15話「少年は恐怖と絶望し、家元は現れる」
「あー……そう言えば、あの時ネットで購入した同人誌ってもう届いてるかなぁ」
望六が食器を洗いながら呟くと彼の脳内には唐突にも何時ぞやの一樹が間違えて姉萌系の同人誌を買ってきた時に衝動的に購入してしまった妹物の同人誌の存在が呼び起こされた。
それは購入したはいいが学園に配達してもらう事はまず不可能であり、届け先は柳葉家に指定してあるのだ。そして予定通りの発送で進んでいれば今頃は届いている筈なのだ。
無論だが望六は前もって柳葉家の家元、柳葉優佳に自分宛に何か届いたら部屋に置いておいて欲しいと電話で頼んである。逆にそうでもしないと自分宛の荷物という事で、勝手に妹達に開けられて如何わしい物だと即処分されてしまうのだ。
そのせいで望六はなけなしのお金を使って購入したエログッズや同人誌を何度も美優や優希の手によって処分されて夜な夜な枕を濡らした苦い経験があるのだ。
ゆえに今回はその対策として優佳を言葉巧みに誘導して先手を打ったという訳だ。
いくらあの妹達でも流石に家元が直々に荷物を部屋に運んだとなれば、よほど重要な物だと思い込んで勝手に手は出さないだろうと望六は考えたのだ。
「ネットで購入したって……まさかあれか? 俺が前に間違えて本を買ってきた時に望六がムンクの叫びのような反応をしていた時のか?」
望六の独り言に一樹は洗い終わった食器を拭きながら反応してくると、彼の記憶にもその時のことは色濃く残っているらしい。
「そうそう……ってなんだよそれ。俺はそんなに悲壮感を漂わせてねえよ」
彼の言葉に望六は適当に相槌を打ちながら返していると一瞬あの時の事を思い浮かべるが、やはり自分はそんな反応はしていないと頭を左右に振って払拭した。
だが強いて言うのなら姉萌の同人誌を買ってきた一樹に苛立った事ぐらいである。
「んー、その本は確か柳葉家に届くようにしてあるんだろ? だったら取りに行ってこいよ。あとの洗い物は俺がやっとくし、ゴールデンウィークが終わったら外出するのも面倒になりそうだしな」
拭き終えた食器を棚に戻しながら一樹が届いた荷物を取りに行くように勧めてくると、望六はその突然の発言に思わず手から食器が滑り落ちそうになった。
「か、一樹……おま、お前って本当に良いヤツだな! 昼食の時は俺の嫌いなナスを大量に入れてきて嫌がらせをしてきているのかと張り倒そうと思ったが、やっぱりお前は良いヤツだ!」
親友からの思いがけない言葉に望六は手を震わせながら持っていた食器の泡を洗い落とすと、そのまま洗い終わった食器を一樹に渡して昼食時での出来後を添えながら親指を立てて感謝を伝えた。
「えぇ……別に意図して入れた訳じゃないんだけど……ははっ。まあこっちは上手く皆に言っとから”変装”だけはしっかりとな」
苦い笑みを浮かべながら望六に顔を合わせると一樹は最後の変装という部分だけはしっかりと強めの口調であった。
やはり姉の七瀬に言われている事だから、一樹からしては絶対に守るべき事なのだろう。
だがしかし、望六とて変装をしないで外に出るのは危険だと身を持ってしっているがゆえに問題は無かった。そもそも宮園家を使わせ貰う条件に変装が含まれているので、守らなければ普通にあとが怖いのだ。
「おう! んじゃ、ぱぱっと回収して戻ってくるぜ!」
手についた泡と洗剤を洗い流して彼は近くに置いてあったタオルで使って拭うと、一樹にそれだけ言い残して急いで玄関へと向かうのだった。しかし手を拭く際に使ったタオルにサメのような絵柄が入っていたような気がしないでもない望六である。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「うーむ。変装はしっかりとしてきたが、逆にこれはこれで怪しまれないか心配だな。特に家政婦さん達に見られると変な誤解を招きそうだ」
しっかりと変装をしてから宮園家をあとにした望六は今現在、柳葉家を前にして立ち尽くしている状態だ。そして彼の視界に映る日本家屋のような屋敷は地元でもかなり大きい方で、木製の門には大きく”柳葉流”と書かれている。
そう……ここが日本最強の魔術士を育成した場所であり、尚且つ世界に日本の魔術士は優秀である事を示した柳葉の本家であるのだ。
無論だが支部は全国に存在していて、各地で日々柳葉流の教えを乞うている生徒達がいる。
その多くは現家元の優佳のファンであったり世界最強の魔術士の七瀬のファンであったりと多岐に渡るが、この二人はそれ以外に一般市民からも根強いファンが居たりするのだ。
そして彼の知る限りこの家より大きい家は見たことがなく、視界を凝らせば奥の方の方で数名の家政婦達が花に水をやりをしている様子だ。
「よしよし、今なら気づかれる確率も低いだろう。ならば行くしかあるまい!」
家政婦達が仕事に精を出している間に望六は柳葉家の門を潜って足を踏み入れると、久々にこの家に戻ってきた事に懐かしくなったが、今は悠長に感傷に浸っている場合ではないと自室へと目指した。
「玄関も人影はなしっと。おやおや、柳葉家も随分と無防備になった事だな。……まあ、そのおかげで俺は安心して部屋に向かえる訳だが」
靴を脱いで端に隠すようにして置くと、ゆっくりと足を床に付けて忍び足で歩き始めた。
ここで音を出しては気づかれる事は必須であり、見つかると優佳や妹達に問い詰められて面倒事に発展するのは明白であるのだ。
「ふむ、やはり美優と優希もゴールデンウィークだから帰省してるらしいな。にしては二人の話し声とかは何も聞こえないが……もしかして修練場にいるのか?」
望六は玄関で二人の靴が置いてあるのを発見していて、その割には美優達の話す声が何処からも聞こえなくて不信でならなかった。だがそれも今の彼にっとては好都合であり、何の心配事もなく部屋への前へと到着することが出来た。
「久々の自分の部屋だな。恐らく家政婦さん達が定期的に掃除してくれているとは思うが……いてくれるなよ? 例の黒光りよ」
自分の部屋を前にして望六の脳裏には黒光りする昆虫の姿を想像してしまい、手が小刻みに震えるが意を決してドアノブを下げて扉を開けて足を踏み入れる。
――――すると彼の視界に映ったのは、
「……うむ、普通に綺麗な部屋だな。やはり柳葉家は家政婦さんすら一流らしい」
床に埃や塵一つ落ちていない綺麗な状態で保たれている部屋の様子であった。
望六は部屋を見渡したあと宮園家に仕える家政婦さん達の仕事の本気具合を伺う事が出来ると、そのまま視線を机の方へと向けた。
そこには一つの中ぐらいの大きさのダンボールが乗っているのだ。
多分……いや十中八九そのダンボールの中には妹物の同人誌が入っている筈だと望六は一切の疑いを持たなかった。そしてゆっくりと机の方へと歩み寄ると、
「待たせたなぁ。やっと愛しの妹物の同人誌をこの手に出来るぜ!」
誰に言う訳でもなく望六はダンボールに声を掛けながら開封の儀を行おうとした。
……だが彼が机の引き出しからカッターを取り出して包装を破こうとしたその時、ある一つの違和感を覚えて手が止まった。
「おいおい待ってくれよ……。なんでこのダンボールは既に包装が破かれているんだ!?」
それはよく見ると一度包装が解かれた跡があり、このダンボールは開封済みであることが明確に分かった。それから望六はカッターを机に置いて、左手で顔半分を押さえながら狼狽え出す。
「くそっ。だ、誰なんだ……誰が俺の私物に手を出したんだ! ……いや、違う。それよりも今大事なのは、この中身を見られたという事実だ」
ダンボールの中身を何者かに見られた事に彼の息遣いが段々と荒くなっていくと、一体誰が何の目的があってこれを開封して中身を確認したのかと言う疑問が残った。けれどそれを上回るほどに、望六の中では中身を見られた事に対しての恐怖と絶望の二つの感情が絡まり合う。
何故なら望六には二人の血の繋がらない妹が存在していて、その兄たる彼が妹物の同人誌を購入しているからだ。
しかも今回のは、ばっちりとエロい方の物であるがゆえに尚更精神的に辛いのだ。
「ぐあぁぁっ!! こ、このままでは俺は社会的に抹殺されてしまい、家を追い出されて路頭に迷ってしまう……。加えて妹達からも生ゴミを見るような視線と共に辛辣な言葉を浴びせられて……っ」
望六は同人誌が見られた事に対して両手で頭を抱えながら今後の予想を叫びながら口にしていくと、最終的に彼の心に止めを刺したのは妹達からの冷たい視線や罵詈雑言の数々の妄想であった。
「はぁはぁ……一体誰が開封したのか探さないとな……。そして見つけ出したら口封じで――」
乱れた呼吸のまま無理やり声を出して犯人探しを決意すると同時に部屋の扉が少し開かれると、
「あら、その声は望六ですね。帰っていたんですか?」
その奥からは柳葉家現当主であり家元の”柳葉優佳”が低く落ち着いた声色で話し掛けてきた。
「――なっ!?」
その刹那の出来事に望六は体が石像のように固まると、今一番会いたくない人と出会ったしまったことに自らの不幸を呪うのだった。
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