25話「親友は夜遅くに少女を呼ぶ」
「ど……み……ます……」
「そ……わた……み……」
望六が暗い廊下で一人全身を震わせながら怯えていると、再び何処からともなく女性の声が聞こえてくる。しかも今度のは誰かと会話をしているようで、その瞬時彼は否応なしに悟った。
少なくともこの宮園家には二人以上の霊が存在していることを。
「ま、まじかよ。一樹のやつ……ここが曰く付き物件だってこと先に言えよ……。超怖いじゃねぇか……」
その事実を認めた瞬間に望六の両足は生まれたての小鹿のように震え出すと、依然として二人の女性の声は彼の耳に入ってきている状態であった。
……けれど望六は今一度周囲の状況を確認する為に怯えながらも顔を左右に動かすと、
「ん? ま、待てよ? この女性達の声って二階から聞こえてきてないか……?」
その声達が二階の方から聞こえてきているのではないかと気が付いた。
そして彼はその事が気になり出すと首を捩じ切る勢いで顔を横に向けて、二階へと通ずる階段に視線を合わせた。
「い、行くべきだよな……? このまま部屋に戻ったとしても気になって寝れないだろうし……一応防犯面を考えると見過ごす事は出来ないし……ああ、クソ」
望六の中で妙な正義感が生まれると仮に相手が幽霊だとしても、この宮園家を借りている身として泥棒とかの不審人物が家に上がり込んでいないか確認する義務があると思えて、彼は暗く先の見えない階段に恐る恐る右足を乗せた。
「も、もし本当に相手が幽霊だったら悲鳴を上げて月奈を叩き起してやるからな……。アイツなら幽霊の一人や二人なんとか出来そうだし……」
幽霊と遭遇した場合の事を想定しながら望六はゆっくりと階段を上がっていくと、何故こんな時に限って階段の照明が故障しているのかと自分の運の悪さに少しだけ呆れもしていた。
「さて……ここが一樹達が使っている二階だが……変だな。急に声が聞こえなくなったぞ……」
彼が二階へと無事に到着すると、ここは一樹の他にも月奈やシルヴィア達が部屋を使っているのだ。しかし今はそんな事よりも二階へと着いたと同時に、女性の声が聞こえなくなった事で望六の中で恐怖が倍増された瞬間であった。
「くそ……これならむしろ不審人物の方がまだマシに思えてくるぞ……。物理が通じるのならば勝機は俺にあるからな……」
相手が幽霊ではなくて生身の人間であった方が断然嬉しいと思えてくると、彼は薄暗い廊下に明かりを灯す為に独り言を呟きながら手探りで照明の電源を探し始めた。
「確か……この辺りだった気がするんだけど……おっ、あったあった」
右手を壁に付けて這いずらせながら探すと何かに触れたのを感じ取り、それが電源であることを望六は確信してボタンを押そうとする。
だがそれと時を同じくして彼の右手首には唐突にも柔らかな人肌のような物が触れると、途端にそれは力強く望六の手首を勢い良く掴んできた。
まるでそれは照明を点けようとするのを阻止するかのように。
「ひィっ」
当然彼はその予期していなかった出来事に心臓が口から飛び出そうなほどの衝撃を受けると、すぐさま悲鳴を上げて月奈を呼ぼうとしたのだが次は手首だけでなく何者かの手によって口を塞がれた。
「……ッ!?」
そこで望六はもしかしてこれは幽霊の仕業ではなくて普通に不審人物が宮園家に上がり込んでいて、今自分は文字通り口封じをされている状況なのではと不思議と鮮明に考える事が出来た。
――だが彼がそんな考え事をして今度は生者に対して言い知れない恐怖を抱き始めると、
「しっ! 音を立ててはいけませんの」
急に暗闇からシルヴィアが顔を覗かせて自身の唇に人差し指を当てながら小声で静かにするように言ってきた。しかも視界を凝らして見ると手首を掴んでいる手はシルヴィアであって、望六は相手が幽霊や不審人物ではないことに一先ず安心した。
「ふぅー……危ない危ない。もう少しで気づかれる所だった」
さらに横からは翠嵐の安堵したような溜息と共に声までもが聞こえてくる。
そこで彼は一体何故この二人がこんな事をするのかと疑問を覚えるが、今は取り敢えず自分の口を塞いでいる手を退かして貰う事のが先決であった。
「あ、ああごめん。手は退かすけど静かにね?」
口元を覆っている手に向けて望六が数回指先で突くと、翠嵐は軽く謝りながら手を退けて小声でシルヴィアと同じような事を言ってくる。理由は分からないが恐らく今この場では、大きな音は厳禁なのだろうと彼は何となくだが察した。
「静かにするのは良いが一体何があったんだ? どうして二人はそんなにも音に敏感なんだよ?」
手を退けて貰うと望六は徐々にだが暗闇に目が慣れてきたのか、薄らと物が見えるようになってくると顔を交互に向けて二人に訊ねた。
「そ、それは色々とありましてですの……」
すると彼の手首を依然として掴んでいたシルヴィアがそっと手を離して言葉を濁らせて答えた。
「んー……まあ望六になら言っても大丈夫じゃない?」
望六の隣から翠嵐が両腕を組みながら妙な含みのある言い方をする。
「す、翠嵐さんがそう仰るのでしたら私は別に……」
シルヴィアは何処か気恥しそうに先程から手元を弄りながら反応を見せていた。
「あー……それで? なんで二人はそんなに音に敏感なんだ? それにシルヴィアに至っては何故か落ち着きがないように見えるしな」
二人が事情を話してくれるような雰囲気を察知すると彼は頭を掻きながら再度事情を訊ねた。
「そ、それは……今からアタシが話す事で全部分かると思う。……実は一樹と月奈が――――」
彼女達が互いに顔を見合わせたまま頷くと、翠嵐がおずおずとした様子で望六に顔を向けて事情を話し始めた。そしてその内容を聞いていくうちに彼は、今この場で大きな音を立ててはいけないことの意味を理解して心の内側に何とも言えない気持ちが芽生えた。
「なるほどな。つまり翠嵐がトイレへと向かう為に一旦起きて再び二階へと戻ってくると、月奈が妙にそわそわした感じで廊下を歩いていて声を掛けようとしたら一樹の部屋に入って行ったと。そしてそれを見た翠嵐はシルヴィアを叩き起して一緒になって聞き耳を立てていた訳だな」
彼女から聞いた話を望六が自分なりに要約して纏めると何処か間違っている部分はないかと確認の意味を込めて再度言うと、目の前ではシルヴィアが何処か照れくさそうに目を泳がせていた。
「そうなんだよ……。も、もうこれは完全に”アレ”だよな!?」
横から翠嵐が小さく頷きながら返事をすると”アレ”という言葉を強調して自らの頭を両手で抱え出して露骨に取り乱し始めた。
「落ち着け翠嵐よ。言いたい事は分かるがそう考えるのは早計だぞ。もしかしたら一樹は月奈を怒らせてしまった事を謝ろうと部屋に呼んだだけかも知れないしな」
そんな彼女の様子を目の当たりにして望六は自らの顎に手を当てながら思案すると風呂の時間に起こった一悶着の出来事が脳裏を過ぎっていく。
「確かにその可能性も考慮して私は様子を伺っていましたの。ですが……そう考えたとしても、こんな夜遅くに殿方の部屋に女性が薄着で入っていくのは普通に問題では!?」
シルヴィアは冷静を装っているのか声色を落ち着かせて話していたが、後半に差し掛かるにつれて声が段々と大きくなっていくと慌てて望六は彼女の口を手で塞いだ。
「ちょっ、お前が大きな声を出してどうするんだよ。落ち着けって。……まあ兎に角それを確かめる為にも今は一樹の部屋の前で様子を伺うのが肝心だな。よし、いくぞ二人とも!」
シルヴィアに落ち着くように声を掛けてから手を退かすと、彼は親友が大人の階段を登るか否かの事実を確認する為に二人を引き連れて一樹の部屋へと足を進ませ始めた。
「なんでちょっとテンションが上がっていますの……」
「意外と乗り気なんだな……」
望六の背後からはシルヴィアと翠嵐の呆れ混じりの声が微かに聞こえてくる。けれど二人共しっかりと後を付いて来ているのか足音が聞こえてくると、先頭を歩く彼は心の中で彼女らもなんやかんや言いつつ一樹の事が気になるのだと鼻で笑いながら思うのであった。
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