16話「妹達の様子が気になる兄」
「ですが妙ですね。七瀬の話では今は宮園家に居ると聞いていましたが? それも大勢の同い年の女性と共に」
少しだけ開けていた扉を優佳は更に引いて全開にすると久々に望六と顔を合わせる事となった。
しかし彼女の表情は何故か険しいものであり、その言葉の中には若干の刺があるように望六は感じられた。
けれど彼は優佳の姿を見て何一つ変わらない様子に不思議と安堵を覚えたが、この人の肉体は衰える事を知らないのかと僅かながらの恐怖も芽生えた。
優佳は長く艶のある黒髪に、視線を合わせた相手を一瞬にして怯ませるような鋭い瞳を持っていて、胸が七瀬並に巨乳であるのだ。しかも見た目だけならまだ二十代真ん中を思わせるような雰囲気で服装は黒色のパンツスーツである。
「あー……。に、荷物を取りに来ただけですよ! ほら! 前に電話して頼んだアレです!」
眉間に皺を寄せながら人を疑うような視線を優佳が向けてくると、望六はその視線が昔から苦手な事もあって挙動不審になってしまうが出来るだけ中身を悟られないように言葉を返した。
この状況でもっとも最悪な展開は家元に妹物の同人誌を購入した事が見つかることであり、望六はそれだけは何としてでも回避せねばならぬ事案であった。
「ああ、その机の上に置かれている物の事ですね」
すると優佳は内面を見透かすような視線を彼から外すと、そのままダンボールへと向けて呟いた。
「そ、そうです。……あ、そうだ。優佳さんなら分かりますかね?」
望六はもしかしたら彼女ならこの荷物を一度開けた者を知っているではと考えると、なるべく中身に関しては触れないようにと細心の注意を払いながら尋ねた。
「はて? 急に何の事ですか?」
主語無しでの彼からの急な質問に、またもや優佳は眉間に皺を寄らせた。
「じ、実は俺がこの荷物の包装を解こうとしたら既に一度開けられた痕跡がありましてね……。もしかしたら優佳さんなら何か知っているかもと……」
彼女の一つ一つの仕草や行動に望六は怖気づきながらも内容を伝える。
「ええ、知っていますよ。というよりも、その荷物を開けたのは私ですから」
優佳はいとも簡単に自分が荷物を開封した張本人である事を言ってきた。
「……えっ」
その言葉を聞いて彼は空いた口が塞がらないでいる。
「なにを驚いているんですか? 柳葉家として届いた荷物が不審物でないか検査をするのは至極当然のことですよ。これでも”反魔術士団体”から目を付けられていますからね」
優佳が淡白とした口調で荷物を開封した理由を語っていくと、その中には反魔術士団体という言葉が含まれていて望六は言い返す事が容易ではなくなってしまった。
「そ、それは確かにそうですけど……。つつ、つまり優佳さんはこの荷物の中身を見たと言う事で間違いないと……?」
恐る恐る声を出して望六は確認の為に再度尋ねる。
優佳が言っている事が事実であるなら、それ即ち荷物を中身を見られたという事であるからだ。
つまり妹物の同人誌を一番見られたくない人に見られてしまったと言うこと。
「そうですよ。ただ……その中身についてはあまり関心はしませんね。望六もそういう年頃なのは分かりますが”教師”ものは駄目ですよ」
右手を自身の頬に添えながら少しだけ首を傾けて優佳はしっかりと中身を見た事を口にすると、望六はそれを聞いて耳を疑った。だがそれはきっと聞き間違いとかではないのだろうと彼は直ぐにダンボールを開けて中身を確認する。
「な、なんだと……!?」
するとダンボールの底にビニール袋に入れられて梱包されている同人誌のタイトルは【強気な美人教師は弟の親友を淫らに誘う】という物であった。
それを見た途端に望六は肩の力が抜けていくと同時に、あの時衝動的に購入していた事で間違えてしまったのだろうと深く後悔する。
なんせ教師物という時点で既にお察しなのだが、肝心の表紙絵が完全に”七瀬”を意識して描いているであろうイラストなのだ。もはや本人を二次元化したような感じですらある。
「す、すみませんでした……」
しかし望六は不思議とここで謝らないといけないと思って謝罪の言葉を涙混じりの声で言うと、この同人誌を描いた人は絶対的に七瀬のファンであることを確信した。
「以後気をつけるように。では私は仕事が残っていますので部屋に戻りますが、くれぐれも美優達とは会わないように。あの二人はまだ望六に対して相当怒っている様子ですから」
優佳がそう言って意味あり気に微笑みながら左手を小さく横に降ると扉が自然と閉じられて、扉の向こうからは足音が遠のいていく。
だが扉が閉まったのは決して自動ドアなんぞという科学の力ではなく魔法の力である。
魔術士とは本来ならば魔法を発動する際にデバイスを必要とするが、軽めで小規模の魔法であるならばデバイスは必要としないのだ。
だがこれは余り推奨されていない行為だと魔術基礎の教科書に記されている。
「はぁ……。なんか今の一瞬の出来事で心労が凄く溜まった気がするぜ……」
優佳に同人誌を見られた事や、間違えて違う同人誌を買ったことや、妹達が依然として怒っているという全てが望六の心に重くのしかかって深い溜息が出ていく。
「まあ取り敢えずとして、この同人誌は持って帰る訳にはいかないな。仮にこれが一樹に見つかったら絶交されちまうよ」
望六はダンボールの中から同人誌を取り出すと、それを机の引き出しにそっと仕舞って鍵を閉めた。これで勝手に引き出しが開けられる事もなく、当分は安全が確保されるだろうと望六はひとまず安心すると、今度はその鍵をベッドのシーツの間に隠した。これで安全性が二重になった訳である。
「まあやれる事はこれぐらいだな。あとは……特にやることもないし一樹の家に戻るか」
そう独り言を呟くと彼は自分の部屋を出て行き、家政婦達と遭遇しないように神経を尖らせながら廊下を歩き始めた。
――それから望六は玄関へと足を進めていたのだが、ふとそこで妹達の存在が気掛かりとなってその場に足を止めた。
「うーむ、優佳さんはああ言っていたが実際は会ってみたら意外と仲直り出来たりしないだろうか? 元々あの人の貫禄というか雰囲気のせいで、ちょっとした些細な事でも大事に聞こえるからな」
望六は優佳の言っていた事を改めて考えると、それは彼女が大げさに言っているだけではと思えてしまってならなかった。けれど未だに美優からは着信拒否をされている状況は事実であり、ならばと今回を機に仲直り出来ないかと思い立ったのだ。
「よし、俺は仲直りをするぞ! 例え足を舐めろと言われたら、喜んでするぐらいに覚悟はあるッ!」
少し大きめな声で独特な例えを言いながら右腕を天に掲げると、彼はそのまま妹達を探しに屋敷内を徘徊し始めるのだった。
……がしかし望六には美優達が何処に居るのかというのは大体予想がついているのだ。
「俺が屋敷に戻ってきた時に二人の気配がなかったと言う事は多分……。いや、確実にここに居るだろうな」
彼がそう言葉を漏らして見据える先には木札に”修練場”と達筆な字で書かれていて、頑丈そうな木製の引き戸が閉まっている状態であった。そして扉が閉まっているという事は中に人が居るという事であり、誰も居ない時は使用していない意味を込めて開け放っている状態となるのだ。
だが詰まるところ”修練場”とは柳葉家の者達や門下生が魔法の特訓を行う際に使う道場のような場所である。たまに美優達の特訓を見に望六は何度か中に入った事があるが、中には木製の人形が数体置いてあって、それを標的として魔法を放って特訓するらしいのだ。
「うーむ。今までは何も感じなかったが、今はこの奥から二人の魔力がヒシヒシと感じられるな」
幾度となく学園で魔法を使った戦いや訓練をした際の成果が今頃出ているのか、彼は微力ながらも魔力反応を自らの肌で感じ取れるようになっていた。
「んじゃまぁ……まずは様子見という事で少しだけ覗かせて頂こう」
足音を出さないようにと慎重に近づいて引き戸を前にすると、望六は両手を添えながら扉をゆっくりと開けて僅かな隙間を作る事に成功した。
そして彼は中の様子を伺おうと隙間に顔を限界まで近づけて視線を凝らすと――――
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