魔法服の力
日葵は浮き上がってきた水がたっぷり入ったバケツに、恐る恐る手を伸ばす。
きっと重いだろう。
せっかく水を汲めたのに、こぼしてしまうかもしれない。
両手でがっしり、バケツの手持ちを掴む。
「うう、今まで持ったもので一番重い…でも、持てる!」
バケツを自分の両手のまっすぐ下までこぼさずに運ぶことができた。
病弱な私には、これほど重いものを持った経験がなかった。
それでも、不思議と体から力が湧いてくるのを感じる。
これは、間違いなくこの不思議な服の力であった。
バケツを扉の前まで持っていく。
こぼしてはいけないと思い、バケツを一度置いて
ドアを開け、水をこぼさないようにドアの隙間からバケツを丁寧に部屋に入れる。
鍛冶屋に入ると、おじさんが魔具に祈りを捧げて風を起こしている最中だった。
「おお、ちょうどよかった。ここに置いてくれるかな?」
私は頷き、バケツを慎重に運んでおじさんの隣に置く。
水とバケツが手元に届き、おじさんも嬉しそうだ。
「ありがとう。次は、インゴットを私の所まで運んでくれるかな?」
「は、はい。わかりました」
鍛冶屋のおじさんに指定された位置にある、鈍く光る大きなインゴット。
見ただけでもずっしりと重そうだ。私はまた、体が耐えられるか不安になった。
私がインゴットのもとに向かい手に取ろうとすると、鍛冶屋のおじさんに呼び止められた。
「すまないね…突然すぎて自己紹介も忘れていたよ。
私はルーニー。魔具作成と鍛冶を仕事にしてる。
君は何て名前なんだい?」
そうだった!私も突然すぎて自己紹介をしていなかった。
ルーニーさんの名前を憶えて、私も自己紹介する。
「ルーニーさんよろしくお願いします。
私は建内 日葵といいます。年は12でカロル国の西部出身です。
事情あって両親のもとには帰れないんです…」
私がそう答えると、ルーニーさんは顔を曇らせた。
あの魔女は自力で生きろと私に言っていた。
だけど普通に考えたら、私の言っていることがおかしいと感じたのだろう。
「日葵ちゃん、ここはカロル国の東部だから多分親御さんのもとに
送ってあげられると思うんだけど…その帰れない事情っていうのはなんだい?」
そうなんだ、同じ国の中なら時間を掛けて帰宅できるかもしれない。
そう思った瞬間、日葵の脳内にあの魔女の声が響き渡る。
まるで、私の思考を読み取っているかのように、冷たく、そして明確に。
<私は貴女を監視している。貴女が私に背けば協力者も含め、許さない。>
私は急に地獄に魂を引きずり込まれた気分になった。
「ひっ!」
どこから…!うそ!頭が真っ白になって、全身が震えだす。
こんなに近くで魔女さんの声が聞こえる。私、監視されているんだ…!
それだけじゃない、ルーニーさんが巻き込まれちゃう!
「ルーニーさんすみません、それは話せません…」
私の震える声と突然の怯えに、ルーニーさんは驚いた顔をした。
「す、すまなかった。大変だったんだね。」
私が落ち着くのを、じっと待ってくれた。
沈黙の中で、ぱちぱちと炎が輝いている。
その揺らめきを見て私の心は少し落ち着いた気がした。
「落ち着いたら、インゴットを運んでくれるかな?」
ルーニーさんの声に、私の体は動くようになった。
私が話せない事情を察してくれたのだろうか。
いまだに体の震えが止まらない。
1回深呼吸をしてから、残った空気を使い返事をする。
「はい、わかりました…」
私は目の前に意識を集中し、仕事をこなそうと気持ちを切り替えた。