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第13話 追憶と浴衣

『結衣ちゃんとは上手くやれそう?』


 透華の母、硝子が電話越しにそう問いかける。


「何だよ唐突に。そもそも母さんは知ってたのか?」


『もちろん知っていたわ。お父さんが、透華と結衣ちゃんを同居させても良いかって聞いてきた時はびっくりしたけどね』


「知ってたんだったら母さんが連絡くれたら良かったのに……。急に知らない人と同居することになって大変だったよ……」


『お父さんの手術に助手として入っていたから私も忙しかったのよ。そもそも透華は結衣ちゃんと会ったことあるじゃない』


「え?」


 硝子は結衣と透華の間に面識があるというが、透華には一切記憶がない。


 結衣の容姿は目を惹くものだ。幼い頃の面識だったとしても、多少は印象に残っていてもおかしくないはずだ。


『まあ透華は覚えてなくても仕方ないわね……。あの時は結衣ちゃんもまだ小学生だったし、凄い憔悴してて見てられないくらいだったもの……』


「憔悴? どういうこと?」


 脳裏がくすぐられ、思い出せそうな感じがしてきた。


『結衣ちゃんのお父さん……亡くなってるのよ……。お父さんの同僚の外科医の方だったんだけど、手術に失敗した一週間後に自殺されたそうよ。私もあまりよくは知らないけどね。その時結衣ちゃんも奥さんの玲奈さんもすごく落ち込んじゃって大変だったのよ』


「あ、思い出した……」


 ここまで思い出すきっかけをもらってようやく思い出すことができた。


 何故忘れていたのかわからないくらいに、記憶が鮮明に蘇る。


『思い出した? 心神喪失みたいな状態になっちゃったから、一時期うちで過ごしてもらってたのよ』


「紅葉先生は覚えてるのかな?」


『どうかしらね。まあ、どうであれ下手に古傷を抉るような真似はするんじゃないわよ、結衣ちゃんのこと傷つけたら許さないからね』


「そんなに信用ないならなんで同居許可したんだよ……」


『透華のことは信用してるわ。でも、傷つきやすいし甘えたがりなのに遠慮がちな子だから、優しくしてあげるのよ?』


「わ、わかったよ……」


『それと、私も結衣ちゃんとお話ししたいから連絡先もらってもいい?』


「え、紅葉先生がいいなら構わないけど……」


『じゃあ頼むわね。そういえばまだ《《紅葉先生》》なんてよそよそしく呼んでるのね、さっさと仲良くなりなさいよ。じゃあね』


 そういって一方的に電話を切られてしまった。


 直前まで連絡を寄越さなかったことに文句の一つでもいってやろうと思っていたのだが、言いくるめられてしまった。ついでに連絡先まで要求された。


 年頃の男女の同居を許したり常識から外れた言動をしたりと、全く似たもの夫婦である。


「お先にお風呂いただきましたぁ……」


 流れの掴めない硝子とのやり取りに疲れを覚えていると、お風呂に入っていた結衣がぽわぽわと湯気を纏いながら透華と同じソファに腰掛けた。


 しかしその姿は脱衣所に向かった時の姿と全く印象が異なる浴衣に変わっていた。その姿は露出は多くないながらも艶やかさを感じられる。

 浴衣といっても見るからに薄い生地で外出するようなものではないが、非常に華麗なものだった。


「あれ、なんで浴衣なんですか?」


「寝るときは浴衣を着てるんです。締め付けられないから楽なんですよね」


(普段は苦しいんだろうな、胸が……)


──パァンッ!──


「急に何ですか⁉」


「いえ、ちょっと雑念が……」


 内なる男子高校生が出てしまうところだった。


 邪念を打ち払いたいがために自分の頬に平手打ちをかましたのだが、結衣には若干引かれた眼差しを向けられてしまった。


「それにしても、綺麗な紅葉柄の浴衣ですね」


「ありがとうございます、父のプレゼントなんです。父は紅葉という苗字が好きだったみたいで、この浴衣をくれたんです」


 確かに浴衣は白地に紅葉という紅の映える意匠だ。簡単に巻かれた帯が緩急をつけ、スタイルを引き立てている。非常に結衣に似合った浴衣といえるだろう。


 しかし──。


「お父さんの、ですか……」


 先程の硝子との電話が思い出される。結衣のお父さんは結衣が小学生だった時に亡くなったらしい。しかし今結衣が纏う浴衣はぴったりの大きさだ。結衣のお父さんが結衣の成長を願って買った浴衣なのかもしれないと思うと、名状しがたい気持ちになる。


(これ以上思い出したらと心の傷を抉ってしまうかもしれないよな……)


 きっとそれは得策ではないと思い、これ以上お父さんの話をするのはやめた。


「あ、じゃあ僕もお風呂入ってきますね」


 おもむろに立ち上がって、透華は脱衣所に向かった。




 ◇◆◇




「あの、今更なんですけど、本当に先にお風呂いただいちゃって良かったんですか?」


 風呂から上がって麦茶を飲む透華に、結衣が言った。


「もちろんですけど、何か気になることでも?」


「いや、あの……私の残り湯で良かったのかな、って……」


 全く意識していなかったが、二人で同居するとこういう問題が発生するのだということに今気が付いた。


 顔を赤らめながらそう問う結衣に釣られて、透華まで顔が熱くなる。


「すみません、気遣いが足りなくて……。不快でしたらこれからは湯船は張りなおします。それとも僕が先に入った方が良いですか?」


「いえ、私は気にしないので、結城さんさえよければ……」


 そう言った結衣の顔はもう真っ赤だった。透華に劣らず結衣もかなり純情なようである。


「じゃあ、そのまま……」


「はい……」


 あまり意識しすぎるのもよくないかと思っての選択だったが、結果何だか変態っぽい返答になってしまった。


「も、もう寝ましょうっ! 明日も早いですからっ!」


「そうですねっ! もう寝ましょう!」


 気まずい雰囲気をごまかすように二人して少し大きな声を出し、寝る支度を始めた。




次回、少しシリアス注意です。(松柏)

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