表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

決闘

 訓練場に立つ。


 ここは本来、ロストリア王国の兵士たちが使う場所だ。空中城塞の一部とは思えないほどの広さがある。地面の材質は堅牢で、魔法や衝撃にある程度は耐える構造らしい。


 向かいに立つのは、ドラグライト帝国の第一皇子。名前はウルトラ・ドラグライト。情報通り、見た目にも恥ずかしい名だった。


「準備はできている」


 審判にそう伝えた。


 この場の審判を担うのは、ロストリア国王のガルダイン・ロストリア本人だ。立場を考えれば、わざわざ来る必要はなかったはずだが、それだけ王族間の衝突は政治的に面倒、ということか。


「我も問題ない」


 ウルトラ・ドラグライトが頷く。


 俺が勝つのは当然として、その上で、どう終わらせるか……だな。


 一つ、適度に苦戦したふりをして、相手の面目を保たせる。

 一つ、全力で叩き潰し、二度と向かってこないようにする。

 一つ、瞬時に無力化して、会話の余地すら与えない。


 三つ目は却下だ。力量差が開きすぎている場合、相手は“敗北した”という事実すら理解できない。


 必要なのは、理解させること。優しさではなく、確実な差を認識させるだけの結果。


 ……判断はついた。


「始めっ!」


 ガルダインの声が響いた瞬間、俺は地を蹴った。ウルトラに向かって一直線に距離を詰める。武器は持たない。相手も同じだ。


 初手は正面からの接触。力と反応、それだけで勝敗が分かれる。


 両腕が交差した。瞬間、筋繊維が軋む感覚が走る。だが、揺るがなかったのは俺のほうだ。


 ウルトラの足元が沈んだ。重心が崩れ、膝を突く。わずか二秒もかからなかった。


「なにっ……!」


 動揺を隠しきれない声が漏れる。


 彼は、自分が勝つことを疑っていなかったのだろう。

 “力の種族”としての自負が、すべてを優位に運ぶとでも思っていたのだろう。


 だが、俺が膝をつかせたのは、力ではない。

 正確に動く身体と、崩しの技術による結果だ。


 力だけでは、俺より上に立つことはできない。


「さっきから“下等生物”と喚いていたが、それでこれか?」


 視線は逸らさない。声も荒げない。ただ、静かに告げる。

 皮肉でも怒りでもない。淡々とした事実の提示が、最も深く突き刺さる。


 両腕が塞がれていたが、俺はタイミングを見計らって体をねじり、勢いよく膝を跳ね上げた。狙いはウルトラの顔面。技術も駆け引きもない、ただの膝蹴りだ。


「ぐうっ!」


 鈍い衝撃とともに、ウルトラの体が仰け反った。その拍子に、俺の腕を握っていた手の力が緩む。


 手が離れたと同時に、即座に一歩踏み込み、足場を固める。母指球に体重を乗せて、怯んだウルトラの顔面を真っ直ぐ蹴り上げた。


 だが──手応えは、ないに等しかった。


 この一撃は、同じヒューマン族相手なら八割は気絶するはずの威力だった。

 だが、相手はドラゴニュート族。竜種の血を引く存在であり、その鱗は何よりの証拠だ。

 竜種とは、生物ピラミッドの頂点に位置する存在。強靭で、頑丈で、常識が通じない。


「なめるなあっ!」


 怒声と共に、ウルトラの拳が唸りを上げて振るわれた。

 拳風を頬に感じるほどの距離で、それをぎりぎりで外す。踏み込み返し、反撃の拳をウルトラの顔面に叩き込む。


「ぬぐぅっ!」


 くぐもった呻きがウルトラの喉から漏れる。

 拳の先に伝わった感触は、まるで鍛錬用の丸太でも殴ったかのような硬さだった。骨があるというより、石のような塊にしか感じられない。


 ウルトラの身体が揺らぐ。そこへすかさず、俺は一歩左にずれて距離を保った。


 足音を立てずに踏み込んで、空いている脇腹へと拳をめり込ませる。


「ぐっ……!」


 鱗の下にある筋肉は鎧のように硬く、拳が沈む感触はほとんど無い。だが、衝撃は確実に中身を揺らす。

 相手が人型である限り、肝臓も腸も胃も、ちゃんとそこにあるはずだ。


 ウルトラは呻きながらも反撃を試みる。腕を振り抜き、爪を立てて俺の首元を狙ってきた。


 その軌道を読み切り、半身を捻ってかわす。袖が僅かに裂けたが、それ以上は掠りもしない。


 体勢を戻しながら、俺は後頭部を狙って踵を振るった。

 狙いは正確。ウルトラの首の後ろに、俺の踵が吸い込まれるように落ちた。


「ぐぉっ……!」


 重心が揺らぎ、ウルトラの足元が崩れる。


 だが、倒れない。倒れないからこそ、俺は間を与えない。


 次は胴回り。踏み込みざまに回し蹴りを入れ、反動を使って回転。体勢を低くして膝裏を払う。


 その瞬間、再びウルトラの膝が落ちた。


 彼はなおも、拳を振り上げて俺を狙っている。


 が、俺はそれを見ていない。すでに位置を変え、視界の外へ移っている。


「……まだやるか?」


 問いかけはしたが、答えは求めていない。


 ウルトラの腕が中空を空しく切るたびに、俺の拳が一点ずつ、確実にその身体を削っていく。

 破壊ではなく、無力化。痛みと焦燥だけを植え付ける。


 彼は竜種の血を引いている。だが、それは万能ではない。


 無駄に振るわれる力は、的確な技術の前では無意味だ。


 拳を叩き込まれても、蹴りを受けても、ウルトラはまだ立っていた。

 否、意地だけで立っているようだった。体は明らかに揺らぎ、皮膚に浮かぶ鱗にはひびが入り、呼吸も荒く浅い。


「……認めんぞ……っ」


 彼が低く呻いた。


「認めん……この私が……ヒューマンごときに、屈するなどっ……!」


 唇の端から血を垂らしながら、ウルトラの瞳が深紅に染まっていく。

 その瞬間、空気が重く変わった。


 全身の鱗が波打つように盛り上がる。

 皮膚が裂け、赤黒い膜と硬質な骨格がその下からのぞいた。

 肩が膨張し、指の形が変わり、爪が鈍く長く伸びていく。


 裂けた背中から、大きな翼が展開された。骨と膜で構成されたそれは、空気を巻き上げながら広がっていく。

 金属質の鱗が全身を覆い、口元には鋭く湾曲した牙が覗いた。


 ただの人間だったはずの男が、竜人へと姿を変えていた。


 風が吹き荒れ、足元の砂利が巻き上がる。視界の隅で、石片が空中に跳ねた。


「これが我が本性。ドラグライト皇族にのみ許された、“竜化”だ……!」


 最後の言葉は、獣じみた咆哮にかき消された。

 突き上がる衝撃が周囲の空気を震わせ、訓練場の地面にまで振動が伝わる。


 俺は一歩だけ足を引いた。

 その直後、観戦席の上段から怒声が響いた。


「貴様っ! “竜化”はご法度なはずだろう!」


 振り返るまでもなく、その怒声の主はわかっていた。

 それは、この場の裁定者でもある男──ロストリア王国の国王、ガルダイン・ロストリアだった。


 へえ、ご法度なのか。

 まあ、どっちでもいい。


「ガルダイン! 続行させろ!」


 目の前のウルトラ・ドラグライトを、俺は屈服させたい。

 二度と俺に楯突く気が起きないように、叩き伏せてやる必要がある。


空中城塞ロストリア・アークが持たん! 中止だ!」


 けれど、ガルダインは即座に制止の声を上げた。

 その一言で、俺自身が少し熱くなりすぎていたことに気づく。


 ウルトラの竜化した姿は、全長五メートル近い。

 本気で暴れれば、周囲の建築物や訓練設備を次々と破壊していくだろう。

 空中城塞という限られた空間では、戦闘そのものが甚大な損害につながりかねない。


 だが、静止の言葉を発した当の国王をよそに、ウルトラは構わず動いた。

 巨大な顎をこちらへと向け、牙の並ぶ口を開いたかと思えば、鋭く踏み込んで噛みついてきた。


 俺は一歩前へ跳ね、ギリギリでそれを躱す。

 竜の牙は、さっきまで俺が立っていた地面を削って通過した。


「やめろと言っているっ!!」


 再びガルダインの怒号が飛ぶ。

 だが、ウルトラに言葉は届いていない。

 咆哮とともに、暴走した竜がさらに俺の方へと迫る。


「ガルダイン! 半殺しにしても構わないか!?」


 俺は観戦席に目線だけを向け、短く問いかけた。

 じっくり時間をかければ、丁寧に打ち倒すこともできる。

 だが、ガルダインの焦りようを見る限り、悠長に構えている場合じゃなさそうだ。


「許可するっ!」


 よしっ。

 これで遠慮はいらなくなった。さっさと終わらせてやる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ