26話「親友は幼馴染に押し倒される」
幽霊の存在に恐怖しながら望六が二階へと上がると、そこには翠嵐達が何やら怪しい行動をしていて二人から全ての事情を聞くと、どうやら親友でもある一樹が現在進行系で大人の階段を上ろうとしている所であったらしい。
「慎重に行くぞ二人とも。こんな所が月奈に見つかったら、ほぼ確実に俺だけが痛い目に遭うからな」
望六が先陣を切って忍び足で音を殺しながら一樹の部屋を目指して歩いていくと、その背後ではシルヴィア達も音を押さえながら後を付いて来ているのか僅かな呼吸音が聞こえる。
「言われなくとも分かっていますの」
彼の後方からシルヴィアが冷たい声色でばっさりと両断してくる。
「ははっ……。シルヴィアのその分かっているは一体どっちの方なのやら……」
それに対して翠嵐は反応に困っているのか愛想笑いのような声をあげていた。
「しっ! 静かにだ二人とも。やっとお目当ての部屋に到着だぜ」
彼女らの言葉を聞き流しながら望六は一樹の部屋の前に到着すると、どうやら彼の部屋の扉は僅かに空いているようで明かりが漏れていた。
「よ、よし。ここからは尚の事慎重にやるぞ。……と言ってもやる事はこの隙間からアイツらの様子を伺うことのみだがな」
一旦扉の方から視線を外すと望六は翠嵐達の方に向けて再度念入りに注意を促した。
ここで仮に音を立てて見つかろうものなら今度こそ月奈に殺されかねない事案だろうと、望六は恐怖心が増す一方で自らの好奇心を抑えられずにこの場に立っている事に妙な快感を覚えていた。
「も、もちろんだっ」
翠嵐が小さく握り拳を見せながら返事をする。
「私は……望六さんの命一つで目の前の二人の”アレ”が阻止できるなら安いものだと思いますの」
その横ではシルヴィアが徐々に瞳から光を消しながら、彼のことを使って意地でも一夜の過ちを止める気でいるようであった。
「……まだ一樹達がアレをするとは決まっていないだろ。それに頼むから叫び声とか出すなよ。でないと今日が俺の命日になるからな」
急に怖い事を言い出した彼女に向けて望六は判断が早過ぎることを言うと同時に、まだ自分はこんな所では死にたくないと少しだけ真面目な声色で返した。
「ふっ……ふふふっ」
だが彼の生に執着した返事はシルヴィアには届いていないのか、彼女は不気味に口の端を吊り上げて笑みを零していた。
「……さて、取り敢えず無駄話はこれぐらいにして中の様子を伺うぞ」
その彼女の様子を目の当たりにして望六は深く関わってはいけないと本能的に悟ると、改めて部屋の中で何が行われているのか確認しようとする。
「「……………」」
すると彼女らは静かに口を閉じたまま頷くと、それを合図として望六は僅かに開いた扉の隙間に自らの視界を近づける。その隙間からは一樹達が何を話しているのかは無論のこと、何をしているかすら鮮明に分かるのだ。
「一樹、なぜお前はあの時あんな事を言ったんだ。私が望六と有りとか言う……」
部屋の中では月奈がベッドの端に座りながら同じく隣に座っている一樹に何やら質問を訪ねているようであった。だがその二人の肩が触れ合いそうな距離感を見たのか、望六の横では二人の女子が黒く重たい雰囲気を出している。
「あ、あれは……本当に俺がそう思ったからで……。ほら、二人ってよく喧嘩してるから凄く仲が良さそうだからさ」
一樹が困ったように声を出すと人差し指で頬を掻きながら落ち着かない感じを出していた。
「……それはアイツがセクハラ紛いの事をしてくるからああしているだけだ。むしろ望六に対しては怒りの感情しか湧かないと言っても過言ではない」
両腕を組んでしっかりとした声色で彼に対しての思いを月奈が言うと、外でそれを盗み見ていた望六は彼女の眉が小刻みに動いているのを見てしまい事実であることを認識させられた。
そして何を思ったのか彼の両肩にはそっと翠嵐とシルヴィアの手が置かれるのであった。
「そ、そうなのか? 望六は良い奴なんだけどなぁ……」
一樹が首を傾げると彼の事を庇おうとしたのか苦い笑みを浮かべながら呟く。
「ふんっ、まあ探せばアイツにも良い所の一つや二つあるかも知れんがな。……だが今はそんな事はどうでもいい。私はあの時お前に言われた言葉がずっと頭に焼きついて離れないんだ。なぁ一樹、私は一体どうしたら……」
依然として両腕を組みながら月奈が鼻で笑って返すと少しだけ望六に対して優しい素振りを見せていたが、突如として雰囲気が変わると彼女は一樹を見つめたまま肩を掴むと力を入れて押し倒した。
「ちょっ!? つ、月奈なにをっ!?」
押し倒された一樹は急な出来事に理解が追いついていないのか声が上擦っている。
だがそれは外で二人の光景を見ていた望六達も同様であって、三人は月奈が起こした大胆な行動に息遣いが荒くなると同時に例のアレが目の前で始まってしまうことを危惧していた。
「月奈はああいった事に対しては奥手だと思っていたのだが……中々どうして肉食派だった訳か」
一樹が呆然としている間に月奈が上に跨るところを見て、望六は静かに拳を握り締めるとこのまま親友に大人の階段を登らせるべきかどうか頭を悩ませた。
世間一般的に他人が人の恋事情に首を突っ込むのはどうかと思われるが、そういう行為は二人きりの時にするべきだと望六は思っているのだ。
それにやるにしてもせめて自分達がいない時間帯を選んで欲しいと。
「静かにしていろ。そんなに騒ぐとシルヴィアや翠嵐達が起きてしまうだろ」
冷静な声色で静かにするように月奈が言い放つと右手を彼の口元へと近づけて被せた。
「むぐっ……!?」
すると一樹は何かを喋ろうとしていた様子だが、途中で止められると目を丸くさせながら焦りを募らせているようだった。
「ふふっ、うるさい口は塞がないとな。……だけど大丈夫だ一樹。お前は大人しく私に身を委ねていればそれで良い」
月奈は彼を強引に黙らせたあと右手を維持したまま、空いている左手を使って自身の服に手を掛けた。その光景を外から伺っていた望六は固唾を飲んで見守っているが、彼の横からは二人の女子達が先程の比ではない程の禍々しく何処か嫉妬のような感情が混ざっている空気感が漂っていた。
「これは駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だっ!」
等々感情が溢れ出したのか翠嵐が壊れたラジカセのように同じ言葉を何度も呟く。
「もう我慢出来ませんの! このままではあの二人が大人の階段を登ってしまいますの! しかも私達が見ている前でですの!」
それと同時にシルヴィアは何故か望六の顔を見て声を荒げると肩を掴んできた。
「お、おいシルヴィア? この肩を掴んでいる手は一体なんだ……?」
「ふふっ、もうこれしか阻止する手立てはないんですの。許して下さいまし望六さん」
またしても不敵な笑みを浮かべて意味深な言葉を口にするシルヴィだが、彼は唐突に乗せられた手に関して言い知れない恐怖を抱いていた。
「そうだな、シルヴィアの言う通りだ。ここで望六が命を散らしてくれれば、この場の惨事は取り敢えず免れる筈だ」
翠嵐が扉の隙間から視線を外して力なくぬるりと顔を向けて口を開くと、中腰だった姿勢から急に立ち上がって望六の肩に左手を乗せてきた。
「す、翠嵐? ……お、おい待て。もしかて二人とも……」
望六は彼女までもが奇怪な行動をしだした事に思わず声が掠れると、その刹那に二人が今から行おうとしている事が天命を授かるが如く理解出来てしまった。
「ま、待て! 本当に待ってくれ二人ともッ!! 今この雰囲気の最中に俺が入ったら殺されかねない! ……いや、ほぼ確実に殺される!! 俺には分かる絶対にだ!!」
彼女らが今から自分をこの部屋に投げ入れて月奈達の一夜の過ちを止めようとしている事実に気が付くと、望六は全身全霊を使って抵抗しようと体を揺さぶって手を振りほどこうとする。
――だが翠嵐達の手は彼の揺さぶり程度ではびくともしなく、むしろ肩を掴んでいる力が更に増しているようにすら彼には感じられた。
「知りませんの」
「知らないな」
そしてシルヴィアと翠嵐は同時に同じ言葉を口にすると、二人は勢い良く彼の背中を押して無理やり部屋に放り込むのであった。
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