2話「銀髪少女は少年の妻なのか?」
七瀬に促されて一組の教室に転校生が入ってくると望六は不思議と視線が彼女へと釘付けとなった。何故なら彼女は美しくも煌く銀色の長髪をなびかせて、背筋を真っ直ぐとさせて教卓の前へと立ったのだ。
「自己紹介しろ。簡単なもので構わない」
七瀬が自己紹介をするように声を掛ける。
「承知しました」
彼女は軽く頷いてから顔を全員の方へと向けると、自己紹介の準備を整えたようである。
「……私はドイツ連邦魔導陸軍所属の【Else・Letzel】だ。階級は中佐。貴様らと馴れ合うつもりは一切ないと最初に言っておく。以上だ」
自身の事をエルゼと名乗った少女は声色が冷たいものであったが、何処となく表情も感情を消しているのか愛想のない雰囲気が望六には伝わってくる。
しかし容姿だけで見るならばナタリア達に引けを取らないだろう。
銀髪が印象的なエルゼは雰囲気こそ軍人の風格であるが、その表情はまだ年相応のあどけなさが残っていて身長は望六より一回り小さいぐらいである。そして何とも無駄を省いたような自己紹介の仕方に望六を含め、一組の全員は呆気に取られている。
「あー、終わりか?」
七瀬が両腕を組みながら若干戸惑った声を出す。
「はい。これ以上はありません」
それに対してエルゼはきっぱりと言い切っていた。
「そうか。では次にお前の席だが「すみません宮園様。一つ質問してもよろしいでしょうか?」……なんだ」
自己紹介が終わったようで七瀬が彼女の席を何処にするか視線を動かすと、すかさずエルゼが右手を小さく上げて途中で割って入ってきた。
「この教室に”白戸望六”というAランク候補生は居ますか?」
エルゼは視線を七瀬へと向けたままそう言い放つと、それを聞いていた望六は心臓を鷲掴みにされるような感覚を受けて体が固まった。
最近は周りに海外勢が居たとしても何の危害もなかったか事から、望六は自らが認識していないうちに勝手に安全だと思い込んでいたのだ。
しかし現実問題、この時期で海外からこのクラスに転校してくるという事は、もはやそう言う事だろうと望六は頬を伝って何かの雫が落ちていくのを感じた。
「……いるな。いるが、それがどうした?」
七瀬がその問いを返すのに悩んだのか間を空けて答える。
「いえ、特に意味はないのですが一応確認の為です」
エルゼは納得したように小さく頷いて視線を彼女から外した。
すると次にエルゼは何を思ったのか急に歩き始めて真っ直ぐと望六の方へと向かってきた。
「な、なんで俺なんだよ……俺が何をしたって言うんだよ……」
望六は視線が彼女へと釘付け状態だったこともあり、不意に視線が合うと直ぐに横を向いて無理やり逸らした。だが依然として前の方からは足音が近付いて聞こえてくる。
やがてその足音は望六の直ぐ隣で止まると、
「貴様が白戸望六だな?」
と威圧的な態度で彼女は話し掛けてくる。
「い、いえ……別人です……」
それに対して望六は一切目を合わさずに嘘を付く事を選んだ。
これに特に理由がある訳ではなく、単純に苦し紛れの言い訳のようなものである。
「ほう、別人だと? ……そんな事がある訳ないだろッ! 馬鹿か貴様はっ!!」
エルゼは終始冷静な態度を見せていたが、望六が嘘をついて難を逃れようとすると急に激情したかのように机を手で思いっきり叩いて声を荒らげた。
「ひぃっ!? な、なんだよ! 一体俺が何をしたって……っ!?」
その急な出来事に望六は理解が追いつかずに情けない声が飛び出すと、いきなり怒鳴られた事に反射的に文句を言おうとしたのだが――急に胸ぐらを掴まれた。
そしてエルゼは彼を掴んだまま顔を静かに近づけてくると、
「んっ……」
柔らかく弾力のある瑞々しい唇を重ねてきた。
「……っ!?」
望六は何が起こったか理解しようと頭を動かすが、この行為になんの意味があるのか理解不能であった。そして直ぐにエルゼから離れようと彼は胸ぐらを掴んでいる手を退けようとするが、
「逃がさんぞ……やっと会えたのだ。もう少しこのままでいさせてくれ」
彼女はそう言って腕を首へと回すと抱き寄せるようにして更に力強く拘束してきた。
その拘束具合は今の望六では簡単に抜け出す事は不可能、なぜなら相手は軍人である。
単純な力量差で言えばエルゼの方が圧倒的なのだ。
「ちょ、ちょっとぉ!? いきなり何をしているのかな!!」
望六が唇を奪われて悶えていると、先程まで驚いた様子で固まっていたナタリアが正気を取り戻したかのように席を立った。
「ふっ……何をしているだと? 見てわからんのか? ”夫”との久々の再会にキスをして喜び合っているのだ」
ナタリアの興奮気味の質問にエルゼは彼から唇を離すと、そこで望六は漸く息を吸えるタイミングを得た。あのままキスをしていたら彼は窒息死寸前だったのだ。それから望六はナタリアに命を救われた事に感謝を捧げるとエルゼの拘束が緩んだ一瞬の隙を狙って離れる。
「えっ……。そ、それってどういう意味なのかな……」
ナタリアは彼女の口から放たれた言葉に目が丸くしながら聞き返していた。
「ん、これでは通じないのか? そうだな……見たところ貴様はイタリア人だろうから、イタリア語で「そんな事を聞いてるんじゃない!!」……ではなんだと言うのだ」
エルゼは自分の日本語が通じていないと思ったのか彼女に合わせてイタリア語で言い直そうとすると、それはナタリアの怒り混じりの声で止められた。
しかしエルゼは彼女の怒声を聞いても眉一つ動かさないで冷静のようだ。
「簡単だよ。何でキミが望六と夫婦の関係なのか……僕はそこを聞いてるんだ」
ナタリアは核心を迫るような問を真剣な瞳を向けて訊ねる。
「なるほど。であれば答えは単純だ。それは幼い頃に私と望六はドイツで一緒に数年間過ごして居たからな。そこで望六は私と約束してくれたのだ。また会うことが出来ればずっと一緒にいようと……な」
するとエルゼは質問の意図を把握した様子で不敵な笑みを浮かべて返す。
だが質問を返している時の彼女は時折なにかを思い出していたのか、頬が少し赤くなったりしていた。
「そ、そう……だったん……だ」
彼女からの返事を聞くとナタリアの肩は力が抜けるようにして垂れ下がる。
「そういう事だ。だから私と望六の愛を邪魔しないでくれ。見学なら大歓迎だがな」
エルゼは表情を引き締めてから勝ち誇ったような声色でそう言い放った。
「さて、話も終わった事だ。再び望六と愛を確かめ合うとしよう。さあ、こっちに我が夫よ」
ナタリアから視線を外すとエルゼはそのまま距離を取って様子を伺っていた望六へと向ける。
「……ッ」
「ははっ。そんなに怯えた顔を見せないでくれ。確かに私はその表情も好きだが、今は素の望六が見たいんだ。だから……さあこっちに」
彼女の言葉で望六は自らが怯えている事を自覚させられると、エルゼは短く笑みを見せたあとゆっくりと右手を差し出してきた。
「……お前はさっきから何を言ってるんだ。俺は幼い頃にドイツで過ごした記憶はない。それにキミとは今日初めてここで出会った筈だ」
だがここで望六は先程からずっと思っていた事を彼女へとぶつける事にした。
彼はエルゼから離れた時に自分の幼い頃の記憶を思い出そうとしていたが、やはり幾ら考えたとしてもそれは何処にも該当しなかったのだ。
つまりドイツで一緒に過ごした事はないと言う事実。
「……は? 何を言ってるんだ望六。あまりふざけた事を言わないでくれ、でないと……」
しかしエルゼは彼の言葉を受け入れたくないのか一瞬にして表情に影を宿すと、すぐさま駆け寄ってきて手を伸ばしてきた。
――――がしかし、
「おい、いい加減にしろ。ここはお前達だけのプライベート空間ではないんだぞ。ここは神聖な学び舎だ。そういう事がしたいのなら放課後の寮でしろ。分かったな?」
ついに痺れを切らしたのか七瀬が静かに覇気の篭った声と共に鋭い眼光を向けてきた。
「は、はい……」
その迫力に望六は体をビクッと反応させて返事をする。
「くッ……私と望六の愛を邪魔するとは……ふざけるな」
一方でエルゼは不服と言わんばかりに愚痴を吐き捨てていた。
「エルゼ、分かったなと私は聞いているのだが?」
七瀬が顔を彼女に向けて確認の為に再度同じ言葉を掛ける。
「……はい」
エルゼは渋々と言った様子で返していた。恐らくここで抵抗しても無意味だと悟ったのだろう。
「よろしい。ではさっさと席に戻れ。そしてエルゼの席だが……望六の後ろしか空いてないか。よし、エルゼは望六の後ろの席に座れ」
望六は言われた通りに自分の席へと戻ると、七瀬は周囲を見渡して空いている席を探し始めたが幸か不幸か彼の後ろしか空いていなく、短く溜息をつくとエルゼに座るように言っていた。
「ったく……馬鹿達のせいでHRの時間が半分ぐらい削れたが、今後の予定を手早く説明していくぞ。一度しか言わないからしっかりと聞け」
エルゼが終始望六を睨みながら言われた席へと向かうと、七瀬は前髪をかきあげ眉を顰めて何かを堪えるような表情を見せたあと”今後の予定”つまりは五月に入っての主な予定を話していくらしい。
けれど望六はそれよりも、空いてる席は本当に他に無かったのかと七瀬に問いたかった。
背後から感じ取れる異様な雰囲気や視線に生きた心地がしないのだ。




