3話「イタリア少女の対抗心」
「まず最初にだが、お前達も知っている通りこの五月は一年の総実力を測る通称【一年魔導対決】と言う大事な戦いが控えている。そしてその開催日は職員同士で話し合った結果、ゴールデンウィーク明けとなった。……これまでお前達には授業内での過酷な特訓や自主トレ、さらにはクラス対抗にて休む暇がなかったと思われるからだ。ゆえにゴールデンウィーク中は全員実家へと帰省して家族と共にゆっくりと過ごすこと。それとナタリアとエルゼは帰省が難しいという事で特別に学園がホテルを用意した。二人ともゴールデンウィーク中はそこで過ごすように。場所は追って連絡する」
ひと波乱起きた後も七瀬はHRを何事もなく続行して一組の全員に”一年魔導対決”の開催日とゴールデンウィークについての説明を話してきた。
しかし最後の方のナタリア達、海外勢は一々帰国しては直ぐに学園に戻ってくるのは現実的ではなく、ホテルにて滞在というのは理にかなっていて上手くいけば自分もホテル滞在にして貰いたいと望六は聞いていて思った。
「あと、エルゼ関しては転校そうそうに試合が控える事になるが問題ないな?」
そして確かにエルゼは転校て数日後には試合となるが、なぜこのタイミングで転校してきたのか。望六にとってそれは気になる事でもある。
それはまったく意図しない事なのか、ドイツが狙って送ってきたのかと。
「はい、何も問題はありません」
七瀬の問いかけにエルゼは粛とした声を出して答えると、その声色からはよほど自身があうように望六は伺えた。
「よろしい。さすがは転入試験で木本と他の教員二名を病院送りにしただけの事はある」
あの厳格な七瀬が珍しく人を称えると望六の前の席では一樹が挙動不審になりがら視線をエルゼと七瀬に向けて目を丸くしていた。
しかしその反応はもっともだと望六も内心は驚きの連鎖であった。
なんせ木本先生や他の教員を病院送りにしたのだ。
通りで先程から木本先生は重たい雰囲気を漂わせて溜息を漏らしている訳だと。
「恐縮です。しかしドイツ軍人であれば、あれぐらいは容易いものです」
依然としてエルゼは軍人らしく、はっきりとした物言いで返していく。
「ふっ、そうか。……では私からは以上だ。何か質問はあるか? 無いならこのまま一時間目の魔術基礎を始める。あとは木本先生頼むぞ」
「……は、はい」
七瀬が話を終わらせるとこのまま一時間目の授業は始まるようで、担当は幸か不幸か木本先生のようだ。そして七瀬が出席簿を片手に教室から出て行くと、木本先生による魔術基礎の授業が開始されるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「――ということだ。取り敢えずここまではノートに書いておけ」
授業が開始されて淡々と進んでいくと木本先生に言われた通りに望六は電子黒板に表示された事を書き留めるために勢い良くノートを開く。
すると唐突にも指先に何か鋭い痛みを感じて恐る恐る確認してみると、
「……あ、まじかよ」
それは人生で数度訪れると言われているノートの端の鋭利な紙で指を切るという行為。
望六の人差し指からは血が滲み出ていて、止血しようにもハンカチや絆創膏は持ち合わせていない。
一体どうするべきかと頭を悩ませていると彼はふと隣から何か熱い視線を向けられているような気がした。……そう、ナタリアの熱い視線である。
まさか彼女は既に自分が血を流している事に気がついているのだろうかと望六は静かに戦慄した。まだ怪我をして一分も経っていなく、尚且つそんな素振りさせ見せていないと言うのにだ。
「ねぇ……望六。この匂いってもしかして血の匂いかい? 今、望六は血を流してるよね」
ゆっくりと静かにナタリアから声を掛けられると望六は肩を跳ねさせて反応する。
「あ、いや、違うぞ! き、気のせいだろ! ははっ!」
彼は直ぐに負傷した指を隠しながら答えると笑って誤魔化すことにした。
今ここで下手に血を見られて衝動的に吸われたら確実に一組で噂が湧き起り、他クラスへと広まることを彼は瞬時に懸念したのだ。
女子から伝わる噂は一日あれば全学年に広まること身を持って知っているがゆえに。
「……嘘ついたら駄目だよ。僕が望六から漂う血の匂いを間違える訳ないじゃないか。なんでそんな嘘を言うんだい……。もしかして……彼女と何か関係があるのかい」
ナタリアがそう言いながら正気のない瞳と覇気のない顔を近づけてくると、彼女はなにか勘違いを起こしているのではと望六は考えた。
血は確かに流しているが、それとエルゼは関係のないことだと。
……どうやらさっきのHRの一連がまだ尾を引いているように見える。
「そ、それは違うが……はぁ。まったく、なんでナタリアは血の匂いとかって直ぐに分かるんだ? そういう能力か? 取り敢えず絆創膏とかあったら貸して欲しい」
これ以上隠し通すと別の事で面倒事に発展しそうだと望六は思うと諦めて怪我をした指をナタリアへと向けた。
すると彼女は何を考えたのか急に望六の怪我をした方の手を掴むと、
「絆創膏なんて使うわけないんだから持ってないよ。……それに望六の血だったら、こうした方がずっと良い」
そのまま自分の口元へと指を近づけて何の躊躇もなく咥えだした。
刹那、望六が指先から感じられたのはしっとりした感触とナタリアの舌が傷口に触れて、まるで消毒液を塗るかのようにして唾液を塗っている事であった。
「なっ!? ちょっナタリア!!」
その行為に若干の心地良さを望六は感じつつも授業中にこんな事をしていたら普通に見つかると思い辞めるように言おうとするが、彼女の視線は彼を見てなく違う方を向いていた。
望六はその視線の先を目で追うとそれは、
「な、なぜエルゼに……」
なんと彼女の方へと向けられていてナタリアは何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのだ。それに対してエルゼは持っていたシャーペンを握力でへし折ると七瀬にも引けを取らない眼光で睨み返していた。
「ふんっ、勝手に僕の望六を夫にしないで欲しいよ。ぽっとでの癖に」
ナタリアは彼女のその反応を見て満足したのか吸血を止めると口から彼の指を離して、ポケットからティッシュを取り出すと指に絡みついた唾液を拭き取った。
「最初からそれで止血してくれれば良かったのに……はぁ」
最近はずっと溜息しかしていない気がする望六であったが、背後から伝わってくる禍々しい雰囲気に肩が重くなったのを感じた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「――以上で一時間目の授業を終える。この範囲はテストに出るからしっかりと覚えとくように」
木本先生は手に持っている教科書を閉じると、そう言い残して教室を出て行った。
望六は背後から睨まれているような感覚を受けつつも何とか無事に一時間目の授業を終えたのだ。
「ああ、変な所で気を張っていたせいで肩が痛いな……」
一時間目を終えて小休憩の時間となると教室内はひと時の自由時間となり、望六はこわばった肩をほぐそうと腕を回してストレッチを行った。
すると彼の前の席で一樹と月奈が同時に振り返って、
「「どういう事なんだ!? しっかりと説明してくれ!!」」
という言葉を驚愕の表情を見せながら言ってきた。
こういう息の合った所を見るに、やはりこの二人は幼馴染だと言うことを再認識させられる望六であった。
「あー、やっぱり気になるのか。……でも、俺が聞きたいぐらいなんだけどなぁ」
望六は頬を掻きながら返すと改めてエルゼが言っていたドイツの記憶を思い出そうとする。
実はあの時、彼女に向かって言った事には少し語弊があるのだ。
――ドイツで過ごした記憶はないと言うこと。
それは確かに存在しない、が可能性としてはなくもないのだ。
なんせ彼は幼い頃の記憶を殆ど覚えていない。
ゆえにその間に一緒に過ごしていた可能性は充分にある。
それに望六は彼女と触れ合った時にどこか心の奥で懐かしさのようなものを感じたのだ。
「それで、本当にあの女子はお前の……その、妻ってやつなのか!?」
一樹が妙に緊張した声色で妻という言葉を口にしてくる。
「そうだ! そこの所はどうなんだ望六! 男としてはっきりと答えろ!」
すると彼に続いて矢継ぎ早に月奈が力の篭った様子で訊ねてきた。
そんなに気になるものだろうかと望六は思うが、隣からも言葉はないが同じ雰囲気を向けられていることに気づく。
「……そんなに興奮するなよ。言っとくが本当に俺は身に覚えがないから、分からんとしか言えん」
目を見開いて顔を向けてくる二人に望六は両手を突き出して左右に振って抑える。
「身に覚えがないで済まされる訳ないだろ! だって、お前……あれは、き、キスしていたじゃないか!」
月奈がキスという言葉に羞恥心でも感じたのか声を詰まらせながら口にする。
「そうだ! そうだ!」
横からは一樹が野次のように手を振りながら声を出していた。
「いや、だからあれは向こうから一方的であってな。俺に他愛はない。……ったく、ちょっとトイレ行ってくるわ」
尚も問い詰めてくる二人に望六は段々と面倒に感じてくるとトイレに行くと言って席を立った。
無論だがこの会話は後ろの席にエルゼが居ないことを確認してからしている。
彼女は授業が終わると早々に教室を出て何処かへと向かったのだ。
「ふふっ……戻ってきたら話の続きちゃんとしてね」
そのまま望六がトイレへと向かおうとすると唐突にもナタリアから深淵のような暗い瞳を向けられて、彼はこのまま保険室へと駆け込んで二時間目は欠席したいと思うのだった。
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