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26話「少女は苦悩を知る」

 吸血されたくない望六が黙って弁当の蓋を開けると、配給という事もあってか全体的におかずは冷め切っている印象だ。そして弁当の中身は海老フライが二本に中ぐらいのハンバーグが一個、あとは気持ち程度のポテトサラダと漬物が少々っといった感じだ。勿論ごまの振りかかった白米も付いている。


「いたって普通の弁当だな。……んで? ナタリアはどれから食べたいんだ?」


 開封した弁当をまじまじと見ながら望六は呟く。


「えーっとね、ハンバーグから先に食べたいっ!」


 彼女は表情を無邪気な子供のようにして王道のハンバーグを所望してきた。望六は割り箸を袋から取り出して割ると、そのまま箸を使ってハンバーグを食べやすい大きさにして掴む。


「はいどうぞ~。ハンバーグですよ吸血お嬢様~」


 望六は生まれてこの方妹達以外の女性に『あーん』なんてしたことがなく内心凄く緊張していたが、こんな皆が見ているところで戸惑っていたら笑われると思い平然を装いつつ冗談を交えながら 箸をナタリアの口元へと近づけた。


「ん~っ。……お、美味しい! ちょっと冷たいけど、これはこれで中々だね!」

「そ、そうか。それは良かったな」


 彼女は口周りにも多少の怪我をしている事を考えて望六はハンバーグを小さめにしてみたのだが、それは余計なお節介だったのかもしれない。

 なんせナタリアは口を大きく開き一瞬で食べてしまったのだ。


「んっ! 手が止まってるよ! はやくはやくっ!」

「はぁ……。はいはいお嬢様~」


 その食べっぷりに彼女は相当にお腹が減っているのではと望六は思ったが、取り敢えず急いで海老フライやポテトサラダを次々とナタリアへと食べさせた。

 もはやそこに『あーん』に対する気恥ずかしさや戸惑いなどの感情は一切なかった。


 あるのは目の前の彼女の胃を一刻も早く満たして、望六自身も満たしたいという思いのみである。何故ならナタリアに食べさせていると不思議と望六もお腹が減ってきてしまっていたのだ。

 つまり彼女が笑顔でおかずを食べる姿は、それだけで彼にとって飯テロとなり得たのだ。


「……今、お嬢様って呼びましたの?」


 そしてナタリアにお茶を飲ませていると、シルヴィアが何処から持ってきたのか分からないがティーカップを机に置いて不意にそんな事を聞いてきた。


 確かに望六はナタリアに対してお嬢様という冗談を言いながら食べさせていたが、まさか本物のお嬢様が乗ってくるとは思わなかった。

 

「あ、いや。お嬢様違いです……」


 しかしこれは高度なボケなのかはたまた真面目な方なのか今の望六にはシルヴィアの顔を見たとしても読み取る事は出来ず、この言葉しか出なかった。


「あら、そうですの? いけませんね。その言葉を聞くと体が反応してしまいますの」


 そう言って彼女はゆっくりとティーカップを口元へと持っていくと、優雅な雰囲気を放ちながら飲んでいた。だがお嬢様という言葉を聞くとシルヴィアは体が反応してしまうらしく、やはり生粋のイギリスお嬢様は伊達ではないようだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「ふぅ、ご馳走様でしたっ!」

 

 ナタリアが両手を合わせて満足気に言う。


「ご馳走様でしたっと」


 それに続いて望六も両手を合わせた。

 彼女におかずを食べさせている合間に望六も自分の弁当を急いで掻き込んで食べていた事でほぼ一緒に食事を終えたのだ。


「食べさせてくれてありがとうね! 望六!」

「なに、感謝はいらんぜ。吸血されるよりかはま「な・に・か言ったかな?」……な、なんでないっす」


 ナタリアから感謝の言葉を言われたが彼にとってそれは当然の事であった。

 寧ろ寝込みを襲われて吸血されるよりかは断然良いだろうと。

 

「うーん、まだ午後の部が始まるまで十五分ぐらいあるか」


 食事も終えて一息つくと望六は壁に掛かった時計を見てから一樹の方へと視線を向けた。

 既にシルヴィア、翠嵐、ナタリア達は食事を終えているのにも関わらず、なぜか一樹と月奈は未だに海老フライの尻尾と見つめ合って固まっているのだ。


 その光景は誰がどう見ても異様なものと思えるだろう。

 現に月奈の隣の席に座っている翠嵐は口を半開きにして、何て声を掛けたらいいのか迷っているようにも見える。


「な、なあどうしたんだよ? まだ二人は試合の事で落ち込んでるのか?」

  

 誰も二人に対して声を掛けなかったのは恐らくだが、その光景が怖いだけではなく二人が試合に負けているというのも含まれているのだろうと望六は予想していた。

 だがいつまでも横でそれを続けられると気が休まならいので彼は声を掛けたのだ。


「まだ……だと? おい望六、試合も行なっていない段階でお前に何がわかるんだ? 私の気持ちの何がわかるんだ?」


 彼の声に月奈は正気を取り戻したのか箸で掴んでいた尻尾を弁当へと戻すと、怒っているのか分からないが声が低くて視線はいつもの数倍鋭くなっていた。


「いやまあ、そうだけども……」


 けれど月奈が言っている通り望六はまだ試合を行っていない。それは何処か煽りのように聞こえるかもしれないと彼は気づき頬をポツリと掻きながら視線外した。


「おやめなさい二人とも。……それに月奈さん? 貴女は確かに私に負けましたの。しかしあれは貴女を成長させる為の事だったと思いませんですの?」


 二人の会話がうるさかったのかシルヴィアが突然声を出して注意してきた。

 だが彼女はすぐに月奈へと視線を向けると、あの試合の事について成長がどうのこうのと言っているのが望六には聞こえてきた。


「私を成長させる為……だと?」


 しかしシルヴィアの言葉を聞いた月奈は眉を顰めながら質問を返していた。


「ええそうですの。私はあの試合が終わった後ずっと考えていましたの。どうして礼装持ちでない月奈さんと私が対戦相手となったのか。……その答えはついさっき分かりましたの」


 シルヴィアは自分の額を人差し指で何度も軽く小突きながら言う。


「ど、どいうことだ? あの対戦の組み合わせは教員達が適当に組んでいるのではないか?」


 月奈はあの組み合わせは教員達がランダム形式で選んだと思っていたらしい。


 だが望六自身も月奈とシルヴィアの対戦経緯は七瀬から聞いたからこそ知っているだけで、実際は月奈が言っている通りにランダムで選んでいるだけかもしれない。


 けれども二人の話を聞いていてシルヴィアはあの対戦の意図をこの短時間で導き出したのだろうかと、望六は彼女らの会話をしっかりと聞き取るべく耳を澄ませる。

 隣では一樹も聞き入っているのか箸を持ったまま微動にしていないようだ。


「これはあくまでも私の憶測ですが、月奈さんは未だに自分の魔法が使えないからこそ私という魔術留学生と戦わせて、改めて自分の実力が不足している事を教える意味があったのではないかと」


 シルヴィアが難しい表情を浮かべながら月奈に話した事は全て的を得ていて、望六と一樹は咄嗟に顔を互いに見合わせた。それはこのお嬢様の頭の回転が早過ぎるといった畏怖を望六が抱いたからであり、多分だが一樹の方も同じことを思ったのだろう。


「私が実力不足で自分の魔法すらも……。くッ! だとしたら私は一体どうしたらいいのだ……」


 月奈はシルヴィアが言われた事を聞くと心当たりというよりそれが真実だと言う事に気づいてしまったのか、自らの頭を押さえて弱気な言葉の数々が歪んだ口から出ていく。

 ――しかしそこで唐突にもスピーカーから放送が流れ始めた。


『昼休憩終了。試合を控えている者は直ちに控え室に戻るように。尚試合を終えている者については観客席を使って見学してよし。以上だ』


 その声は七瀬のものであり昼休憩の終わりを知らせるのものであった。

 刹那、休憩室内は慌ただしく動き始め望六の周りでは、まだ試合を行っていない女子達が急ぎ足で出て行く。それを見て望六も重い腰を上げると、


「まあ一樹も月奈もそんなに気落ちしなくて大丈夫だぜ。俺がお前達の分までしっかりと勝ってきてやるよ」


 気落ちしていた二人を見てグッドサインを添えながら渾身の決め顔を作って見せた。


「……望六。ああ、分かった。俺達も観客席でしっかりと応援するから頑張ってくれよ!」

「僕も精一杯応援するよっ!」

「私は別にどちらでも構わない……。勝手にしろ」


 一樹とナタリアは笑顔でそう答えてくれたが、月奈だけはシルヴィアに言われた事が引っかかっているのか自分の中で葛藤している様子で心ここにあらずだった。


「うーん、アタシ達は敵だしね~。ねぇシルヴィア?」


 翠嵐は頭の後ろで手を組みながら顔をにやにやとさせて口を開く。


「そうですの。応援はしませんけど、頑張ってくださいまし」


 シルヴィアは口角を少しだけ上げて微笑みながらさり気なく頑張れと言ってくれた。

 望六はそのまま全員に背を向けると、慌てて出て行く女子達に付いていくようにして休憩室を後にした。


「んじゃ、仲間達の為にも奮闘してみせるか!」


 休憩室を出て少し歩いた所で足を止めると、自身に気合を入れ直すように呟いてから望六は再び控え室を目指して歩き始めるのだった。

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