勤務終了
日葵はインゴットを目の前にして、緊張した面持ちで両手を横に添える。
ずっしりとした金属の塊は、見た目以上に重そうだ。
えいっ…と強く力を入れて持ち上げる。
私は、インゴットがその場にとどまることを想像していたが、違った。
まるで私の意思ではないかのように、インゴットがふわりと持ち上がった。
冷たく重いインゴットを持ち、ルーニーさんの元に歩いた。
「ルーニーさん、持ってきました。」
ルーニーさんは届いたインゴットと、私の顔を見た。
そして、嬉しそうに次の仕事を教えてくれた。
「ありがとう。助かるよ。今度はその棚にある掃除道具を使って
床を掃除してくれるかな?
灰が舞うから汚くなってしまってね…」
「はい!」
重いものを持つだけじゃなくて、掃除もできるなんて!
私にも、こんなにできることがあるんだ。
体が元気になったみたいで、なんだか嬉しい!
…
…
日葵が入ってきた朝方から夕方になり、鍛冶屋での時間も終了に近づいてきた。
炉にも灰が被せられ、輝きも収まりを見せている。
魔具で空気から作ったという、お水を飲みつつ休憩していると
ルーニーさんが私に、終業以降の行動について説明してくれた。
「お嬢ちゃん。今日の作業の片付けでここを離れることはできないから、
扉から出て左に進んでいくと、右側に見えるTのマークのホテルに泊まるんだよ。
報酬は今から渡すからね。」
そういってルーニーさんは先ほどセールストークが聞こえていた扉を開いて
部屋を移動した。
随分と時間がかかっていて、
報酬だけではなく、何か探しているようだった。
その間、私は今後の事を考えていた。
「私、元気になれたのかな。バケツを持ってあんな鉄も持てて…でも…」
魔女の言葉全てがずっと気になっていた。
仕事をしていない今でこそ、より大きく頭の中を支配し、繰り返し響いてくる。
こうやって生活をできるのも短い間…私、殺されちゃうのかな。
そう思うと、胸がギュッと締め付けられるようだった。
部屋の扉が空き、ルーニーさんが何やらバッグを持って帰ってきた。
革製の、頑丈そうなバッグだ。
「お嬢ちゃん、このバッグの中に1600クランが入っているからそれを使って
宿屋に泊まるんだよ。夕食と朝食も出るはずだから心配はいらないよ。」
日葵は違和感があった。まだ、お金の価値はあまりわからない。
でもパンが高くても30クランで買えるこの国で、1600クランが入っているならあまりにも貰いすぎじゃないか。
バッグも頑丈そうな留め具がついていて、とても安物には見えなかった。
1日働いただけなのに…私に気を使ってくれたんだ。
なんだか申し訳ないような気もする。
「あの…そんなにいいんですか?私はただ…」
「問題ないよ。それに、その服。いいものを見せてもらったんだ。
私も魔具を作れる職人だから、高価でも新しいものを作ってみようと思い立ったんだ。
これからが楽しみだよ」
ルーニーさんはにこやかにそう言った。
その笑顔はわくわくしていて、私もルーニーさんの魔具が見たくなった。
「暗くなる前に早くおいき、ここら辺は治安が良くないから急ぐんだよ」
「ありがとうございます。本当に助かりました。」
ルーニーさんの言葉に、夜の街がどれほど危険かということが伝わってきて、怖くなった。
ホテルまで、完全に暗くなる前に急がなきゃ!と思い鍛冶屋の外に出た。