9話「イタリア少女は闇を抱える」
「うーむ、今期のアニメも中々の名作揃いだったな。特に兄妹物は最高だぜ! ……まあ血が繋がってない設定は解せないが」
ベッドの上で寝転がりながらスマホを使ってアニメ鑑賞をしていた望六が独り言のように感想を漏らすと、一旦目を休ませようと起き上がりそのまま時計へと顔を向けて時刻を確認した。
「……えっ。ま、まじかよ?」
すると時計に表示されていた時刻は夕方の十八時を過ぎたぐらいで、随分と時の進み具合が早い事に彼は静かに驚いていた。体幹時間ではちょうど十五時ぐらいだと思っていたのだ。
「いやいや、いくら何でも時間進み過ぎだろ。……いやでも、かなりの本数を見たからこれぐらいの時間になるのが妥当なのか……?」
未だに自分の視界に映る時刻に納得がいかずに望六は文句を言うが、ふと改めて思うと今期のアニメをあらかた見ていた事に気がついた。
つまり彼は根暗な中学時代の名残でアニメを一気見する癖を無意識で発動してしまったのだ。
しかも時間が余ってやることがなければ尚更だろう。意外と望六は二次元オタクなのだ。
「まあ、結果的にアニメを見て心が癒されたから問題ないな」
ここ最近の色々な出来事が影響して溜まった心労がアニメを摂取した事で回復していくのが分かると望六は頭を掻きながら部屋を見渡し始めた。
「んー、まだ一樹は戻ってきてないか。てっきり俺が集中している間に帰ってきたかと思ったが……」
寮部屋には一樹の姿はなく望六は両腕を組みながら未だに帰ってきていない彼を思うと、右手に持っていたスマホが突如として振動を起こした。
一体何の通知かと面倒ながらも確認する為にスマホへと視線を向けると、
『至急食堂に来てくれ! シルヴィアと翠嵐に姉貴の言っていた事を説明したら、急に不機嫌になってどうしたら良いか分からない!』
そこには一樹からのメッセージが表示されていて内容を読むと大体の事情が把握出来た。
「あー、そういう事ね。恐らく一樹ラブ勢達の泊まり会に俺とナタリアが参加した事で話がこじれたな。……もしくは単純に変装が嫌なだけかも知れない、だが仮にもあの二人は魔術留学生だ。自分達の価値ぐらい分かるだろうからこの線は無いな」
メッセージの返信を打とうとして望六は画面へと指を近づけるが、今返した所で不機嫌な女子二人を相手しているであろう一樹が確認出来る訳もないかと考える。
「……これは返信するよりも、さっさと食堂に向かった方が良さそうだな」
そう呟くと望六はスマホの電源を落としポケットに入れて立ち上がると、そのまま寮部屋を出て行った。だが彼は食堂へと向かう前に狂気の隣人で名高いナタリアの部屋の前へと立っていた。
――その理由は至って単純なものである。
「食堂に行くんだから一応誘っておいた方が良いよな? あとで見つかって問い詰められたら生きて帰される気がしないからな……」
この学園に来てから誰が言った訳でもなく、いつものメンバーで食事をする事が日課となっていた事から、夕食を食べるなら彼女も必要だと望六は思ったのだ。もちろんだが、ナタリアを誘った後は月奈も誘う予定でいる。
「……はぁ。取り敢えずノックするか」
望六は彼女の部屋の前で溜息を吐くと右手で扉を叩こうと近づけるが、それよりも先に扉から解錠するような鈍い音が聞こえてきた。
そして彼の視界に映る扉がゆっくりと開かれると、
「あ、やっぱり望六だぁ」
という力の抜ける声と共にナタリアが姿を現した。
望六はその急な出来事に頭が混乱してきたが何とか言葉を口にする。
「あ、ああ。俺だが……どうして分かったんだ? 監視カメラでも置いてあるのか?」
それは当然の疑問である。
なぜなら彼が扉を叩いて呼ぼうとした瞬間に、ナタリアが合わせように姿を現したからだ。
それは何らかの方法でこの先程の場面を見ていないと不可能であり、偶然にしては彼女の台詞が望六の中で引っかかるのだ。
「あははっ、監視カメラなんて置いてないよ~。僕はただ、望六の気配を感じ取ったまでさ」
彼女は微笑みながら当たり前のように人間離れした事を言ってくる。
だが望六はナタリアならそれも可能かも知れないと、漠然とした言い表しようのない思いがこみ上げてきた。
「そ、そうか……。取り敢えず今から夕食を食べに食堂へと向かうが一緒に来るか?」
一樹の件を伏せて単純に夕食を食べる事だけを前提に彼女を誘う望六。ここで一樹の事を話しても良かったのだが、それだと時間を食ってしまう事から彼は敢えて隠したのだ。
けれどナタリアはそんな彼の言葉を聞くと段々と全身を小刻みに揺らし始めて、
「は、初めて望六からcenaに誘われたぁ……!! う、うぅ、嬉しいよぉ望六ぅ!!」
とイタリア語混じりの言葉を口にしながら両手を広げて抱きついてきた。
「ちょちょ待てって!! ここは廊下なんだぞ!? 誰かに見られたらどうするんだよ!」
咄嗟の出来事に望六は焦りの声色を出しながらも、抱きついてきた彼女をしっかりと受け止める。そして直ぐに周囲へと顔を向けて状況確認を行った。
万が一にもこの抱き合っているような場面を他の者に見られようものなら、それはたちまち噂となって春の耳に入りWM広報ボードに張り出されること間違いないと彼は確信していたのだ。
「よ、よし。一先ず周囲に人影らしきものは見られないな……」
ざっと見た限りで望六の視界に人影らしきものが映る事はなく安堵の溜息を漏らす。
「えへへっ、望六の匂いと温もりが感じられて僕は幸せだよ~」
ナタリアは緩んだ笑みを見せながら肩に回している腕に力を入れて柔らかい二つの双璧を押し付けてきた。刹那、彼の体には雷が駆け巡るが如く強い衝撃を受ける。
それは童貞思春期男子にとって致命傷ともなりうる行為であり、望六は徐々に呼吸が乱れていくのが自覚出来た。しかしここで彼女に変な風に気づかれると面倒事になるのは目に見えていて、彼は慎重に言葉を選びながら声を掛ける。
「お、おいナタリアよ。それ以上体を密着されると、アレが当たって俺のアレがアレして色々とやばいのだが……」
だが言葉を選び過ぎた結果、彼の口からは語彙力が皆無のようなものしか出てこなかった。
「ふふっ、何を言ってるのさ。僕は密着してるんじゃなくて敢えて当ててるんだよ。……もう、言わせないでよ恥ずかしい……」
彼の耳元に口元を近づけながら囁くように言う彼女は、今日はいつにもまして積極的で何かあったのだろうかと望六は考えてしまう。
そしていつまでもこの体制は照れくさい事もあり、望六はナタリアを無理やり引き離す。
「ああ……もぅ、意外と望六って恥ずかしがり屋さんだね」
ナタリアは彼から離れると少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべていた。
「ち、違うわいッ!!」
彼女に自身の気持ちを見透かされたような感覚を覚えると望六は分かりやすく反応してしまう。
だが彼はこれ以上ナタリアの勢いに飲まれないようにと、一旦冷静を取り戻すように短く息を整える。
――しかしそこで望六は改めて彼女へと顔を向けると”とある違和感”がある事に気が付く。
「……ん、その絆創膏どうしたんだ? 授業中に怪我でもしたのか?」
望六の視界に映るナタリアの顔と腕には絆創膏が多数貼られていたのだ。
しかも絆創膏の他に腕には僅かに青痣のような痕も確認出来たが、ナタリアは彼の視線で気づいたのかそっと手で痣の箇所を隠した。
「ち、違うよ! こ、これは……あれだよ、荷物を纏めていた時に色々とあってね? だからそんなに気にしないで。別に大した怪我でもないから……」
ナタリアは慌てながらも取り繕った笑みを見せて怪我の要因を話していたが、望六はそれが嘘の可能性であることに何となくだが分かった。
その嘘だという根拠は色々とあるのだが、彼女の口振りから深堀はされたくないのが伝わってきて彼はこれ以上の追求はしなかった。
「そうか。まあ、取り敢えず準備してきてくれ。その間に俺は月奈を誘ってくるから」
頬を軽く掻きながら望六は話を終わらせる。
「……う、うん。わかった」
ナタリアは月奈という名前を出しても反応する様子はなくそのまま部屋へと戻って行った。
けれど去り際に見えた彼女の表情と瞳は何処か暗いものであり、これは親友として傷や痣の原因を探らなければならないと望六は思う。
「だけど今は一樹を助けるべく食堂へと向かうのが先決だな」
望六はそう呟くとナタリアが準備をしている間に月奈の部屋へと向かうのだった。
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