表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

召喚者の苦悩

 私──ノア・ロストリアは、異世界召喚を行った。


 本来なら、自分の世界のことは、自分たちで何とかするべきだと思っていた。

 見知らぬ誰かを突然呼び寄せて、「戦え」だなんて……そんな無責任なこと、言えるはずもなかった。


 私は、ロストリア王国の宮廷魔導師団に所属していた。

 “エース”と呼ばれていたけれど、それは才能じゃない。ただ、生きていくために、そうならざるを得なかっただけだ。


 私の体には、色素がない。

 視力も弱く、陽射しにも肌が負けてしまう。

 だから私は、魔術で補った。視界を補強し、肌を守るために、薄い魔力の膜を常に展開して生きてきた。


 そうやって“普通”に生きるために、魔術を磨いた。

 結果として、魔導師団の中でも頭角を現し、“王国のエース”なんて呼ばれるようになった。


 私は、強い魔導師として、世界を守るために戦った。

 戦って、戦って──そして、敗れた。


 そのとき、私は前線に立つことを、二度と許されなくなった。


 けれど、脅威は消えてくれなかった。

 私が抜けた穴を埋められる人材は……この国には、いなかった。


 だから、異世界召喚を決意した。

 それは、“頼るしかなかった”という、苦渋の選択だった。


 でも、召喚した相手に「戦ってほしい」なんて、どうして言える?

 強制なんてできるわけがない。心から、そう思っていた。


 ──だから。

 召喚直後、父とジンガ様が衝突したと聞いたとき、私は胸が痛んだ。


 そりゃそうだ、と思った。

 突然見知らぬ世界に連れてこられて、「戦ってくれ」だなんて。

 誰だって、反発するに決まってる。


 それでも最終的に、話は比較的穏やかに収まったらしい。

 けれど、私は落ち着かなかった。居ても立ってもいられなかった。


 彼に会いに行った。


 彼は、思っていたよりも若かった。

 ああ、私は……こんなに若い人を、戦わせるためだけに呼んだのか、と痛感した。


 だけど、彼は案外、冷静だった。

 状況を理解し、協力する、と言ってくれた。


 その言葉が、どれほど救いになったか。


 気づけば、私は自然と頭を下げていた。

 もう前に出られない私の代わりに、戦うことを選んでくれた彼に。

 ……感謝しか、浮かばなかった。


 でも、同時に思った。

 こんなに簡単に決めてしまって、本当にそれでいいのか、と。

 どこか、深く考えずに引き受けてしまったようにも見えたから。


 だから、もっと真剣に考えてもらいたかった。

 そのために──ジンガ様に、この街を見せた。

 ここが、守るべき場所だと知ってもらうために。私たちの問題を引き受けるとは、そういう事だと理解してもらうために。


 けれど、彼は眼下に広がる街並みに対して、怯えるような様子はなかった。

 むしろ、その壮大な光景に、素直な驚きを覚えているように見えた。

 城下の街並みに対する興味や関心が、少しずつ、しかし確実に彼の中で膨らんでいくのを感じる。


 空中城塞──《ロストリア・アーク》は、本当に多くの人々の知恵と協力があってこそ築かれた、私たちの“技術の象徴”だ。

 どうやら彼のいた世界にも、似たような空中要塞というものが存在していたらしい。

 ただ、それは極めて特別なもので、日常的な存在ではなかったようだった。


 その話を聞いて、少し安心した。

 この世界と、彼の世界の間には、思っていたほど大きな技術の隔たりはないのかもしれない。

 少なくとも、“理解できないもの”として拒絶されることはなさそうだった。


 その後、話題は勇者召喚へと移った。

 きっかけは、神の在り方についての、彼の素朴な疑問だった。


「神様たちは、口では“手は出さない”って言っておきながら、必要なときには、ちゃんと許可は出すんだな」


 その問いに、私は言葉を詰まらせた。

 “神は基本的に人に干渉しない”──この世界の常識。

 けれど、彼の言う通り、勇者召喚という制度はその常識と矛盾している。


 神々は、本当に必要なときだけ、静かに、都合よく介入している。

 その事実を前に、私は反論できなかった。


 だから、せめて自分にわかる範囲で、勇者召喚の仕組みを彼に説明する。


「一つは、世界崩壊に対する戦力の補強。

 そしてもう一つは……後ほどお話します。

 現物を見ながらのほうが、きっと伝わりやすいと思いますので」


 その“もう一つ”の理由は、勇者専用に開発された武装の存在だった。

 それは、世界中の英知と技術を結集して作られた、最先端の兵装。

 だが、強すぎるがゆえに、各国の有力者が手にすることは許されなかった。


 《中立であること》


 《特定の勢力に属さないこと》


 その条件を満たす存在が、異世界の勇者だった。


 世界が崩れかけている今でも、人の思惑は濁っている。

 正義の裏には、損得と計算が入り混じっている。


 その現実を、彼にどう伝えるべきか──私はまだ迷っていた。


 だから、私はジンガ様に提案した。


「……街を歩いてみませんか?」


 それは、どこか逃げるような形にもなってしまった。

 けれど、あのとき彼が街並みに向けた興味の目は、確かに本物だった。

 せっかく関心を持ってくれたのだ。

 ならば、この国のことを、もっと知ってもらいたいと思ったのは、紛れもない本心だった。


 この空中の大地から、飛び降りることを前提としていた彼には、少し可笑しくて笑ってしまった。


 空中城塞を降りて、私たちは高層ビルが立ち並ぶ街を歩いた。


 その途中、私はこの都市の文化、特に高層階に暮らす人々の暮らしや価値観について、できる限り丁寧に説明した。

 この世界のことを、少しでも多く知ってほしかったから。


 道すがら、彼の話もいくつか聞くことができた。


 今年で十五歳らしい。私は二十歳なので、年齢だけを見れば随分と年下だ。

 本来なら、もう少し幼さがあってもいいと思う。

 けれど、彼には年相応の軽さがなかった。


 落ち着いた声と、冷静な物腰。

 どこか大人びた印象があって、正直なところ、何度か年上と話しているような錯覚にさえなった。


 だから私は、どうしても気になって、なぜ協力する気になったのかを彼に尋ねた。


「まあ、強いて言えば……人の“願い”が、そこにあったからかな」


 彼はそう言った。

 正直なところ、その言葉の意味は、すぐには飲み込めなかった。

 けれど、不思議と否定する気にはなれなかった。

 だから私は、その言葉を何度も頭の中で繰り返していた。

 そして、一言──漏れるように、口から溢れた。


「ああ。だから、協力することにしたんだよ」


 その言葉に応えるように、彼の声音はどこまでもあっさりとしていた。

 けれど、そのあっさりさが、かえって重く、心に響いた。


「……ありがとうございます」


 気づけば、私は深く頭を下げていた。

 言葉以上の想いを込めるように。

 感謝と、安堵と、ほんの少しの救いを──全部、そこに込めるように。


 その直後だった。地面が突然揺れた。鈍く腹に響くような衝撃音が鳴り響いた。


 少しのやり取りをしたあと、彼は音が響いた方角に走り出した。

 その先で、私は知ることになった。彼の強さを。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ