断罪の舞踏会で微笑んで
銀の燭台に揺れる炎が、水晶のシャンデリアに映り、宝石のような光を天井に投げかけていた。
華やかな音楽、笑い声、仮面のような微笑み。
――ここは、王家主催の舞踏会。貴族たちの虚飾と欲望が交差する、社交界最大の舞台。
だがその夜、アリシア・フォン・タールにとって、それは社交の場ではなく――運命を決定づける、“断罪の舞台”となる。
「皆様、静粛に願います!」
突如、場の空気を切り裂くような厳粛な声が響いた。
楽団の音が止まり、貴族たちのざわめきがぴたりと静まる。
全員の視線が、玉座の前に立つひとりの青年へと集まった。
そこにいたのは、純白の軍服に身を包んだ、王国の王太子――セシル・ヴァルトハイン。
その整った顔立ちには、冷たい怒りの色が浮かんでいる。
「この場において、我が決定を宣言する。我が婚約者、アリシア・フォン・タールとの婚約を、ここに破棄する!」
空気が凍るような沈黙。
全ての視線が、アリシアへと突き刺さる。
金糸のような長髪、碧眼の令嬢。
誰よりも完璧なはずの公爵令嬢は、しかし顔色ひとつ変えず、静かに問い返す。
「……理由を、お聞かせ願えますか?」
その声音には、王妃のような威厳と冷静さがあった。
一瞬、セシルは言葉を詰まらせるが、すぐに怒りを滲ませて叫ぶ。
「貴様が、聖女リリィ嬢に対して度重なる嫌がらせを行っていたと判明した!」
隣に立っていたリリィ・エルフィーナが、涙を滲ませながら首を振る。
「私は……ただ、仲良くしたかっただけなのに……」
悲劇のヒロインのような振る舞いに、周囲は一斉にアリシアへ冷たい視線を向ける。
だが私は、ふと目を細めて笑った。
(――来たわね、“あの展開”)
記憶が、波のように押し寄せてくる。
電車に揺られる日々、コンビニのごはん、疲れ切った夜。
そして、乙女ゲームの画面に映っていた“悪役令嬢の破滅エンド”。
――そう。私は転生していた。このゲームの中へ、“悪役令嬢アリシア”として。
婚約破棄、公開断罪、国外追放。ゲームでは何度も見たテンプレ展開。
でも今は――その只中に、私は生きている。
だから、私は冷たく笑った。
「……なるほど。婚約破棄、承知いたしました」
その声は凛と澄んでいた。
ざわめく会場を、一言で黙らせるほどに美しく、力強かった。
「ただ一つだけ申し上げます、王太子殿下」
私はゆっくりと前に出て、会場をぐるりと見渡した。
「人は、真実より“演出”に酔いやすい。美しい涙を信じ、冷静な理性を疑うのが、いかに愚かであるか――その代償は、いずれあなた自身が支払うことになるでしょう」
会場がざわめく。誰もが、思わず息を呑んだ。
「私は、王妃にはなりません。ですが、それでいい。なぜなら――」
私も息を飲む。
「私は誰かの飾りではない。己の意志で立ち、選び、歩む者ですから」
誰もが、“悪役令嬢が取り乱して泣き喚く”姿を期待していた。
だが、そこに立っていたのは――気高く、誇り高く、美しく、自らの運命を切り拓く“アリシア”だった。
「貴様……っ、反省どころか、私を侮辱する気か!! えぇい、とっとと出ていけ!」
セシルの怒声を背に、私はスカートの裾を優雅に摘み、ゆっくりと一礼した。
そして振り返らず、静かに舞踏会の中心を歩み去る。
まるで、それが舞台の幕切れであるかのように。
“断罪の舞踏会”。それは、悪役令嬢アリシアの終焉ではなく――
「自由とは、失うことではない。捨てる覚悟を持った者だけが、手にできる力なのよ」
そう、これは敗北の物語ではない。
ここから始まるのは、“己の意志で生きるアリシア”の、新たな人生。
偽りの婚約も、欺瞞の友情も、虚飾の世界も――すべてを置き去りにして。
そう――これは、悪役令嬢の敗北譚なんかじゃない。
ここから始まる、私の“真の物語”よ。