衣のことは受け入れているのだ。この一ヶ月で生活に馴染んでいる。最早結衣がいなかった生活を思い出しがたいほどだ。


(まあ、そこまで言うのは気恥ずかしいから言わないけど……)


「……ありがとうございます」


「えっ、ちょ、なんで涙目になってるんですか……⁉」


 少しくぐもったような結衣の声に、飲んでいたお冷から視線を移すと、瞳に表面張力いっぱいの涙を湛えた結衣がいた。


「あの、ちょっと……嬉しくて……」


 零れかける涙を人差し指で拭いながら、依然としてくぐもったような声で結衣はそう言った。


「私にも、ちゃんと居場所があるんだなって……」


 闇が深いよ、紅葉さん。


「いや、あるっ……! 居場所あるからこんなところで泣くのやめましょ? 僕が泣かせてるみたいになってるじゃないですかっ……!」


 周囲の人からの視線が透華に突き刺さっているので、一刻も早く泣き止んでもらうべく結衣に小声でそう言う。


「……あの男の子なに? デートで女の子泣かせて……ないわー」


(ほら、何もしてないのにひそひそされてる……。ありえない人扱いされてる……)


 何もやましいことはないのだが、そこまで言われると気持ちも落ち込む。


 しかしそんなことを言っていても仕方がないので結衣に落ち着いてもらうのが先だろう──。


(──いや、無理じゃね……?)


 何か傷ついて涙を流しているならまだしも、喜びで涙を流している人を泣き止ませるのは至難の業だ。そもそも喜びとしての感情の発露を止めることは精神衛生上良くないのではないか。


(うん……待とう……)


 もう諦めた。折角なら気の済むまで喜びを発露してもらおうと思い、その代償にしばしの間周囲からの刺すような視線を受けることにした。




◇◆◇




「ごめんなさい、落ち着きました……」


「ほんとに、良かったです……」


 これで視線から解放される、と胸を撫で下ろす。


 落ち着きを取り戻すためにお冷の入ったグラスを傾け、一気に飲み干す。


「あの……注文いただいてもよろしいでしょうか……?」


「あ、すみません……」


 結衣の様子がひとしきり落ち着いたところで店員が声を掛けてきた。どうやらタイミングを見計らっていたらしい。気を遣わせてしまったことに申し訳なく思いつつも、その心遣いには感謝していた。


「紅葉さん、どうしますか?」


「じゃあ、これでお願いします」


 結衣はメニューの「季節のフルーツパンケーキ」を注文していた。今の時期はいちごのパンケーキらしい。


「じゃあ、僕はこれで」


 透華は結衣が頼んだものの隣に載っていた、「フルーツ抹茶パンケーキ」を頼んだ。


 パンケーキと合わせてコーヒーと紅茶を頼み、注文を終えた。


「結城さん、いつもは紅茶なのに今日はコーヒーなんですか?」


「何となくコーヒーの気分だったんですよね」


「まあ、結城さんのおうちの紅茶美味しいですしね……」


「そうなんですよ」


 言外にわざわざ外出先で紅茶を飲む必要がないと言っているような文脈になってしまい、苦笑する。しかし、それもあながち嘘ではないのだ。硝子の影響で昔から紅茶は飲んできた方だが、未だかつて環のブレンドする紅茶に勝るものに出会ったことがない。この店で出会う可能性もなくはないが、望み薄だろう。


「好みの分かれるものなので、紅葉さんにとって最高の一杯に出会えるかもしれませんけどね」


 そんな紅茶の話をしていると、店員がおぼんを持ってやってきた。


 目の前にパンケーキが静かに置かれる。


「おお……」


 美しく盛り付けられたパンケーキが二皿、目の前に置かれる。


「ごゆっくりどうぞ」


 店員はそう言ってから折り目正しくお辞儀をし、厨房へ戻っていった。


「すごくいい雰囲気のお店ですね。入るのに勇気要りませんし……」


 声が届かなくなるくらい店員が離れてから、結衣はそう言った。


「ふふっ、とまりぎは入るのに勇気要りますか?」


「それもそうですけど……」


「なんですか?」


「……いえ、何でもないです」


 途中まで言って黙られると、続きが非常に気になってしまうので止めていただきたい。


「……ほら結城さん、早く食べないともらっちゃいますよ?」


「……はぐらかしましたね……?」


「結城さんもよくやるじゃないですか」


 ──ぐうの音も出なかった。




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