目覚めと談話
「……こ、ここは?」
見知らぬ天井、ではなかった。
目に映ったのは、ガルダインから与えられた部屋の天井。どうやら俺は、自室のベッドで目を覚ましたらしい。
……さっきのは、夢だったのか?
いや。
母様であれば、俺の精神に干渉することなど、容易いはずだ。
あれはただの夢ではなかった。確かに“会話”だったと、直感的に断言できた。
右腕を見ると、点滴のチューブが繋がれていた。
どうやら、俺は意識を失っていたらしい。
記憶はある。
あのとき、視界が急激に暗く沈んでいくのを、はっきりと感じていた。
意識が、真っ黒な闇に塗り潰されるように、ゆっくりと落ちていった感覚を。
部屋の扉が開く音がした。
その方向へ目をやると、ガルダインの姿があった。
「おお、目を覚ましたか」
王とは思えぬほど気さくな口調で、彼は片手を軽く上げて挨拶する。
「迷惑、かけたみたいだな」
俺が倒れてから、誰かがここまで運んでくれたのだろう。
そう考えれば、確かにその言葉通り、俺は厄介をかけたことになる。
「何を言うか。
ジンガがいなければ、この国はほとんど終わっていた。
この程度で“厄介”などとは言わせんよ」
ガルダインは、まるで言葉を払いのけるように、少し強めの口調でそう言った。
……気のせいかもしれないが、本気でそう思ってくれているようにも聞こえた。
「そう言ってくれると、助かるよ」
けれど、自分の身体に負荷がかかっていることに気づかずに、限界を超えていたのは事実だ。
結果として俺は意識を失った。それはつまり、自己管理が甘かったということだ。
来年で十六になるのにな。
そう思った瞬間、自分を責めずにはいられなかった。
この歳で自己管理もできないなんて、ただのバカではないか。
「……はあ」
思わず漏れた溜息を、俺は天井へと向けた。
ガルダインに視線を向ける気にはなれなかった。
「どうした? 溜息などついて」
彼の声色は、いかにも不可解な現象を見たと、そう言いたげな雰囲気をまとっていた。
「ただの自己嫌悪だよ」
「何故だ? あれだけの功績を挙げておいて」
その問いに、俺は少し間を置いてから、口を開いた。
「ヴァリアス・アーマーのおかげだよ。俺の力じゃない」
それが偽らざる本音だった。
気を失った時点で、自分の限界は証明されている。
戦いを乗り越えられたのは、機体の性能が異常なまでに高かったからだ。
しかも、全てを守り切れたわけではない。真に戦いを乗り越えられたと、素直に口に出すことはできなかった。
「……ふむ。まあ、そう考えるのは貴殿の勝手ゆえな」
ガルダインはそう呟くと、ほんのわずかに目を伏せた。
そして、次の瞬間には、何かを思案するように小さく頷き、すぐさま話題を切り替えてきた。
「……それより、現在のロストリア王国の状況と、この世界の情勢について話したい」
意図的だった。
気休めや慰めではなく、今すべき話を選び取った。
そういう意味では、この国の王らしい判断だと思った。
「どうなった?」
身体を起こして、ガルダインに問いかける。俺も気になっていたことだ。
「ロストリア王国の兵力は、ほとんど損耗しておらん。だが、民の間には多数の死傷者が出ている」
「……まあ、そうだよな」
思い出す。俺が戦場に到着した時には、すでに手遅れとなっていた現場がいくつもあった。
できる限りは動いたつもりだ。限界まで走った。だが、それでも届かなかった命が確かにあった。
胸に残るのは悔しさ。どうしようもない悔しさだ。
完全な勝利なんて、きっと幻想に過ぎない。
「ゆえに、国としては問題のない範疇だな」
ガルダインの言葉は、統治者としての冷静な分析だった。
合理的で正しい。だが、耳にする側としては、どこか冷たく響く。
……いや、そう感じてしまう俺の方が、まだ未熟なのかもしれない。
「情勢が変わったのは、“世界”の方だ」
ガルダインがそう口にした瞬間、俺は思わず返した。
「いや……そもそも、この国と“世界”にどれほどの差があるのか、俺には実感がない」
正直な感想だった。
この世界に来て、俺が行動を開始してから、まだ一日。
ロストリア王国については、ノアの案内である程度は把握できている。王都や空中城塞、王国機士団の存在。地理的な構造や、王政による統治の在り方など。
だが、“世界”となると話は別だ。
ヴァリアス・アーマーの開発に、他国の技術が関わっていた。それくらいの断片的な情報しか俺は知らない。
各国の位置関係や勢力図、外交や紛争の有無。そういった世界規模の構造に関しては、ほとんど無知に等しい。
だからこそ、“世界の情勢が変わった”という言葉に対して、俺にはそれを重く受け止めるだけの土台がない。
「そうか。それは説明が難しいな」
ガルダインはどのように説明すべきか悩んでいた。
そして、ゆっくりと口を動かした。
「我らロストリア王国よりも、多くの軍勢が訪れた国はない」
へえ。
そりゃ、吉報だな。
「だがしかし、どの国も我らより損害が大きい」
……それは、凶報だな。
「次はどうしたらいい?」
吉報と凶報のふたつを聞けば、世界が大きく傾いたことは理解できた。
そこに俺が動く余地があることも、動く必要性があることも理解した。
「ジンガは暫く休め。最低でも七日は」
だがしかし、ガルダインはそう言った。
その言葉は想定外だった。肩透かしを食らった気分になった。
「……わかった」
俺はとくに言い返すこともなく、大人しくその指示に従うことにした。
「何も聞かないのか?」
「聞く必要があるのか?
……それとも、謀るつもりでもあるのか?」
どう理屈を重ねても、俺がガルダインに問い質す必要はないと考えていた。
「それはないから気にするな。ジンガ、歳は幾つだ?」
急に話の方向性が変わった。
「十五……今年で十六だな」
ガルダインは、少し考え込んだような顔をした。
「年上は嫌いか?」
「……その手の話に興味はない」
「おいおい。男なのに女に興味ないのか?」
「無駄に感じるんだよ」
男女関係に意味も興味も感じない。
「達観してるな」
「そうか?
そんな自覚はないな」
「……まあ、そうだろうな」
ガルダインはわずかに目を細め、椅子からゆっくりと腰を上げた。
一度、俺の顔をちらりと見やり、それから軽く顎を引いて踵を返す。足音を立てないように気遣うような動きで、ベッドの脇を通り過ぎていった。
扉の前で一度立ち止まり、手をかけたノブをゆっくり回す。
「邪魔したな」
そのひと言を残し、静かに扉を開けて、彼は部屋を後にした。




