魔核継承の儀
改定しました。
(魔核+前世スキル)を追加しました。
その男は、まるで夜の闇から現れたように、静かに、確かにそこにいた。
ベランダの外――風も音も凍りついたような沈黙の中、フードを深く被った男が、鋭い双眸だけで私を射抜いていた。
「……誰?」
咄嗟に身構え、ユリウスの名を呼ぼうとした瞬間、男はわずかに首を横に振った。
「安心しろ。私は敵ではない。むしろ、君に“力”を授けに来た者だ」
私は目を見開いた。まるで、初めから私の運命に組み込まれていたような――。
(“力”? 力って……何の?)
男はゆっくりと手を差し出す。
その掌に浮かぶのは、黒曜石のような小さな結晶――脈打つように淡い紫光を放ち、見つめるだけで胸の奥が熱を帯びる。
(綺麗な光……まるで、希望の欠片みたい)
「これは《魔核》。魔導を根源から支配する、原初の結晶。そして君は、その継承者に選ばれている。――アリシア・フォン・タール」
私の名を呼びながら、男は続けた。
「魔核とは、“魔力”の源そのものだ。生まれ持つ魔力とは異なる、外部から授かる絶対的なエネルギー核。それは世界の深層――《深淵》と繋がっており、契約した者には、常識の枠を超えた“理を越える力”を与える」
「つまり、魔核を持つ者は……魔法の限界を超えられるってこと?」
「そうだ。だが代償もある。魔核を継承する者は、“世界の理”に背を向ける者でもある」
私は息を呑んだ。
自然法則や神々の秩序――私たちが信じていた“正しさ”に反する存在。
それが、魔核の継承者。
(つまり……転生者や、定められた運命に抗う者)
「君の魂は既に、この核に引き寄せられていた。前世の記憶、破棄された運命、“もう一度やり直す”という願い――
それらすべてが、この契約に収束していく」
「私は……そんな立派なものじゃない。ただ……もう後悔したくないだけ」
男はニヤリと笑って頷いた。
「ならば、私について来い。君の“覚悟”を深淵に証明してみせろ」
私は、その歩みに迷いはなかった。
* * *
辿り着いたのは、廃墟と化した古い教会跡。
夜の空気は凍えるほどに冷たく、雲の切れ間から覗く月が蒼白く石畳を照らしていた。
かつて〈聖女〉と讃えられた私。
今は、《異端者》の烙印を背負った存在。
その前に立つのは、銀の仮面をつけた魔導師――レオナール。
異端者を導く《仮面の導師》と囁かれる者。
「……覚悟はできているか、アリシア」
私は、震える指を握りしめ、真っ直ぐに彼を見た。
「ええ。私は……もう一度、自分を取り戻すためにここに来た。たとえ世界が否定しても、私は私の“理”で立つ。誰かの真実じゃない、私自身の信じる道を歩くの」
レオナールは頷き、古びた羊皮紙を取り出す。それは、未知の文字に満たされた契約書――《深淵》との魔契。
「この巻物に名を記せば、お前は“理を越える力”を得る。だが代償として、寿命が削れることもあれば、狂気に近づくこともある」
私は躊躇わず、真紅のインクで名前を書く。
――アリシア・フォン・タール
瞬間、地響きが教会を揺らした。崩れかけた天井からステンドグラスの破片が舞い降り、足元には黒紫の巨大な魔法陣が浮かび上がる。
その中心で、私の身体が光に包まれていく。
「……っ、ああっ……!」
燃えるような熱。
全身を貫く奔流――だが、不思議と痛みはなかった。
(これが……目覚め?)
私はもう、ただの“元聖女”なんかじゃない。私は運命に抗う《異端》。でも、それが私の誇りよ。
胸の奥で何かが脈打つ。それは、私と一体化するように息づいていた。
《魔核コア・クリスタル》
聖女としての加護すら凌駕する、真の魔力の源。
それが今、私の中で目を覚ました。
そのとき、床の隅に転がった古びた魔道書が、不意に光を帯びた。
誰も解けなかったという封印文字。それは、古代の聖語に似ていたが、構文がどこか現代文書に近い。
私の頭の奥で、“前世”の知識がざわめいた。
(……この構文、数字や記号の法則に見える。まるで、暗号みたい……)
私は震える手で魔道書に触れた。すると、術式が一つ、また一つと浮かび上がっていく。
目の前に広がる解析図。思わず前職の癖がよみがえる――数字のパターン、文脈構造、分岐条件……。
「これなら、私にだけ見える」
そして、静かに詠唱を始めた。
「――封印解除。聖環の光鎖」
まばゆい光が、祭壇の封印を一気に砕いた。
(“元OLの知識”が……こんな形で役に立つなんて!)
私はもう逃げない。たとえ孤独でも、たとえ異端と呼ばれても――この世界を変えるのは、私よ。誰の手でもなく、私自身の意思で。
レオナールが膝をつき、深く頭を垂れた。
「契約、完了」
「新たなる魔導公女、アリシア・フォン・タールよ。深淵は汝に応え、力を授けん。世界の理から外れし者として」
風が変わる。
夜の空気が渦巻き、私のまわりを新たな力が満たしていく。
その声は、確かに夜を照らす“夜明け”だった。
* * *
瓦礫の上に滲む月光の下、私は静かに祭壇に立ち、胸の奥で脈打つ魔核の鼓動を感じていた。
それはまるで、私の血を巡り、感情に応えてくれる“心”のようだった。
そのとき――
「……やはり、ここにいましたか」
静寂を裂くように、懐かしい声が響く。
私は振り向く。
そこにいたのは、ユリウスだった。
「ユリウス……どうして……?」
「あなたを探していた」
その言葉に、胸が少しだけ痛んだ。
レオナールが最後に一瞥をくれ、夜の闇の中へと姿を消した。
「では、さらばだ」
私はその背を見送った。そして、新たな始まりを見据えて――ユリウスと向き合う。
「ユリウス……私はもう、“愛されるだけの私”じゃない。自分で選び、自分で歩く、そんな私でいたいの」